第3話 回想

 Aさんは、高学歴なだけでなく、生まれも育ちも東京で、家柄のいい人だった。

 一方のBさんは、ごく普通の家の人だ。もう父親が亡くなっていた。

 しかも、地方出身、母親が1人で田舎に住んでいた。


 こんな人だったから、Aさんの両親は、あまり2人の結婚を喜ばなかった。

 でも、もう子どもができたから、仕方なく婿として受け入れることになった。

 両親には、Bさんは気さくで感じがよく、いい人に見えた。だから、会ってからは「いい人そうじゃない」と、母も認めてくれるようになった。

 

 しかし、2人が入籍していないことは、両親には内緒だった。

 Bさんは障害のある子どもだったら逃げようとも思っていた。 

 それに、不自然だけど、夫婦なのに一緒に住んでもいなかった。母親は娘のことが気がかりで尋ねた。


「Bさんが忙しいから、私このままここにいる。子どもが生まれてから、マンション買おうって話してるの」

 Aさんは母親にそう言って胡麻化した。

 しかし、保険証の名前はいつまでもそのままだし、両親は心配だった。

「大丈夫なのか?逃げようとしてるんじゃないか?」

 父親は言った。

 そして、Bさんの職場まで会いに行った。

「早く籍を入れてくれないかね」

「でも、それがAさんの希望でもあって・・・本当は僕みたいな育ちの悪い男じゃなくて、もっと血筋のいい人がよかったみたいですから。もし、運悪く子どもが生まれなかったら、僕たちは入籍しません」

「しかし・・・娘はもう40近いからね。子どもがいないからと言って、結婚を先延ばしにしていたら一生独身かもしれない」

「大丈夫ですよ。今のところ順調みたいですから」


 そう言いながら、Bさんは他の女性と浮気をしていた。Aさんには、週1回くらい電話をかけてきたそうだ。


「どお?調子は」

「お腹が随分大きくなって・・・」

「へえ。不思議だな。俺の子なんだよね」

「はい」Aさんはショックだった。

「まだ、仕事してんの?いつまで働くの?」

「8ヶ月まで・・・」

「へぇ。大変だね」まるで他人事のようだった。


 そうこうしているうちに、Aさんは出産した。

 Bさんは、子どもが生まれた日も、女性とデートしていて、面会時間に間に合わなかった。やって来たのは次の日の夜。もちろん、有休なんか取らないから、夜遅く面会時間ギリギリにやって来た。


「お疲れ様」

 Bさんは、仕事終わりの挨拶みたいに言った。

 AさんはBさんが来てくれて嬉しかった。周囲は旦那さんが毎日来るのに、自分はシングルマザーみたいに誰も来なくて、悲しかったからだ。


 子どもは別室にいるけど、Bさんは全く興味がなかった。

 自分の子どもという気がしなかったから。

 Aさんを好きでもないのに、何で俺はAさんと結婚するんだろう・・・。


「籍入れないとだめ?」とB、さん。

「えぇ!いまさら」

 Aさんの反応を見て、Bさんは考えを変えた。

「ちょっと言ってみただけ。生まれちゃったし・・・今度、見せて」

 

 Aさんは退院の日も、母が迎えに来ただけだった。

「本当に大丈夫なの?Bさんって人?」

「うん。今、婚姻届け持って来てって頼んであるから。それに、マンション決めたって。豊洲のタワーマンションで、間取りは3LDKにしたんだって」

「あ、そう。ああいう所は田舎の人が買うのよね・・・月島とかにすればいいのに・・・」

 

 ちなみに、江東区豊洲は関東大震災のがれきで埋め立てられた工業地。月島も明治時代に埋め立てられた土地。どちらも人気があることに変わりはない。


 Aさんは豊洲はちょっと気がかりなことがあった・・・でも、きれいなショッピングセンターがあるし、若い夫婦に人気らしいことは知っていた。


 タワーマンションは中古だったけど、それでも1億2千万くらいした。マンションは値上がりしているから、Bさんにとっては一種の投資でもあった。つまり、値上がりしたら売るかもしれないってことだ。

 でも、Aさんは、Bさんが腰を落ち着けて住んでくれると思い込んでいた。そこで後20年くらいは過ごすくらいに考えていた。

 

 3LDKだけど、タワマンだから各部屋は狭かった。やっぱり割高で、1億以上出しても中層階にしか住めなかった。Bさんは、結婚前と同じような暮らしをするつもりだったから、入り口に近い部屋に住むことにした。遅く帰っても、家族に顔を会わせなくて済むからだ。1部屋は物置で、もう1部屋はAさんと子どもの部屋。

 

 子どもが生まれたのは、6月。仕事復帰は翌年3月だった。それまでの間、子どもには色々な早期教育を施した。英語の曲を聞かせたり、絵本の読み聞かせなども積極的にやっていた。赤ちゃんは大きな病気もせずに順調に育った。ママ友も出来た。

 でも、Bさんは家族とほとんど一緒にいなかった。


「もう一人子供が欲しいんだけど・・・」Aさんは思い切って打ち明けた。

「大丈夫?育てられんの?」

「はい。一人っ子だとかわいそうだから・・・復帰して1年くらい働けば、また、産休取れるから・・・復帰して3ヶ月後くらいから子作りしてもいいですか?」

「いいけど・・・」

 Bさんは承諾した。化粧していないAさんを見ていて、もう、女性としての興味はまったくなくなっていた。

「排卵日の数日前から2日置き間隔でするとできやすいそうです」

「あ、そう。俺、家にいるかわかんないけど・・・」

「でも、そしたら来月になってしまいます・・・」

「じゃあ、わかったよ」

 Bさんはその間は付き合ってくれた。Aさんにとっては楽しい時期だった。

 AさんがBさんの部屋に行くと明らかに嫌そうにしていたが、それでもかまわなかった。


 Bさんはベッドの中でAさんに尋ねた。

「もう、母乳でないの?」

「はい。もう、ミルクに切り替えたので・・・」

「ちょっと吸ってみたかったな」

「もっと、早く言ってくれればよかったのに・・・」

「まあ、いいや。また子どもできるだろうしね」


 そして、Aさんはすぐに妊娠したから、Bさんはまた他所の女の所に行くようになってしまった。Aさんはつわりがなかったけれど、子どもの世話をしながら、仕事を続けるのは大変だった。

 でも、復職したばかりだったから、頑張って1年は働くことに決めていた。


 同僚で出産した人はいたが、その人たちが旦那さんの話をするのを羨ましく聞いていた。普通は、赤ちゃんをお風呂に入れてくれるとか、家事を手伝ってくれるらしい・・・。恋愛結婚だとそうなんだなと思った。


 2人目の子は女の子だった。

 家族4人の暮らし。

 その生活がずっと続いて行くと、Aさんは思っていた・・・。

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