第2章 魔女を探す旅路

第16話 初イベント発生

 出国した私達はひたすら歩き、獣道を抜けようとしていた。

 これまでの訓練で体力も向上している筈だけどレクソスを含め、彼らは肩で息をして「待ってくれ」と懇願する。

 そんなに早足ではないと思うけど、やっぱり一番後ろを歩いた方が良いのかな。


「初日からこれじゃ、身が持たねぇって!」

「そうよ! なんで、あんた一人だけ涼しげな表情してるのよ!」

「そうだね。ウルティア、少し休もう」


 次の町まではまだ距離があるから野営できる場所を目指した方が良いと思うけど、体力切れなら仕方ない。

 手頃な岩に腰掛けて息を整える彼らに特製のお水を分けてあげよう。

 これは私の魔力を少し込めただけのただの水だ。脱水予防の為にも水分補給は大切だからね。


「んん!? なんて物を飲ませやがる! 持続回復効果付きじゃねーか! 最高かよ!」


 怒っているのか、喜んでいるのか分からない独特なリアクションはやめて欲しい。

 そもそも、ただの水にそこまで驚かなくてもいいのに。


「美味しいし、飲みやすい」

「こいつをパーティーメンバーに入れた女王陛下は流石だな」

「いいや。これはウルティアの努力が生んだ水だ。大切に飲ませて貰うよ」


 全く魔力を使用せずに渡した水だけでここまで感謝されると、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 そんなに喜んでくれるのならこの先も道のりは長いし、あと三十本くらいは作成しておこう。


 ふと、今後の事を話している最中、魔物の気配を感知して立ち上がる。


「人型の魔物が十体きます」

「フォーメーションα《アルファ》でいこう」


 レクソスの指示に従い、陣形を組んでエレクシアとシュナイズが武器を構える。

 前衛を三人に任せ、後方支援を私一人で担うのがこのフォーメーションだ。本来の水属性魔法使いの在り方とはこうなのだろう。

 群れで移動していたゴブリンがわらわらと現れ、私達を囲む。

 敵意剥き出しのゴブリン達は真っ先にレクソスに飛びかかったが彼は難なく切り捨てた。

 シュナイズは風属性魔法と武器である大鎌を巧みに扱い、敵を蹴散らしていく。

 エレクシアは火属性魔法を纏うハンマーで確実に一匹ずつ倒していき、意外にも堅実な戦い方を披露していた。


 この調子だと私の出番はないだろう。このまま静観してバトル後に回復してあげよう。

 そう考えていた矢先、レクソスの死角から最後のゴブリンが飛び出した。

 気付いているのは角度的に私とエレクシアだけだ。

 私が防御してあげればいいのだけど、これはイベント発生の為の演出だと割り切り、手を出さなかった。

 そんな私の思惑には気付かず、エレクシアは防御魔法を展開する。彼女が得意なのは各個撃破できる小規模な攻撃魔法であり、最も苦手とするのが防御魔法だ。

 これまでに攻撃魔法を数発発動しており、残りの魔力全てを使用して防御魔法を展開すればいいのだけど、魔力コントロールを誤ればレクソスにも飛び火するかもしれない。

 さぁ、どうします、メインヒロインさん?


 結論から言うと、彼女は見事に防御魔法を成功させてレクソスを守ったけれど、魔力枯渇と精神的疲労により高熱にうなされ横たわっている。


「ボクが油断したせいだ。すまない、エレクシア」

「お前の回復魔法でどうにかならねぇのか?」


 勿論、どうにかなる。

 しかし、これはメインヒロインを助ける為のアイテム探索イベントなので私が手を出すわけにはいかないのだ。

 心を鬼にして目を瞑り、首を振ることにする。あ、でも助言はしておこう。


「アイスビートルであれば、彼女の熱を奪うことができると思いますよ」

「それはどこにいるんだ?」

「森の中にいる筈です。探してみましょう」


 アイスビートルとは巨大なカブトムシを模した魔物で、その角はいかなる熱も吸収するとされている。

 魔物の中でも害のない分類に入る為、討伐対象になることは滅多にないという設定だ。

 その角を持ってくることが今回のイベントクリア条件になる。

 森の中を進むと一箇所だけ冷気を放つ場所があり、その中心にいるのが三匹のアイスビートルだった。


「あれか。デカいな」

「大きくてもエレクシアの為にやるしかない。ボクが魔法で威嚇するから、二人で捕まえてくれ」

「別に角があれば殺してしまって問題ありませんよ」

「ダメだ。魔物とはいえ、無益な殺生はしたくない。二人の魔法なら捕縛できるだろう?」

「あぁ、良いけどよぉ」


 そんな目で見られても困る。彼がそう言うなら私は従うまでだ。

 レクソスの放った雷撃に驚いたアイスビートルが羽を広げて飛び立つ。向かう先には張り巡らされた水と風の網が待ち構えており、難なくアイスビートルの捕獲に成功した。


 エレクシアの元に戻り、アイスビートルの角を腕に密着させるとみるみるうちに熱を奪い、ただのカブトムシに退化する。

 同じ要領で二匹の角を押し当てていくとエレクシアの荒い息遣いが落ち着き、苦悶の表情も和らいだ。


「エレクシア、気がついたかい?」

「んん……みんな? 私は、えっと――」

「今まで高熱を出して寝ていたんだ」

「……そうだ、魔力が枯渇して。ごめんなさい」

「謝る必要はないよ」


 エレクシアは飛び去っていくカブトムシを見て、自分がどのような治療を施されたのか理解したようだった。

 アイスビートルの捕獲は非常に難しいことを彼女も知っていたのだろう。

 実際に私とシュナイズの連携が上手くいかなければ、捕獲できなかったと思う。


「まさか、アイスビートルを捕まえるなんて。凍傷になってないわよね?」

「二人が適切に捕獲してくれたから大丈夫だ。それよりもボクの不注意で君を苦しめてしまってすまない。エレクシアが無事で良かった」

「……ありがとう」


 彼女の満面の笑みはレクソスの心を射貫いたに違いない。

 同性の私でもキュンとしたのだから、きっとそうだ。むしろ、そうでなくてはならない。

 彼とのエンディングを迎えるのは君の役目なんだぞ。


 無事に初イベントを終えたことでレクソスとエレクシアの仲良し度は上がった筈だ。

 私としては大満足なのだけれど、彼女には悪いことをしてしまった。

 お詫びにHPとMPを全回復してあげるから許して欲しい。

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