第36話 パーティー崩壊

 地上へ降りた私達は両親を匿ってくれているクワイタス公爵家の旧邸へ急いだ。

 手入れされていない屋敷には両親だけでなく、ナーヴウォール家の使用人全員が集められている。


「ウルティア!」

「良かった、無事だったのね」

「うん。デュークが助けてくれたから。二人も無事でよかった」

「どういうことなのか、説明してくれるね」


 両親の安否を確認して安堵した私は自分が転生者であるという事実やトゥルーエンドを目指しているという目的を隠してこれまでの経緯を話した。

 先代勇者のレガリアスは先代魔王でもあり、その息子がデュークであること、異母兄弟のレクソスが同じクラスで敵対していること、私は十歳のときからデュークの手先であること、十年前から両親は人質だったこと。

 要所でデュークも口を挟み、説明を手伝ってくれた。


「それで、デュゥ君はこれからどうする? うちの娘をどうするつもりだ?」

「俺は失意の中死に絶えた母の遺言に従い、魔王になるつもりでした。そして、皆殺しにされたクワイタス公爵家の生き残りとして復讐を誓っていました。でも――」


 血が滴るほどに唇を噛むデュークは苦々しい表情と声で決意を述べる。


「ティアの居場所を守る為に魔王になると決めました。ティアをこれ以上巻き込むつもりはありません。貴方達にはとても世話になったのにこんな形になってしまって申し訳ない。一生をかけてナーヴウォール家に尽くすと誓います」


 パンッと乾いた音が室内に反響し、両親と使用人達が呆気にとられている。

 息を切らしながらデュークの頬を叩いた私はどんな顔をしているのだろうか。


「私は私の意志で貴方に従ったの。私が貴方に闇魔法を教えて、私が貴方を魔王にした。私は自分で欲しいものを手に入れられるわ。だから、私の為に傷つかないで」


 これまでずっと隠してきた想いをぶち撒ける。

 熱を帯びるデュークの頬は絶対に治してあげない。その痛みを通して私の怒りを感じ続ければいいんだ。


「私の両親は私が守る。貴方が勝手に名付けた数々の魔法で守ってみせる。学園も自分で片をつけるから手を出さないで」


 かつてないほどに興奮する私の肩に手を重ねた両親は意味ありげに、寂しげな顔で首を横に振った。


「もういいんだ、ウルティア。ナーヴウォール家は爵位を剥奪された」


 頭が真っ白になり、膝が震え始める。

 私のわがままで実家にまで迷惑をかけている。両親は爵位と屋敷を失い、使用人達は仕事を失う。

 これら全てを招いたのは私だ。


「ご、ごめん……なさい。わたし、私がみんなを。私のせいでっ」


 絶望に耐え切れず、顔を覆いながら崩れる私を母が優しく包み込んでくれる。


「いいのよ。正直に話してくれてありがとう。この家には貴女を責める者はいないわ」


 そう言われても、もう取り返しがつかない。

 私の力ではどうにもできない。


 いや、考えろ、ウルティア・ナーヴウォール。

 お前は転生者だろ。前世の記憶を持っているんだろ。

 

 こんなに憤っているのに名案は思いつかず、夜が明けようとしていた。


 顔を作り直してから学園へ向かうと生徒達から冷ややかな視線を向けられ、ボソボソと悪口も聞こえる。

 私は初めて水の見聞魔法を解除した。

 学園長から退学を言い渡された私は寮長先生にお礼と謝罪をして、ウンディクラン寮の自室へと向かう。

 扉はズタズタに傷つけられ、室内も散らかされていた。


「……これは精神的にやられるわね」


 持ち込んでいる私物が少ないから壊されている物は学園の備品ばかりだ。

 それでも自分の部屋を荒らされたことに変わりはなく、悪意の塊が目に見えるようで吐き気がする。


「これはどういうことなのよ」


 出入り口を塞ぐように立つエレクシアは他の生徒達と異なり、いつもと同じ瞳で私を見つめる。


「あんたが"氷瀑の魔女"ってほんと?」

「えぇ、そうですよ」

「なんでよ?」

「なんで、と言われても……。私はそうするしかありませんでした」

「なんでよ!? あんた、誰よりも強いじゃない! あたし達が束になっても勝てないのよ! それなのに、なんで魔王側にいるのよ! なんで、学園を辞めるのよ」


 エレクシアの悲痛な叫びはウンディクラン寮中に聞こえるほどだった。


「学園を卒業して、仕事を始めて、たまに会って近況を話して。そんな、あたしにとって普通の生活の中にウルティアもいて欲しかった!」

「私はエレクシアと仲良くなり過ぎました。最初はこんな風になると思ってなかったの。ごめんなさい」

「謝らないでよ! 友達になるってそんなに悪いことなの!? あたしはあんたの力になりたい。あたしにできることがあるなら全部話してよ」

「私は十歳のときから魔王側です。騙していてごめんなさい。もう二度とこの姿でエレクシアとは会わないでしょう。次に会うときは"氷瀑の魔女"として貴女の前に立つ」


 頬を伝う涙が落ちる前に豪快に拭き取ったエレクシアが私を睨み付ける。


「あんたはあたしが止める」


 彼女の言葉を聞き入れず、無言で横切る私を見送っているであろうエレクシアはどんな顔でなにを思っているんだろう。

 見聞魔法を発動していたら躊躇していたかもしれない。あらかじめ解除しておいて正解だった。



 校門に寄りかかる人影はこちらに気付き、不機嫌な顔で歩み寄る。


「おい、こっちから出向かないと挨拶なしかよ」

「シュナイズ。まさか、お見送りですか」

「初めて会った時、クソ雑魚水属性魔法使いなんて言って悪かったな」

「……あぁ。気にしていませんから」

「どうして、オレ達を見逃した?」

「私は貴方達を傷つけずに追い返したかっただけなので」

「そうかよ。お前のそういう所はマジでイラつくぜ。オレ達が一緒に弁解してやるから戻ってこい。まだやり直せるかもしれねぇ」


 第一印象が最悪だったシュナイズからこのような発言が聞けるとは思ってもみなかった。

 正直に嬉しい。

 でも、今更どの面を下げてパーティーに復帰しろと言うんだ。


「ごめんなさい。私はもう貴方達と一緒にいられません」

「お前は知らないかもしれねぇが、オレ達は諦めが悪いぞ。レクソスもエレクシアも絶対にお前の前に現れる。死ぬまで何度でもだ。オレはあいつらがお前に辿り着くまでの道を切り拓いてやる。どこまで行ってもオレ達はウルティアに追いつく」


 そんなことは言われなくても知っている。だから、私はこんなにも困っているのだ。

 学園を後にすると言い様のない不安と寂しさに襲われる。

 私はこの世界を甘く見ていた。

 ゲーム通りにシナリオを進めていれば、最初から敵同士で彼らと深く関わることはなかったのに。

 パーティーを抜けると決めたにも関わらず、まだ未練たらしく彼らに執着している。

 私はアクアバットにお願いして、三人の監視を続けることにした。



「ボク達はこれから各地の魔女達の元で修行する。その様子を見ておいてくれ」


 学園から離れ、もう知り合いと出会うことはないと思っていた矢先にレクソスの声だけが耳に届いた。

 見聞魔法はまだ発動していないから、これは生の声で彼はどこかにいる筈だ。

 でも、今の私ではレクソスを見つけられない。


「以前、ボクは君を蜃気楼の様だと言ったよね。それは今でも変わらない。でも、必ず君の手を掴んでみせる」


 その言葉を最後にレクソスの声は聞こえなくなった。



 あれから数日。

 アクアバットを使い、エレクシア、シュナイズ、そしてレクソスの強化イベントを覗き見ることに成功した。

 エレクシアは"火焔の魔女"を訪ね、苦手分野である射撃魔法や長距離攻撃魔法の修行を行うようだ。

 シュナイズは"風紋の魔女"に頭を下げ、全ステータスの底上げを図るようだ。

 レクソスはあの森で "雷鐘の魔女"を探し出し、私との約束通り弟子になったようだ。


 三人の本気度を知り、彼らが具体的にどんな修行をしているのか見るのを止めた。

 これ以上の覗きはフェアじゃない。


 これまでは彼らのステータスを知っていたから勝てただけだと思う。

 本気で私をどうこうしようと言うのなら私も本気でぶつかろう。

 その先に待つのがハッピーエンドではなかったとしても、デュークさえ生きていれば私が隠れボスになることはない。

 つまりバッドエンド回避になる。そもそも、なにがバッドなのか。


 ゲーム内のウルティアにとっての魔王は名前も明かされないただの"魔王"という役割のキャラクターだった。

 天涯孤独となったウルティアに生きる意味を与えた人物が勇者に倒されたから隠しボスになるのだ。

 でも、私にとっての"魔王"デュークは心配性で努力家で母親想いな幼馴染だ。そんな彼がレクソスに倒されたら、私は正気ではいられないと思う。

 レクソスも、エレクシアも、シュナイズも、レオンザート王子も、女王陛下も、各地の魔女達も、学園も、全てを壊してしまうだろう。

 私は今更ながら自分の気持ちに気付いた。


 それは以前、旅の道中で出会った老婆こと"雷鐘の魔女"が言っていた『本当に大切なものは案外、近くにある』という言葉通りだった。


「私はデュークが好き」

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