第20話 雷鐘の魔女

 早朝に目が覚めてしまった。

 枕が変わったから眠れないというほど繊細な身体ではない筈だけど、目が冴えてしまったのだから仕方ない。

 決してシュナイズのいびきがうるさかった訳でもないし、エレクシアに蹴られた訳でもないし、就寝時から微動だにしないレクソスが不気味だった訳でもない。


 私は一人で森の中へ入り、一日中外せなかった顔面パックを外して、勇者レガリアスの銅像の前に立つ。


「貴方はなぜ勇者になったの? どんな最期だったの?」

「それは誰にも分からないだろうね」


 またしても私の背後に立つレクソスに驚く。

 今回ばかりは声をかけてくれて助かった。

 まさか起きてくるとは思わず、まだ顔を作っていないのだ。

 無言で隣に立たれていたら私の隠し通すべき素顔がバレるところだった。


「レクソスさんはなにか思うところがあったのでしょうか? 昨日は熱心に銅像を見ていましたね」

「同じ雷属性魔法使いだからね。一度は手解きを受けてみたかったなってね」


 雑談を続けながら、懐で眠るアクアバットを叩き起こす。

 不機嫌そうに飛び去ろうとする翼を掴み、私の顔にイービル・ファンデーションを施すように頼み込んだ。

 キキキキといやらしく笑いながらメイク魔法を完了させると嬉々として私の指先に噛み付く。

 寝起きの一杯と言わんばかりの飲みっぷりで吸血されると一瞬だけ立ちくらみがしてよろけてしまった。


「おっと。低血圧かな? ウルティアって朝に弱くて夜型なイメージだけど意外と違うのかな」

「さぁ、どうでしょう」


 アクアバットの仕事が遅ければ、素顔を晒すところだった。

 レクソスから離れたのに、彼はズイッと距離を詰めて私の顔を覗き込む。

 いくらイケメンでもそれはセクハラ行為ではなかろうか。


「ウルティアは蜃気楼みたいだね」

「はぁ……?」


 なんてやる気のない相槌だろう。

 自分でも驚くほどに間抜けな声を出してしまい、恥ずかしくなる。

 それにしても蜃気楼か。幻影や虚像と言わないあたり、的を射てる。痛いところを突いてくるな。

 すぐにでも私の正体がバレそうだから、これからも注意しないと。


「レクソスさんの夢は勇者になることでしたよね。お母様はどのような方だったのですか?」

「とても優しい人で、ウルティアと同じ水属性魔法使いだった。宙に浮かぶ水球がボクの遊び相手だったな。今思うと魔力コントロールは完璧だったよ」


 若くして亡くなったというレクソスの母が水属性魔法使いだったとは驚いた。

 なんとなくのイメージだけど、物静かなで上品なお母様だったのかな。


「だからウルティアの水球を初めて見たときは驚いたし、懐かしかった」


 レクソスが照れくさそうに微笑む。

 イケメンで母親思いとか完璧じゃないか。


「まさかボクが勇者候補になっているなんて、思ってもみなかっただろうね。本物の勇者になったら、墓前に挨拶でも行こうかな」


 自分にも子供ができたらレクソスのような子がいいな。……なんてね。

 レクソスの思い出話は留まることなく、私の中で彼の母親像が出来上がっていく。


「悪いことをしたときには水の棺に捕まえられるんだ。首から下を締め付けられてね。あれは怖かったな!」


 そんな笑顔で話す内容ではないと思うけど、本人が嬉しそうだから、まぁいいか。


 そうこうしているとちょうど良い時間になったので老婆の家に戻り、薬草探しを再開することになった。

 私達が探しているのは八つ葉のクローバーという小葉を八枚持つ植物だ。

 似たようなものなら簡単に見つけられるのに八つ葉だけは見つからない。

 これがあれば、あの老婆だけが作れる薬の調合ができるということだけど本当に飽きてきた。


 腰掛ける老婆の隣に座り、誰にも聞こえないほどの小さい声で囁く。


「貴女は勇者レガリアスのお師匠様ですね」

「……どうしてそう思うのかしら」

「私の魔法を掻い潜って心を読みましたね。そんなことができるのは雷属性魔法だけです」

「それは買い被り過ぎよ。昨日のあなたは二杯目のお茶を欲しそうにしていたから。私は水属性の見聞魔法をプロテクトしているだけよ」


 いやいや、それができるってことが十分おかしいんですって。

 老婆は皺だらけの顔を隠そうともせずに微笑む。

 私も歳を取ったらこういう風に笑えるのかな。

 それともイービル・ファンデーションで若作りして本当の顔を隠し続けるのだろうか。


「まだお若いのに何か大きなモノを背負っているみたい。その重責に押し潰されないようにして下さいね。あの子と同じにならないように」

「あの子? 勇者レガリアスですか?」

「一つの責任だけでも重いのに、二つ背負わされては堪ったものではありません。そうならないようにね」


 いまいち要領を得ないけど、意味ありげに頷いておくことにしよう。

 今は混乱しているからもう少し頭がクリアになったら考えます、と心の中で頭を下げる。

 老婆は皺を深く刻みながら微笑んだ。


 本当に心を読んでないのよね?

 これ以上の詮索はやめて探索に戻ろうとしたとき、私の足元でなにかが光った。


「わたしはここで次世代の勇者一行の武運を祈っておきます。ときにウルティアさん。本当に大切なものは案外、近くにあるものですよ」

「……あっ」


 しゃがみ込んで確認すると、それは紛れもなく八つの小葉を持つお目当ての薬草だった。


「みんなっ! あった! ありましたよ!」


 子供のように、はしゃぐ私に駆け寄る三人と一緒に八つ葉のクローバーを摘み取って老婆へと渡す。

 これまでは一人で黙々と魔法の練習や数々の習い事をこなしてきたけど、今回の達成感は味わったことのないものだった。

 昨日からの疲労感を忘れさせてくれる充実感を三人のパーティーメンバーと共に噛み締めているような不思議な感覚。

 もう一泊させて貰った私達は日の出と共に旅立つことにした。


「優しいバァちゃんだったな。また、あの料理を食べたいぜ」

「ほんとよね。なんであんな森に一人で住んでいるんだろ」

「なにか事情があるのかもしれないね。それよりも、どこに行けば"雷鐘らいしょうの魔女"に会えるのかな」

「もう会いましたよ。パーティーメンバーにはなってくれませんでしたが、私達の武運を祈ってくれるそうです。次に向かいましょう」


 ポカンとした顔で一斉に振り向く彼らが面白おかしい。

 本当に気づいていなかったんだ。


 これで二人目の魔女の勧誘にも失敗したわけだけど、「魔王に負けたらレクソスの師匠になってあげて下さい」と昨日のうちに交渉済みだから問題はない筈だ。

 この話はレクソスには内緒だけどね。

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