第2話 寂しい夫婦生活
「おかえりなさい」
2人は夜11時頃、キッチンで顔を会わせた。AさんはBさんに、何時頃戻るか連絡をくれるように頼んでいたが、その日は連絡がなかった。それを責めるわけにはいかない、ということはわきまえていた。他人だからだ。
「ただいま。来週の金土日で旅行に行ってくるから。夕飯いらないよ」
Bさんは冷蔵庫を開けながら言った。
「あ、そうですか・・・彼女?」
「君に関係ないだろ」Bさんは冷蔵庫からお茶のピッチャーを取り出してグラスに注いでいた。
「すいません。どの辺に行くんですか?」
「奥飛騨」
Aさんは、『いいなぁ・・・』と思う。育児が大変でもう何年も旅行をしていなかった。彼女はどんな人なんだろう。
「いいですね」
「まあね。お土産買って来るから」
Bさんは、子どもにしかお土産を買って来ない。Aさんはいないも同然だった。旦那には子供たちしか見えていない。
「きっとあの子たちも喜びます」
もう、それ以上、話すことがなかった。
しかし、次の言葉を絞り出す。
「じゃあ、あの子たちには出張って言っておきます」
「うん」
Aさんはまた台所に向かって、明日の食事の準備を始めた。Bさんは家ではあまり夕飯を食べない。たまに食べても、炭水化物を抜いていて、おかずを少しつまむだけ。酒も飲まない。酒は外で飲んで来るし、基本はずっとダイエットしてるんだ。年のせいか代謝が落ちて太りやすくなっているけど、女性にもてるためには下腹が出てては駄目だからだ。
「今度、子供を連れてどこか行きませんか?寛貴が保育園の子に、連休どこか行くのって言われたって寂しそうで・・・」
「ああ、そう。じゃあ、調べといて」
「泊まりでもいいですか?」
「うん。1泊ならね」
「車運転してもらえます?」
「いいけど・・・疲れるんだよね。運転してると。寝れないし」
「じゃあ、電車で行ける所にします・・・富士急はどうですか?今、トーマスが好きだから」
「いいよ。ホテル探しといて」
「2食付きでいいですか?」
「うん」
Aさんは、本当は家でゆっくりしたいのだが、家族で旅行に行けると思うと嬉しかった。旅行代は旦那が払ってくれる。行きの電車で子どもたちが騒いだりしないといいなぁと思っていた。小さな子どもを連れての遠出は、周囲に気を遣うからストレスがたまる。
次の朝、息子にトーマスランドに行くと告げると、喜んで跳ねまわっていた。それを見て、やっぱり旅行に行くことにしてよかったと思った。息子はパパにも「今度、トーマスランドに行くの?」と、何度も尋ねていた。そんな時はBさんも機嫌が良かった。
でも、連休中一緒にいられるのは2日間だけで、最後の日は、彼女のために使うんだ。Aさんは寂しかった。
Aさんは富士急のホテルを予約しようと思ったけど、連休だから全部埋まっていて予約が取れなかった。仕方なく、近所のホテルを予約した。交通手段はバスにしたけど、バス停から少し歩かなくてはいけない・・・それは結構面倒なことだった。一日何回も、空きが出るか見ていた。
でも、最後まで空きは出なかった。
「え、近くのホテルじゃないの?」
Bさんは文句を言った。Aさんは仕事でミスをしてしまった時のように落ち込んだ。
「え、別にバスじゃなくても・・・」
Bさんはそれも気に入らなかった。
「子どもが泣いたらどうすんの?」
「でも、安いし、乗り換えがないから・・・」
「どうなっても知らないよ」
バスに乗る時、上の子は小児料金で1席使って、Aさんは下の子を膝に乗せた。
上の子は普段バスに乗らないから乗り物酔いして、吐いてしまった。そして、下の子は静かな車内で泣き出して、誰も何も言わないが迷惑がられているのが伝わってきた。Aさんは困ってしまい泣きそうだった。旦那は子どもには優しいが、家からずっと不機嫌だった。
バス停に着いてからは、旦那に長男を頼んで、Aさんはホテルに荷物を預けに行った。背中には長女。ホテルは思ったよりバス停から遠かった。
ようやく、戻った時には、2人を30分以上待たせてしまった。
やはりBさんは機嫌が悪い。
連休だから遊園地は混んでいた。
でも、長男は嬉しそうに走り回っていた。Aさんは疲れるけど来てよかったと思った。Bさんもずっと長男に付きっ切りだった。顔もBさんに似ている。本当の親子だ。
しかし、他の夫婦を見ていて、自分たちのような人たちはいないだろうと寂しくなった。若い夫婦ばかりで、その中で自分たちはかなり高齢でもあった。
Aさんは40歳。Bさんは47歳。
経済的な余裕はあるけど、仲が良さそうな若い夫婦が羨ましかった。
Aさんは、独身時代、色々な男性から声を掛けられたけど、誰ともつき合わなかった。いつも男性の方が去って行くばかりだったからだ。会話が下手だったからだろう、と自分では思っていた。ただ、笑っているだけでは駄目だし、話を続けないといけないのだが、男といても話題がなかった。だから、一緒にいられるのは、よく喋るタイプの人ばかり。男は大体自慢話ばかりする。あとは仕事の話、車の話、セックスのこと。
Bさんもに似たような感じだった。仕事の飲み会で隣になって、出身地や大学、仕事のこと、色々な話をBさんが一方的に話していた。Aさんは「あ、そうなんですか」「すごいですね」と相槌を打っているだけ。
連絡先を聞かれて、Aさんはためらわずに教えた。それで、2人で食事に行き、その日の夜にホテルに行ったんだ。Aさんは、正直言って独身の人なら誰でもよかった。結婚情報サービスにも登録していて、毎週お見合いしていたが、うまく行っていなかったし、常に出会いを求めていた。すぐホテルに誘うような人は、それまでいなかったけど、Bさんは押しが強かった。
Bさんは、Aさんが全然断らないので驚いていたが、多分、早く結婚したいんだろうと気が付いていた。Aさんはちょっと年は取っているけど、キャリアウーマンで高学歴。ブスでもないし、結婚相手にはいいかなとBさんも思っていた。
Bさんがホテルで関係を持ってみたら、Aさんが処女だったから、さらに驚いた。Bさんは最初のうちは面白いと思って、毎週Aさんに会っていたが、避妊はしていなかった。もともと、Bさんはそういう人で、今まで何人もの女性がBさんの子どもを中絶をしていた。女性から文句を言われて、慰謝料を何度も払ったがBさんは懲りていなかった。
Bさんはこういう風に自由な人だから、すぐにAさんに飽きてしまった。
しかし、きちんと別れたわけではなく、「週末はちょっと用事があって・・・」と、避けるになっていた。AさんはBさんの関心が離れてしまったことに気が付いて、寂しく思っていた。
そんな時、Aさんの妊娠がわかった。すぐさまLineを送った。
結婚してもらえるとは思っていなかった。
どうしたらいいだろうか・・・。Aさんは悩んだ。
『子どもができました。話したいんですけど、会ってもらえませんか?』
2人は人に話を聞かれないように、ホテルの1室で会った。
「子どもできたんだ。どう、体調は」
「つわりもなくて元気です」
「あ、そう。よかったね」
そう言って、BさんはAさんを抱いた。AさんがBさんの言いなりだったからだろう。
「妊娠中って性欲なくなるの?」
「私はもともとないから・・・わかりません」
Aさんは子どもに影響がないか不安だった。Bさんは流れてしまわないかな・・・と期待していたが、Aさんの体調は普段と変わらなかった。
「結婚してもらえませんか?子どものためにも」と、Aさんは切り出した。
「そうだね・・・俺ももう45だし。考えてたんだよね。君の親って何してる人?」
「〇〇に勤めてます。今、役員で・・・」
誰もが知っているような大きな会社だった。
「へぇ。すごいね。で、何人兄弟?」
「上に兄がいて」
「お兄さん、何やってるの?」
「公務員です。都庁に勤めてます」
「ふうん。君の出身大学は?」
「一橋」
「まあ、別にいいかもね。でも、俺浮気するよ。いい?」
「はい」
「でも、子どもが生まれてから入籍しよう。無事に産まれて来るかわからないし」
「はい」
Aさんは、取り敢えず子どもの父親になってくれる人が見つかって喜んだ。
「じゃあ、私の親に会ってもらえますか?」
「いいよ」
話はとんとん拍子に進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます