第33話 降り積もる『氷』

 デュークが学園を去って一ヶ月が経った頃、私達は女王陛下に呼び出された。 

 例によってレオンザート王子の転移魔法で王宮へ連れて来られ、横並びで平伏する。


「評議会とも協議した結果、魔物を放っておけないということになりました。次はこちらから仕掛けます。今回はレオンザートも同行させますので貴方達も準備を整えて下さい」


 "水圏すいけんの魔女"の話を聞いた後では、女王陛下の言っていることもやろうとしていることも全てが虚しいと感じてしまう。

 それは他の三人も同じな筈だ。特にレクソスにとっては看過できないことだろう。


「女王陛下、それでは魔物達と同じです。互いに争わない道を模索することはできないのでしょうか」

「世の中はそんなに甘くありません。貴方はあくまでも勇者候補で、その力はたかが知れています。余の子も勇者候補ですから、貴方だけが特別ではないということを自覚しなさい」


 その威圧的な視線と物言いにムッとするエレクシアとシュナイズをレクソスが静かに制している。

 正直、私も不愉快だ。


「"氷瀑ひょうばくの魔女"がいる限り、魔王城まで辿り着くことは困難です。どうするおつもりですか」

「そうよ! この国に対抗できる魔法使いがいるのかって話な――」


 堪え性のないエレクシアの口元を水球で塞ぎ、目配せする。


「我が国の全軍で魔王城を攻め落とします」


 なんと浅はかなことか。女王陛下はこの国の守りを手薄にするつもりなのだ。

 イライラしている私がデュークにこの情報を流して、魔物を集結させればこの国は終わる。

 本来、私の役目はこういうことだ。どうする、ウルティア・ナーヴウォール。

 私はどっちに付きたい。勇者レクソスか、魔王デュークか――


「貴方達は最前線でレオンザートや王宮魔導師達と共に奮闘なさい。学生の身分とはいえ、報酬は弾みますよ」

「そんな――」


 立ち上がろうとするシュナイズの首元に指先を置き、元の姿勢へ戻るように目配せする。

 まったく、堪え性のないパーティーである。

 いや、それは私も同じか。


「分かりました。ボク達はこれで失礼致します」


 レクソスは鬱々たる面持ちで立ち上がり、私達の手を取った。


「レオンザートに送らせましょう」

「いいえ、その必要はありません」


 私達四人を囲む無数の小さな雷はバチバチと音を鳴らしながら輝きを増していく。

 そして、一筋の光となって天井へと伸びた。


「ボクも転移魔法を使えます。レオンザート殿下だけが特別ではありません」


 下から突き上げるような轟音が響き、驚きのあまり閉じてしまった目を開けるとウンディクラン寮の自室だった。

 咄嗟に左右に首を振るも、そこにエレクシアとシュナイズはおらず目の前には放心状態のリーゼが立ちつくしている。


「……お嬢様、なぜここに」

「まさか――ッ!?」


 レクソスは私達四人を別々の場所へ転移させたと言うのか。

 ウンディクラン寮を飛び出し、サラマリオス寮へ向かうと息を切らすエレクシアと鉢合わせた。


「寮にいたの!?」

「えぇ!」


 同時に走り出すとシルフィード寮の方からシュナイズが駆けて来る。


「あの野郎、遂にやりやがったな!」


 三人でボルドグランデ寮へ急ぐと彼は門に背を預けて待ち構えていた。


「やぁ。ちゃんと各寮に送り届けられたかな?」


 爽やか過ぎる笑顔を向けられた私達は溜め息をついた。

 完璧だ。レクソスの転移魔法はレオンザート王子を超えている。


 恐らくレオンザート王子のご先祖様に勇者がいたから隔世遺伝でこの時代の勇者候補となっているのだろう。

 しかし、レクソスは違う。

 彼は先代勇者を父に持つ正当継承者なのだから、二人の間に力の差が生まれても仕方ない。


「それでオレ達はもう一度、魔王討伐に行くのか?」

「行こう。今のボク達じゃ、"氷瀑の魔女"には敵わないと思う。でも、彼女との戦い方を知っているのはボク達だけだ。犠牲者を最小限に留める為にもボク達が行くべきだ」

「オッケー。どこまでも付き合うわよ。ね?」

「えぇ、このパーティーのリーダーはレクソスですから、貴方の決定に従います」


 なにもおかしなことは言ってない筈だけど、なんでそんな不安になる顔で私を見るのだろう。


 それから数日後、全軍で最果ての地への進軍が始まった。

 私は最初からアクアバットと入れ替わり、"氷瀑の魔女"として国王軍と対峙している。

 本当に全軍を投入しているようで見渡す限りの魔導師達に目が回りそうだ。


「はぁ。じゃあ、少しずつ相手にしましょうか」

「その必要はない」


 水の見聞魔法を掻い潜られた――ッ!?

 ハッとして振り向くと全身黒ずくめのデュークが立っていた。


 私の前に移動したデュークが左手を暗黒の空へ掲げる。

 ほぼ同時に国王軍の攻撃が始まる。しかし、彼は微動だにしなかった。

 私もアイス・シールドを展開する必要はないだろう。彼の背中からは言いようのない自信が溢れており、それを信じてみることにした。


 国王軍の魔法使い達が放つ攻撃魔法が私達に迫る中、デュークは掲げていた左手を握りつぶした。

 一瞬なにが起こったのか分からなかった。

 発動した筈の数々の攻撃魔法は全て砕け散り、ただの魔力となってパラパラと地面に落ちる。


「これが本物の闇魔法なの?」

「いや、これはまだ土属性魔法だ。全ての魔法を泥で包み、粉々に砕いただけに過ぎない」


 砕いただけ?

 サラッととんでもないことを言っているけど、その自覚はあるのだろうか。

 その魔法を全員が使えるのなら土属性魔法使い最強説が浮上することになるのですが……。

 などと、少し狼狽えたがパフォーマンスとしては上出来だ。


 国王軍の魔導師達からは絶望の声が聞こえる。

 このまま敵わないと引き返してくれれば穏便に済むのだけど、やはりそう簡単にはいかないらしい。


「レオンザート王子が来るわ」

「そっちは任せる。レクソス達は俺が相手をしよう」

「はいはい」


 雷鳴と共に私へ突撃してきたレオンザート王子の剣を受け止める。しかし、一瞬にして遥か上空へと連れ去られた。

 デュークと距離が離れてしまったけど、一人でも問題ないだろう。


 繰り出される攻撃を氷の盾で防ぎつつ、レオンザート王子の魔力構築回路の凍結を狙う。

 彼の攻撃は大振りで避けやすいが、漏れ出した膨大な魔力が側撃雷そくげきらいとなって私のマントを焦がす。

 レクソスは魔力量こそ大したことはないが、魔力を上手くコントロールして様々な魔法を発動している。対してレオンザート王子は膨大な魔力をそのまま放ち、力任せに魔法を発動していた。

 ここまで暴力的な魔法を使われるとアクティブガードナーを使いたくなる。

 水属性魔法さえ使えれば一瞬で自爆させられるのに。


 そんなことを嘆いても仕方ないので僅かな隙を狙い、彼の腕に氷柱つららを突き刺す。

 これでしばらくの間は魔力構築が不可能になる筈だ。


「時間稼ぎをさせてもらったぞ、"氷瀑の魔女"」

「負け惜しみを」


 上空での攻防を繰り広げる私達の真下ではデュークが片膝をついていた。


 どうして?

 なぜ、デュークが負けているの?

 デュークは闇魔法を使えるでしょ?


 様々な疑問が頭の中でグルグルと回る。

 急降下してデュークを庇うように舞い降りた私を標的にして数々の魔法が放たれた。


 あぁ、これ全部は無理だ。少し食らっちゃうな。


「アクティブガードナー・パラディオン・パラサイト」


 それは私の声だったけど、私が発した訳ではない。

 そんな聖なる力と邪悪なる力を併せ持つような名前の魔法は知らない。


 ブローチのようにマントの胸元にぶら下がったアクアバットが発動した謎の魔法は、全方向から私を襲う攻撃魔法を防ぎながら魔力を吸収していく。

 そして、五属性魔法を水属性魔法へと変換してしまった。


「……凄い。これなら!」


 吸収した魔力で最上位の氷属性魔法の準備を始める。

 右手に持つ氷柱つららを起点にして圧縮させた魔力を国王軍へと向けた。


「止めろ、ティア。そんなものを撃てばお前の帰る場所がなくなる」


 そんなことを考えていたのか、と呆れながら私の後ろでうずくまる魔王を一瞥して、魔力構築をやり直す。

 そして、空へと向けて攻撃魔法を発動した。

 夜空を駆ける一筋の氷の粒は国王軍の頭上まで進み、やがて弾けた。

 それらは無数の粉雪となって彼らに降り積もる。


「ティアドロップ・スノーホワイト」


 ふわふわと舞い落ちる粉雪は触れた者の内部を凍結させ、最悪の場合は死に至らしめる。

 過去最高の広範囲にばらまいた攻撃魔法だったけど、他人の魔力を使ってもこんなに疲れるなんて思ってもみなかった。

 でも、これで私達の勝ちは確定したに違いない。


「さっさと王国へ帰って弱者同士、身も心も温め合うがいい」


 ふふん。私の悪役も板についてきたというものだ。

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