第38話 水圏の魔女
最初は自分だけが幸せならそれでよかった。
でも今は違う。
私が、両親が、デュークが、レクソスが、エレクシアが、シュナイズが、私の大切な人達が幸せになるエンディングに辿り着きたい。
そんなことが可能なのか悩み抜き、この世界の仕組みを変える必要があると結論づけた。
勇者と魔王という役割をこの世から無くす。
それは後から二人に協力して貰うとして、先にやることがある。
レガリアスを勇者にして、なおかつ魔王にして世界の均衡を保とうとした狡猾な魔女を許せない。
そのせいでレクソスとデュークは勇者と魔王の役割に縛られている。
「お、お待ち下さい! "
王立中央図書館の正面玄関から堂々と突入した私は受付嬢を押し退けて最上階へと向かう。
勢いよく扉を開き、館長室の椅子に座る"水圏の魔女"に向けて、射撃魔法を撃つ。
しかし、水球が彼女に届くことはなく魔力の粒子となって爆散した。
「随分なご挨拶ですね。なにをそんなに怒っているのでしょうか。もう二度も見逃してあげたというのに」
「水属性魔法に攻撃魔法は存在しない。これは貴女が作った嘘ですね?」
「あら、根拠のないことは言わない方が身の為ですよ。ウルティア・ナーヴウォールさん」
今の私はイービル・ファンデーションを使用しておらず、スッピンで彼女の前に立っている。
この顔で会うのは初めてなのに私だと気づいていたのか。
「魔力まで塗り隠すことができれば一流の水属性魔法使いですよ。さすがは私の書物を読み漁っただけのことはありますね」
"水圏の魔女"の笑みはいつも私の精神を乱す。
ただ座っているだけなのに、気を抜くと心臓を撃ち抜かれそうな危機感を拭い去れない。
「読んだのでしょ、キャンディー・メイクのやり方の書物を」
「キャンディー・メイク……?」
聞き慣れない単語だが、思い当たる節はある。
確かに一冊の本からインスピレーションを受けてこのメイク魔法を編み出した。
「その魔法の本当の名前です。私が一番最初に開発したんですよ。とっても便利でしょ? それから自動防御魔法、プロテクト・ミラージュもそうですよ」
嫌な予感がする。
背中を伝う汗が止まらなくなり、呼吸が乱れる。
「イービル・ファンデーション、アクティブガードナー、どれも男の子が好きそうなお名前ね」
常に笑っているが、その笑みはレクソスよりも邪悪でデュークのような優しさもない。
だから信じられなかった。信じたくなかった。
「勇者かつ魔王のレガリアスはこの世界を守る為に一人の女に人生を狂わされた。そして、その子供達も一人の女に人生を狂わされようとしている。そうでしょ、ウルティア・ナーヴウォールさん。いいえ、私の子供達を惑わす"氷瀑の魔女"さん」
彼女は頬に爪を食い込ませて、皮膚を剥いだ。
偽物の顔の下から現れる新鮮な肌は年齢を感じさせないほどにみずみずしい。
そこには全く別人が座っていた。
「マァリィン・クワイタス。この名を名乗るのは何十年振りでしょうか」
動揺を悟られないように努めながら彼女の瞳を真っ直ぐに捉える。
「貴女は自分の身分が公になることを恐れて、デューク以外のクワイタス一族を滅ぼした。そして、"水圏の魔女"となってこの中央図書館で二人の息子を監視していた。違いますか!?」
「監視なんて人聞きの悪い。可愛い息子達を当代の勇者と魔王にして世界の均衡を保とうとしただけです。レクソスが人間を束ねて支配する。デュゥが魔物を束ねて支配する。二人の力は絶対に互角なので決着がつくことはありません。最終的に互いの領土を侵さず、争いが無くなればこの世界に平和が訪れますよね」
この女は自分の子供をなんだと思っているんだ。
世界平和の為に息子の人生を差し出せと言っているようなものだぞ。
「いくつかの不安要素はありましたが、ウルティアさんのお陰でどうにかなりました。うちの勇者と魔王を育ててくださって、ありがとうございました。感謝してもしきれません」
「止めろ! 私は貴女の思い描くエンディングの為にレクソスとデュークを勇者と魔王にしたんじゃない! 最初は自分勝手な理由だったけど今は違う! いつでも優しくて、かっこよくて、キラキラしている二人の夢を叶える為に力を貸したんだ! これ以上、あの二人を道具のように使う真似は絶対に許さないッ!」
魔女帽子とマントに身を包み、水属性魔力と氷属性魔力を纏う。
一撃で仕留めるつもりで魔力構築を始めた瞬間、"水圏の魔女"が放った攻撃魔法にアクティブガードナーが発動した。
「土属性魔法ッ!?」
アクティブガードナーによって砕かれた土塊が床を汚し、私の足にまとわりつく。
水属性魔法使いの筈なのに、なぜ土属性魔法を使えるの!?
彼女の足元にはボコボコと隆起した皮膚と小さな体には似合わない巨大な尻尾を持つリスがいた。
「土の精霊魔獣、ガイアース・クワテイル。レガリアスのお友達ですよ」
次に繰り出された火属性魔法と風属性魔法を咄嗟に氷の盾で防御する。
精霊魔獣という聞き慣れない生物の一体を従えているのなら、この後の展開は容易に予測できる。
彼女を守護するように火を吐くワニと蝶のヒレを持つノコギリザメが姿を現わした。
「火の精霊魔獣、スカーレット・ガブリゲーター。風の精霊魔獣、バタフライ・ソウシャーク。残りの友達は寝取られてしまいました」
「精霊魔獣……?」
「レガリアスと契約した五体の精霊王は彼の魔王の素質に毒され、身体の一部が魔獣化してしまったんです。この子達がいたからレガリアスが真の魔王になれたと言っても過言ではないでしょう」
私の懐から波打つ翼を持つコウモリが飛び立つ。
水の精霊魔獣、ダークシー・ウイングは彼女ではなく、私を守護するように羽ばたいてくれた。
「精霊王だろうが、精霊魔獣だろうが関係ない。今は私の友達よ」
彼女の放った水球が私を包み込んだ。
私の防御魔法を相殺させることができる"水圏の魔女"の捕縛魔法を防ぐ術がない。
アクティブガードナーは発動できず、アクアバットは三体の精霊魔獣の相手をしていて私を気にかけられる状況ではなかった。
「魔法も精霊魔獣も万能ではありませんからね。当然、弱点も存在します。アクア・コフィン」
やがて水球が形を変えて、棺となって私を覆い隠した。
息ができず、魔力構築もできない。
死ぬまでこの中に閉じ込められ、死んだ後はこのまま埋葬されるのか。
そんな悪いイメージばかりを思い浮かべながらも、わずかに残った酸素をやりくりして三十分は耐えたがもう限界だ。
水属性魔法使いが水に溺れて死ぬなんて前世と一緒じゃん。
結局、ゲームの世界に転生しても成長できていないってことか。
あぁ、もう一度だけでいいから二人とお話したかったな――
瞼が重い。薄く目を開くとさっきまでなかった光が差し込んでいた。
肺を満たす水を全部吐き出し、酸素を全身に循環させる。
次第に意識が覚醒する。
私を庇うように立つ二つの背中は全く同じでも、纏う魔力は全く別物だった。
「遅くなってゴメンね。大丈夫かい?」
「そのまま休んでろ。交代だ」
あぁ、なんてタイミングが良いんだ。
悔しいけど、カッコイイ。
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