第19話 勇者レガリアスを磨く

 魔女勧誘の為に旅立ったにも関わらず、出鼻をくじかれた私達はトボトボと道を歩く。

 いつの間にか燃え盛る山を抜けてただの森へと入っていた。

 他愛もない会話を続けながら進むと、拓いた土地に古びた一軒家が現れた。

 家屋の所々にはつたが生えている。しかし、畑や農具はしっかりと手入れされていた。


「誰か住んでるわね。どうする?」

「こんな辺境な土地に住んでる奴なんてまともじゃねぇだろ。戦闘準備して行くぞ。ってレクソスはどこだ?」

「あちらです」


 私の指さす先には豪快にノックをしながら名乗るレクソスの姿がある。

 彼の真っ直ぐな性格には関心させられるけど、もう少し警戒心を持ってもいいと思う。


 大袈裟なため息をつくシュナイズは取り出した大鎌を待ちながら棒立ちしている。

 とりあえず、武器を片付けて話を聞きに行こうじゃないか。


 レクソスは既に一軒家の持ち主と思われる老婆と話し込んでいる。

 遠目だと久々に訪ねてきた孫がお婆ちゃんと会話しているようにしか見えないのだけれど。

 あっという間に老婆と仲良くなり、家の中へ招き入れられようとしているレクソスが手招きしてくる。


 久々に紅茶をいただけるかしら、と期待していると期待値を遥かに超える歓迎を受けることになった。

 こんな古びた家に保管されているとは思えないほどの高級茶葉で淹れられた紅茶は絶品で思わずおかわりをねだってしまいそうになる。

 ぐっと堪えている私に手を伸ばした老婆はティーカップを取り上げて二杯目を注いでくれた。


 そんなに顔に出てたかな?

 いや、違う。これは魔法だ。

 水の見聞魔法はジャミングされて使い物にならないのに、この老婆は私の心を読んでいるに違いない。

 ひとまず何事もないように取り繕い、ティーカップを受け取って微笑む。


「貴重なお話と紅茶のお礼をさせて下さい。なにかお困り事はありませんか?」


 そうやってまたお節介を。

 この老婆は怪しすぎるでしょ!

 と、言ったところでレクソスは聞かないから放っておこう。

 いざとなればエレクシアがなんとかしてくれるだろう、と諦めて二人の会話に耳を傾ける。


「そうねぇ。じゃあ、薬草の採取を手伝って貰おうかしら」

「お安い御用です。行こう、みんな!」


 また安請け合いしてる。

 あと四人の魔女に会いに行くというのに、この調子ではいつ学園に戻れるか分からないな。


 聞くと一軒家から離れた所にお目当ての薬草が生えているらしい。

 どうみても面倒なイベントだと察しがつく。

 ゲームではボタン連打で見つかるかもしれないけど、実際に草木が生い茂る森で目的の薬草を探すなんて無謀すぎる。

 早々に嫌気が差してサボりに行こうとしたとき、誰かに腕を掴まれた。


「逃がさないわよ、ウルティアちゃん」

「逃げたりなんかしませんよ、エレクシアちゃん」


 なにこれ?

 かれこれ半日も探し回っているのだから、精神的な疲労が限界を迎えているのだろうか。

 連れ添ってサボれる場所を探していると不自然に拓けた場所にはこけだらけの銅像が建てられていた。


「あれ、なに?」


 水属性魔法で一部の苔を拭き取るとそれが人の形をした像だと分かった。


「勇者レガリアス……?」

「え? ほんとに!?」


 他の二人を呼び寄せて確認すると間違いなく先代勇者が剣を構える銅像だった。


「勇者レガリアスの像です。かつてこの地を救っていただき、感謝と尊敬の念を込めて造ったのですが、管理不足で酷い有様になってしまいました」


 背後から現れる老婆の存在に誰一人として気づかなかった。

 学生とはいえ、そこそこのレベルを誇っている私でも感知できないなんて。


「よし! この像を綺麗にしよう! ボクの先輩なんだから当然だろう!」


 また始まった。

 しかし、この銅像を見つけたときからこうなる事を予見していた私とエレクシアは顔を合わせて、ほくそ笑んだ。


「二人が仲良くなったようで嬉しいよ。さぁ、二人とも火と水の用意を頼む!」


 シュナイズが風属性魔法で雑草を刈り取り、所定の位置へ運ぶ。

 私が水で銅像を綺麗に流し、頑固な汚れにはエレクシアと協力して拭き取っていく。

 仕上げに全員で光沢が出るまで磨き上げると間違えるほどに立派な銅像が姿を現した。


「おぉ! これが勇者レガリアスか、かっけぇな!」

「教科書でしか見たことないから貴重な体験だったわね」

「……この人が勇者か」


 レクソスの視線だけはシュナイズとエレクシアとは異なる感情を含んでいる。

 彼は自分の出生については知らないかもしれないけど、なにか感じるものがあるのかもしれない。


「こんなに綺麗になって。昔のままだわ。あぁ、レガリアス」


 涙を流す老婆の姿に胸を打たれたのか、エレクシアの瞳もキラキラと反射している。

 私の瞳から涙は流れなかった。それは私が冷たい女だからだろうか。

 それとも銅像を優しく撫でる老婆をいぶかしむ気持ちが勝ったのだろうか。


 いずれにせよ私達は目的の薬草を見つけられていない訳で、今日は老婆の自宅に一泊させて貰えることになった。

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