第31話 降り注ぐ『氷』
全身を包み込む水によって呼吸ができずにジタバタと暴れ回る。なんてことはない。
私はこの魔法を解除する方法を知っている。
次の瞬間、水の牢屋は形を崩し、大量の水となって道路を濡らした。
「どういう事ですか、アクアバット」
「私がレクソス達を援護しますから、貴女は魔物を率いて下さい」
全く同じ容姿をして、全く同じ声で言葉が紡がれる。
ここまで自律行動されてようやくアクアバットが使い魔よりも高位の存在だと身に染みて分かった。
「なぜ私が……?」
「それが貴女の役目だからです、"
「私を利用するつもりですか?」
「えぇ。貴女は魔王の子と幼馴染で、勇者の子とパーティーを組んでいる唯一無二の存在です。だから、私は貴女と契約を結びました。魔王の子が魔王になれないのなら、貴女が魔物を率いなさい」
アクアバットは自らの羽根を差し出しながら嫌らしく微笑む。
「なぜこんな事をするの?」
「レガリアスは人間と魔物との不可侵条約を制定したのに人間は彼の想いを踏み
「そんなの間違ってる! こんなことをしてもレガリアスは喜ばないわ」
「貴女にも身に覚えがある筈です。なぜ貴女は他の学生よりもレベルが高いのでしょう」
ハッとして目を見開く。
そうだ。私は大量の魔物を倒して経験値を荒稼ぎしていた。
その報いを受けるときが来たとでも言うのか。
「貴女はこの時代に勇者と魔王という役割を復活させる重要人物です。もしも貴女がレガリアスの子達の幸福を願うなら、私は貴女の為に全身全霊を尽くしましょう」
私の目標は勇者とのハッピーエンドを回避することと、魔王が倒されて隠れボスとして出現するバッドエンドを回避することだ。
つまり、レクソスからデュークを守ることで二つの目標は叶えられるだろう。
勿論、危険を伴うけどそのリスクを回避する為に精霊王が一肌脱いでくれるのなら、利用しない手はない。
「分かりました。レクソス達を頼みます」
アクアバットの羽根を受け取り、魔女帽子とマントへ変化させる。
顔面に貼り付けたパックを剥がすと雫となって地面を濡らした。
私は身も心も"氷瀑の魔女"へ切り替えて、アクアバットの扮するウルティア・ナーヴウォールと別れた。
* * *
「サンダー・ランス」
レオンザート王子の放つ槍の形をした雷撃が魔物を突き刺す。
火・水・風・土属性魔法使いを上手く配置して王宮を守りながら、魔物を倒していく様はこの国の王子と呼ぶに相応しい。
『馬鹿と煙は高いところへ上る』と言うし、私もそれに倣おう。
アクアバットのローブの効果で飛翔して手を空に掲げながら長い詠唱を始める。
人を傷つけないように攻撃力を最小にして攻撃範囲に主眼を置いて魔力を構築していく。
「おい。あれ、なんだ?」
誰かが私の存在に気付いたらしい。しかし、もう遅い。
私は詠唱を終えたぞ。
「"氷瀑の魔女"だ! 全員でシールドを張るんだ! 急げ!」
腕に覚えのある魔法使いや魔女が魔物と戦う中、レクソスの声は一部の人にしか届かない。
その一部の人達でさえ、レクソスの声に耳を傾けようとしなかった。
「レクソス、この世界は本当に救う価値があるのか?」
どんどん悪役が板についてきたな、と我ながら驚く。
「泣け。ティアドロップ」
私は無表情のまま右腕を振り下ろした。
天上から降り注ぐ
それらは無限に降り続いた。
「氷柱ですって!?」
「だから言ったじゃないのよ! あいつが魔王の側近、"氷瀑の魔女"よ!」
エレクシアに怒鳴られている"
「違う! そんなことはあり得ません! きっと仲間に土属性魔法使いがいて、土の造形魔法で水を氷へ変換しているのです!」
「"水圏の魔女"様、土属性魔法にそのようなことは不可能です。あれは紛れもなく氷の魔法です」
「そんな筈はありません! そんなことは知りません! あの不届き者を撃ち落としなさい!」
彼女の命令に従い、攻撃魔法を発動する為に魔力構築を開始したレオンザート王子達だったが、誰一人として攻撃魔法を撃つことはできなかった。
「なんだこれ、魔法が使えない!?」
これこそが魔王の手先としてのウルティアを相手にするときに注意するべきポイントだ。
ウルティアの氷属性魔法に触れた者は魔法を発動するの為に必要な魔力構築回路を凍結される。
つまり、一定の時間は魔法が使用不可能となってしまうのだ。
上空から見下ろしていても"水圏の魔女"が青ざめていくのが分かる。
王族に仕える土属性魔法使いの上申と氷の魔法を目の当たりにしたことで私という存在が認められたようだ。
これ以上、魔物達を暴れさせる訳にもいかないし、この辺で一旦引くとしよう。
氷で造形したマイクを口に近づけて話し始めると町中の水から私の声が反響した。
「聞け、愚かな人間共よ。先代勇者レガリアスは人間と魔物の不可侵条約を締結した筈だ。それでも魔物を殺し続けるのなら容赦はしない。これは警告だ。次はないと思え」
国中が静まり返り、人々は私を見上げる。
目立ちたくないのにこんな大衆の面前で顔を晒してしまった。
次からはもっと行動に気をつけないと実家に迷惑がかかる。
「側近なんかじゃない。彼女こそが魔王よ」
そう呟いたのは、王宮のバルコニーから私を見上げる女王陛下だった。
他の人ならいざ知らず、絶大な影響力を持つ陛下の発言は瞬く間に広がり、私は"魔王"と呼ばれるようになってしまった。
待って、待って、違う。
私は魔王なんかじゃない。魔王はこれからデュークがなるんだよ!?
「愚かな女王め。私ごときが魔王様なものか。この程度の攻撃も防げないのなら魔王様の足元にも及ばないだろうな」
必死に訂正したからきっと大丈夫。
別に人を殺めた訳じゃないし、ただ全員の防御魔法を砕き、一時的に魔力構築を不可能にしただけだ。
これで魔物側に戦う意志はなく、無駄な争いを望まないという意図が伝わっただろう。
大満足の私は颯爽と飛び去り、アクアバットが扮する私自身と入れ替わった。
「ウルティア! あんた無事だったのね。あいつ、とんでもない魔法を隠してたわよ」
「え? そうでしたか? 攻撃する意志がないように見えましたが」
「なに寝ぼけたこと言ってるのよ!? 今の状態でこの前の広範囲空間制圧魔法を発動されていたら全滅だったのよ! あたし達は見逃されたのよ!」
お、おかしい。なんて物事を曲解する子なんだ。
もっと純粋に私の想いを受け取って欲しいのに。
「それはそうと、レクソスはどうですか?」
エレクシアの視線の先には茫然と空を見上げるレクソスがいる。
私が余計なことを聞かせたのがいけなかったのだろうけど、これで何も知らずに異母兄弟である魔王――デュークを倒してしまうイベントは回避できた筈だ。
「ボクはどうすればいいんだ。女王陛下の為に、みんなの為に戦いたいけど、みんなはボクを信じてくれるだろうか。ボクは勇者の子であると同時に魔王の子なのに……」
胸の内を吐露するレクソスにかける言葉が見つからない。
ここまで思い詰めると分かっていたら"水圏の魔女"から話を聞き出さなかったのに。
「そんな心配いらないと思うわよ。みんなとは言い切れないけど、少なくともあたし達はレクソスを信頼してるから。多少はね、ビックリしたけどさ。レクソスはレクソスだから」
これがメインヒロインの力か。言葉を失った私とは圧倒的な差を感じる。
別にこれでいいんだ。
私は隠しヒロインだけど、ずっと隠れて過ごすと決めたんだ。
だから、レクソスの心の支えはエレクシアに任せればいい。その筈なのに――
「レクソスと両親は別の人間だから気にしなくていいよ。これからレクソスが何をしようとするのか、どんな魔法使いになるのか、それが重要でしょ。だから落ち込んでないで町の復興作業の手伝いに行くわよ!」
「あぁ! ありがとう、エレクシア」
この胸のざわつきは一体なんだろう。
帰ったら、リーゼかデュークに聞いてみよう。
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