第17話 舞い降りる『氷』 

 無事にイベントを終えた私達は一人目の魔女が住むと言われる山を目指した。

 ゲームではこの辺りで魔王の手先としてのウルティア・ナーヴウォールが初登場した筈だ。

 さて、今回は特にレクソス達を攻撃する理由がないのだけど、どうしたものか。


 一番後ろを歩きながら密かに工作し、アクアバットを核にすることで分身体でありながら自律行動可能となったもう一人の私を創造しておく。これでパーティーを離れても問題ないだろう。

 気配を消し、木陰に隠れて彼らの動向を追いながら水分身の会話テストも終わらせた。

 あとはどのタイミングで出て行くか……。


「っ!? 気をつけて下さい。何かきます!」


 待って待って。アクアバットちゃん!? そんなアドリブ聞いてないのだけれど!

 しかし、言っちゃったものは仕方ない。

 これで何もなかったら私の魔力感知がポンコツだと思われてしまう。


 適当に氷魔法を発動して、造形した氷柱つららを投げつける。

 簡単に避けてくれるかと思ったけど、突き刺さった氷柱は一瞬にして地面を凍らせてしまい、木々の命と彼らの自由を奪った。

 あれ……おかしいな。魔力コントロールは完璧な筈なのに。ちょっと興奮しちゃったかな。


 何はともあれ今の私は悪役だ。

 アクアバットの羽根の一部で作った魔女帽子とマントを纏い、顔面偽装パックを剥がす。

 私は華麗に勇者候補一行の前に舞い降りた。


「な、なによこれ!? 氷!?」

「足が凍って動けねぇぞ、レクソス!」

「分かってる。フォーメーションβだ!」


 フォーメーションβとは攻守バランスの取れた陣形だ。この陣形でのウルティアは回復よりも防御に回る。

 足場が固定されている状態でどうするのか、お手並み拝見といこうか。


 レクソスの放つ雷属性魔法とシュナイズの放つ風属性魔法は氷の盾を時間をかけて削っていく。

 自分で開発した氷魔法は思ったよりも硬かった。

 これで彼らの魔力切れを狙えるのではないか、と思って踏ん反り返っていると上空からの魔力を感知し、もう一つ氷の盾を展開する。


「また氷!? こんな魔法知らないんだけど!」


 いつもの癖を抜いておいて良かった。

 昔の私なら絶対に鼻を鳴らして、一発アウトだっただろう。


「でもね――」


 途端、言いようのない悪寒が背中を震わせた。

 これは――ッ!?


 背後から迫り来る水の射撃魔法。更にしゃがんだエレクシアの頭上を掠めるように飛ぶ三つの水球。

 咄嗟に手をかざし、全てを凍らせていくも一つの水球から一滴の水滴が目の前を通過した。

 マズいっ!


 そう思った時には既に遅く、私を守るように配置した氷の盾に触れて弾け飛んだ。



「ナイス! ウルティア!」

「やったか!?」


 あっぶないなぁ。

 まさか主人にバブル・クライシスを撃ってくるとは思ってもみなかった。

 反射的に防御魔法を発動できたから良かったものの、思考していれば間違いなく半身がなくなっていた。

 というか、フォーメーションβの私はタンク役でしょ! なんで攻撃するの!?

 キラキラと砕け散った氷の結晶が舞い上がり、魔女帽子を濡らす。


「おいおい、無傷かよ」

「ボルト・ファランクス!」


 間髪入れずに迫り来る雷撃を避けて、以前よりも強くなったレクソス達に関心しつつ白い息をはく。


「ボクはレクソス。君は何者だ。なぜボク達を襲う?」


 名前なんて考えていないし、襲う理由も特にない。答えることなんてない。

 ゲームでは厨二感の強いセリフが用意されていたけど、私も何か言った方が良いのだろうか。


「何とか言えよ、この野郎!」


 シュナイズの大鎌から放たれた風の刃を払い落とし、持てる全ての力を注いで挑発の笑みを作り上げる。


「お前達が魔王様討伐を謳っている輩か。この程度ではわざわざ出向くまでもなかったな」


 私ってけっこう低い声も出るんだな。

 全然、関係ないことを考えながらどこからともなく取り出したほうきに横向きに座る。


「あいつ手を抜いてやがったのか」

「ボク達は見逃されたんだよ。あの人が本気だったら、今頃はあの木と同じように氷漬けだったかもしれない」

「氷の魔法使いなんてこの世にいるの……? ってか、ぜんっぜん相手にされてなかったんだけど!」


 遠くなる彼らの声を聞きつつ適当に山を越えた私はメイク魔法をやり直し、頃合いを見てアクアバットが扮するウルティアと入れ替わった。


 ここまで完璧に私を演じられると素晴らしいと思う反面、レクソス達に全く気付かれないのは少し寂しい。

 いや、これでいいんだ。私の使い魔は優秀なんだ!

 それにしてもレインシューターの中にバブル・クライシスを内包する発想はなかった。そして自分自身に追い詰められることも想定していかなった。

 この使い魔は私以上に私の魔法を扱うのが上手なのかもしれない。

 この調子ならいつでもパーティーを抜けられるから、無理してでも召喚水晶サモンクリスタルを購入して良かった。

 懐でご褒美をねだる愛らしい使い魔に血を分け与える。いつも通り、実に気持ちの良い飲みっぷりである。

 それはそうと――


「敵にすると厄介な存在なのかも」

「そうね。でも私が全部の氷を溶かせるようになるから!」


 水属性魔法を使うウルティア・ナーヴウォールと氷属性魔法を使うウルティア・ナーヴウォール、どちらも敵に回したくないな、と我ながら思う。

 いずれにせよ、イベント回収できて良かった。

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