第32話 男心も女心も分からない
魔物が攻めて来たというのに王国側の犠牲は最小限に抑えられていた。
王宮魔導師達の迅速な対応とレオンザート王子の指揮による功績が多いのだろう。
今後の対策を練るということで私達は学園で待機を命じられ、久々にぼっちスクールライフを満喫するつもりだったのだけど、そうはいかないようだ。
私は多くのクラスメイトに囲まれ、質問攻めにあっている。
勇者候補生のパーティーの一角というステータスは、こんなブスでもカースト上位に底上げしてくれるようだ。
でも、大丈夫。
私はちょっとだけ攻撃魔法が使えるだけのモブキャラ認定されている筈だから。
「それでねー、ウルティアって誘導制御系だけじゃなくて砲撃系とか、自動防御系とか、持続回復魔法とか使えるんだよ! あ、おーい! ウルティアーっ!」
やめて、やめて、やめて。
せっかく隠してるのになんでバラすの!?
そんな期待を込めた顔をしながら、こっちに走って来ないで。
「あんた、またその格好してるの!? やめた方がいいってレクソスも言ってたじゃない。ほら、こっち来て」
強引に手を引かれ、トイレへと連行される。
張りも潤いもないブランドヘアを
私が限界まで水分を抜いた髪だぞ。そんな簡単に修復できる訳がないでしょ。
「じゃ、そのむくみまくった体から水分を頭に上げて。拒否しない。早くやる。授業が始まるでしょ」
なにこの子。怖い。
この前は人の親切を曲解していたくせに今日はやけにストレートじゃないか。
これ以上騒がれても面倒なので言う通りにして、一緒に旅をしていたときと同様に本来の体型で顔だけ偽物の私に仕上げる。
またしても手を引かれ、一緒に教室に入るとクラスメイトの視線が一斉に向けられた。
ビクッと身体が跳ねる。
しかし、彼らの反応は私が予想したものと真逆だった。
「今日からずっとそれでいなさいよ。あんた可愛いんだから」
可愛い? 私が?
そりゃあ、両親やメイドさん達に可愛いと言われたことはあるけど、それは我が子に対する感情と主人の娘に対するお世辞でしょ?
「おはよう、エレクシア、ウルティア。久しぶりの制服姿で新鮮だね。二人とも似合ってるよ」
この主人公はなぜこんなにもサラッと人を褒められるのだろうか。
隣で頬を赤らめるエレクシアの方が可愛いと思うけど、恥ずかしいから伝えるのをやめた。
こうして普通の学園生活を送る中で仲良しグループができるのは当然のことだと思うけど、いわゆる派閥というものに発展するのは厄介だ。
レクソスに相応しい女性はエレクシアかウルティアかという話題から二つの派閥が生まれたらしい。
そんなことは正直どうでもいい。
それでも水の見聞魔法によって情報は勝手に入ってくる訳で、どうやらエレクシアの方が優勢らしい。
全然構わない。むしろ、そうであって貰わないと困るのだけれど。
「ウルティア様はレクソスさんとどのようなお話をなさるのでしょうか」
「特別な話はしませんよ。普通の友人の会話だと思います。えっと、敬称はいりませんよ?」
「まぁ! レクソスさんを友人と呼べることが既にわたくし達とは次元が違いますわ。是非、冒険の話をもっとお聞かせ願えませんか」
五人の取り巻きに囲まれながらトイレへと移動する。
別に一人で行けるのだけど、この光景を見れば悪役令嬢に見えなくもないか。
おーほっほっほっほ、とか笑えばよりそれっぽくなるのかな。
そんなことを考えていると廊下の反対側からエレクシア一行が向かってくる。
同じく五人の取り巻きに笑顔で応対する彼女は私と違って正統派ヒロインの鏡のようだ。
「お互い大変なことになっちゃったわね」
「そうですね。あれからレクソスとはどうですか?」
「う~ん、特に変化なしかな。今日も訓練場に行くけどウルティアも来る?」
「いえ、今日は用事があるのでまた後日にします」
何気なく会話しているのは私達二人だけで背後ではそれぞれの取り巻きがバチバチと火花を散らしていた。
放課後、霧の魔法で取り巻き達から逃げ切り、訓練場を覗くとレクソスが目にも止まらぬ動きで移動していた。
彼の元いた場所には瞬間移動の速さについていけなかった雷属性の魔力が名残惜しそうにバチバチと帯電している。
水の見聞魔法を発動しているから彼がどのように移動したのか分かるけど、生身ではその姿を捉えることは不可能だろう。
今のレクソスはまさに雷のようだった。
そっと訓練場を後にしてウンディクラン寮に戻ると既に客人が待っていた。
リーゼが出したであろう紅茶を飲み干した彼は私に着席を進める。ここ私の部屋なのだけど。
「これを見ろ」
デュークの手のひらには黒い球体が浮かび上がり、その空間を呑み込む。
これは土属性魔法ではない。デュークは土属性魔法を闇魔法への変換に成功していた。
「これでお母様の願いを果たすことができるわね」
「あぁ、世話になったな。今日から俺が魔王になる。お前は学園生活を満喫するといい」
「もう私は要らないの?」
「不要だ。俺は一人で本当の実家を守ることができる」
デューク。本名、デュゥ・クワイタスは没落貴族であるクワイタス公爵家の唯一の生き残りとなっているけど、その家名を知るものは非常に少ない。
今の彼に実家と呼べるものはどこにもない。
だからこそ、父である先代魔王と今は亡き母が過ごした魔王城にこだわるのだろう。
「分かった。元気でね、デューク」
「……ウルティア、俺が来いと言えばお前は一緒に来てくれるのか?」
「えぇ、勿論。だって私達は幼馴染でしょ」
「レクソスが行くな、と言ってもか?」
なんだその質問。
今の話の流れでなぜレクソスの名前が出てくるのか、理解できない私は迷いなく頷いた。
「えぇ。だってレクソスは関係ないもの。私は私のやりたい様にするだけよ」
そうだ、以前気になっていたことを聞こう。
ちょうどリーゼも一緒にいるし絶好の機会だ。
「レクソスが落ち込んでいたとき、エレクシアが声をかけると笑顔になったの。でも私はなんて声をかけていいのか分からなかった。そのとき胸の中がザワザワして気持ち悪くて、でも二人が笑っていることは嬉しくて。これ、なんだと思う?」
デュークはいつも険しい顔をしているけど、今はより一層眉間に皺を寄せている。
隣にいるリーゼは口を開けたままで動かないし、答えを知っているのなら意地悪せずに教えてくれればいいのに。
「ふん。そんなことは自分で考えろ」
デュークはあからさまに不機嫌となり窓から飛び去った。
さすがに私の部屋から出てくると他のみんなに誤解されるかもしれないから賢明な判断だろう。
「お嬢様は魔法の習得ばかりではなくデリカシーと恋心を学んだ方がよろしいかと存じます」
いつになく冷たい声で告げられ、私は少しへこんだ。
「そんなに変なことを言ったかしら。で、リーゼの答えは?」
「お嬢様も乙女だということですよ」
「ふぅん。ちょっと意味が分からないわね。今日の夕食はなに?」
そのゴミを見るような目をやめろ。一応、ご主人様だぞ。
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