最終章 蜃気楼より
第37話 ひび割れる『氷』
最果ての地に布陣した勇者パーティーからはこれまでと比較にならないほど強力な魔力が溢れている。
その中でもレクソスとエレクシアの魔力は桁違いだった。
いや、違う。シュナイズだけが異様に魔力を消費している。
ここまでの道のりに現れる魔物を全て一人で倒して来たのか。彼はかつて私に言った言葉を実行したんだ。
だから、レクソスとエレクシアは万全の状態ということになるのね。
「ふふん」
エレクシアが向かってくる。
以前よりも速い速度だけど、今の私は水属性魔法と氷属性魔法の両方を使える。
つまり、手加減なしで全力を出せるんだよ。
「ウルティアーーッ!」
エレクシアのハンマーから放たれる炎を纏ったビリヤードボールを最小限の動きで避けて、手のひらを向ける。
「ハイドロスマッシャー」
「ヴォルカニック・ハンマーッ」
激流を内包する直射型射撃魔法とハンマーから放たれた灼熱の魔力付与型打撃魔法が激しくぶつかり合って爆発した。
いくらレベルを上げようとも基本的に水属性魔法の方が優位なことに変わりはない。
むしろ、ここまで渡り合う魔法を習得していることが驚きなのだ。
きっと血の滲むような努力をしたに違いない。
「正直に話すわ! 初めて会った時、なんてブサイクなんだって思った! ぶくぶくに太って、髪の手入れもまともにできない女なんだって! でも、あんたはレクソスに言われて綺麗になった! それでも、まだブサイクだと思ってる! あんたは自分を偽ってるブスよ! その根性を叩き直してやる!」
汚い言葉を吐き捨てながらハンマーを振り回す姿はとてもではないがメインヒロインとは思えない。
でも、私にとって彼女の真っ直ぐな瞳と言葉は眩し過ぎる。
「うるさいっ! お節介ばかり焼いてないで自分の幸せのために全力を注げ! 早くレクソスとくっつけ、バカ! お前がボサッとしているから、レクソスは私の唇を奪いに来たぞ!」
「そんなこと知ってるわよ! 最後に勝つはあたしだから関係ない!」
私も人のことを言えないくらい汚い言葉を続けて、エレクシアへ向かって砲撃魔法を放つ。
水の精霊とアクアバットからの魔力供給がある限り、私が負けることはない。
次の瞬間までそう信じていた。
「あんた、あたしに言ったわよね。相性なんて関係ないのですよって!」
もちろん覚えている。でも、それがなに?
私の防御魔法を破る砲撃魔法を得たとでも言うの?
「ほんとに感謝してる。あの言葉があったから、あたしはこの魔法を習得できたんだ!」
空高くに舞い上がるエレクシアはハンマー型の魔法具を持たない左手を掲げ、一気に振り下ろした。
黒雲に穴を空けながら出現する五つの隕石が私を目がけて落ちてくる。
まさか、これは――
「……自動追跡型直射魔法」
「シューティング・メテオ・インフェルノ!」
エレクシア、ここまでとは。これは避けられないな。
防御しようにも規模が大きすぎて全てを防ぎ切ることは不可能だろう。
でも、残りの魔力を使い切っている筈だから、これを凌げば私の勝ちだ。
両手を突き出し、水属性魔法とは異なる呪文を詠唱して氷属性魔法の魔力構築を完了させる。
かつてないほど長い詠唱を終えた私は全力で魔法を発動させた。
これはデュークにも見せたことのない魔法だからまだ名前が無い。
本当はレクソスの為に取っておくつもりだったけど、まさかエレクシアに使わされるとは……。
この次にレクソス戦が控えていると思うと憂鬱な気持ちになるけど、そんなことで手を抜いて隕石をぶつけられても困るから出し惜しみはしないわ。
「後は任せたわよ、レクソス」
その言葉を最後にエレクシアの時間が止まった。正確には空間そのものが凍結された。
この閉ざされた空間で動けるのは私だけだから、このままエレクシアが気絶するまでぶん殴って、レクソスも同じ目に遭わせよう。
これでデュークを守れる。
「やっぱり空間凍結魔法に辿り着くよね」
「なッ!? なんで――」
私の目の前には白い歯を見せるレクソスがいて、直ぐに消える。
レクソスは凍結された空間の中にいながら、水の見聞魔法で追えないほどの速度で移動しているのだ。
自動防御魔法が発動している筈なのにレクソスの剣が私のマントを掠める。
「アクティブガードナーが追いつかない!? アクアバット、お願い!」
普段は頼らない精霊王に防御魔法の制御を任せ、カウンターだけを狙う。
「以前、発動した空間制圧魔法は君自身も凍傷を負う不完全なものだった。だから自分を回復できない君は空間そのものを凍結させる魔法を開発すると踏んでいたんだ」
「予測していただけでここまで動けるとは思えないわ!」
「そうさ。これも君が答えをくれたんだ。覚えているかい? 君はボクに贈り物をしている」
もちろん覚えている。それは
そんな、まさか。
「そう、そのまさかだよ。ボクは早朝に雷属性の魔力を込めて、召喚したんだ」
レクソスの腕に止まっている小さなハチが羽を震わせる。
「シャイニー・ホーネット。君のダークシー・ウイングと同じ、父の
精霊王の能力でここまでの速度が出せるのか。
しかし、原理を知ったところでレクソスを止める手立てがない。
私はされるがままにマントを切りつけられ続ける。
「言った筈だよ。君を傷つける"氷瀑の魔女"を許さないって。たとえそれが君自身であったとしても、ボクはウルティアを救う」
レクソスの手が私に伸びる。
「こうも言ったよ。君は蜃気楼みたいだって」
アクアバットのサポートがあってもレクソスの速度についていけないなんて。
「やっと手が届いた。これがウルティアの本当の顔なんだね」
「……レクソス」
優しく触れる指先には敵意も殺気もない。アクティブガードナーは最初から発動してなかった。
レクソスは私を倒しに来たわけじゃないんだ。
そっか、これが負けイベントか。
「デュゥと話がしたい。彼の所まで連れて行ってくれ」
レクソスはデュークを殺したりしない。
そう確信した私は素直に従い、レクソスをデュークの元へと連れて行った。
二人は熱心に話し合っていたけれど、私は何も告げずに魔王城を後にした。
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