第113話 Later Talker Ⅰ

 少女は「ソレ」を倒した時の事を思い出せなかった。どうやって、「ソレ」に対してとどめを刺したのか、分からないでいた。


 でも、何故思い出せないかを考えた時、「思い出したらいけない「何か」を知ってしまったからじゃないか?」と考えるようになっていた。それに拠り、少女の中にある「惑星ほし御子みこ」という力には自分から封印を掛ける事にした。



 だが、1つだけ少女は勘違いしている事がある。そしてそれは記憶を一部失った事に起因しているが、それに関しては触れないでおく事にしよう。



-・-・-・-・-・-・-



 時間の経過に因って、半神フィジクス半魔キャンセラーの力が切れた少女を救ったのは輝龍だ。


 尚、少女の屋敷があるアラヘシ市の被害は、ほぼ皆無だった。爺は空に目が現れるのをその力で一足早く察知すると、サラとレミを屋敷の地下からシェルターに避難させた。

 この時点ではまだ、一般にはシェルターは解放されていない。だがシェルターの事を知らない2人は何の疑問も抱く事無く、シェルターに入っていった。



 そう即ち、神奈川国のシェルターとは、少女の屋敷の地下空間と直結しており、屋敷の地下1階の1つの区画を避難所として解放しているに過ぎない。

 要するに神奈川国の地下には避難所としてのシェルターと、屋敷の倉庫になっている迷宮ダンジョンが同居している事になる。


 そしてその管理は全て爺が行っている。



 少女の父親が作成し、その後にシェルターは爺に託された。拠って爺も「マスター」として認識されている。

 更には名ばかりマスマーの少女とは違い、シェルターの維持及び管理までをも行っているというワケだ。



 その後、準備を整え終わった爺は、街から人の気配が失くなった頃を見計らって屋敷の外に出た。そして、その姿を輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルへと変えていった。



 輝龍に戻ってからは、アラヘシ市方面に放たれて来る光をじ曲げ、着弾する事の無いように尽くした。

 拠って、アラヘシ市に被害は皆無だったと言える。



 輝龍は常に上空を意識していた。だから少女に因って「目」が消滅させられた事を見届けると、少女の気配を追って場所を変える事にした。


 その後、闘っている少女のコトを太平洋上に浮かぶ無人島から観察していたのだった。



 輝龍がその場所で空を見上げていると、ハンター達がじわじわと集まって、空を覆う雲のような一団が遥か上空に形成されている事に気付いた。


 輝龍は当初、集まって来ているハンター達に少女の出迎えをさせるつもりでいた。だが少女がそらから墜ちてくるのを見ると、待っているだけのハンター達に任せるコトを諦めた。

 拠って自らが少女を救出し屋敷に連れて帰ったのだ。




 少女は輝龍に救出された時、輝龍が思った通りの状態だった。輝龍は屋敷に帰ると爺へと戻り、少女を部屋のベッドの上に寝かせていった。


 爺はベッドの上で安らかに寝息を立てている少女の寝顔を見て、顔をほころばせていた。



「本当にお疲れ様で御座いました、お嬢様」


ぱたんっ




 少女が目覚めたのは、それからおよそ5日程経ってからだ。その間のネットワーク上では、世界各地の被害がニュースとして流れていた。

 だが、アラヘシ市だけは何事も無かったかのように平静を保っていた。



 神奈川国内のアラヘシ市以外の街では被害が大きい地域と、被害が比較的少ない地域があった。

 マムは自ら先陣に立って陣頭指揮を取っていた。その結果、効率良く段取りが組まれ、災害復興は着々と進んでいったのである。


 魔導工学の発展は、災害復興に対しても十二分じゅうにぶんに成果を発揮し恩恵を齎していたと言えるだろう。




 少女は目覚めた後でリハビリ的な感じで日々の依頼クエストを軽くこなし、時間を見付けてはキリクの見舞いにいくという生活を送っていた。



 そして更に時間は過ぎ、日々は流れ、緑が次々に芽吹く4月を迎えていった。



 キリクは術後の経過も良く、リハビリを開始していた。順調そうだった。

 リュウカは、よくそれリハビリに付き合い、それはまるで仲の良い兄妹のような光景だった。



 少女はちょっとだけいていた。キリクをリュウカにられると思ったからだ。

 だけど、そもそもの話しだが、少女とキリクは付き合っているワケでは無い。

 だから恋人でも彼氏彼女の関係でもない。言うなれば、友達元居候以上恋人家族未満でしかないので、ヤキモチを妬いても、絵に描いた餅のように意味のない焼き方でしかないだろう。


 だからこそ、いくら想っていても2人の関係は進展は何も無かったのである。それなので、「妬く」というのは少女としても多少なりとも可笑しな話しなのは分かっているし、かなり歳が離れているリュウカに、キリクが手を出すハズは無いと分かっていた。

 分かっていたが、心が締め付けられた。どうしようもなく不安になった。

 でも一方でリュウカは恩人であり、キリクに対する自分の気持ちも知ってるハズだから、不安はギリギリの所でし殺せていた。




 こうして、更に月日は流れ、神奈川国は無事に「3.15の禍殃アンノウン」からの復興を為し終えた。

 もう、季節は夏になろうとしていた。



 その年の夏は梅雨つゆが開けるのが早く、早い内からせみうるさく大合唱をしていた。


 気温は非常に高い。よって夏本番を迎える前に地獄のような暑さを迎えていた。

 強烈な陽射しは大地に住まう人達へ、まるで殺意を向けているようだと言える程に狂気じみていた。それはむしろ凶器と言える程の熱だ。

 そして湿度が高いコトがそれに拍車をかける、「だるような暑さ」だった。しかしそんな中であっても、ハンターの仕事はこなさなければならない。



 「3.15の禍殃アンノウン」後の神奈川国の依頼クエストの内容は、それ迄と比べると多少変わった程度だった。

 他国ではだいぶ変わっていたようだが、そこまで重大な案件による要請デマンドは来ていない。

 拠ってそれ迄多かったクレーム対応や、喧嘩の仲裁といった内容の依頼クエストは数を減らしたものの、やはりそれなりの数はあった。

 しかしながら討伐系の依頼クエストが、だいふ大手を振るようになっていたのは紛う事なき変化点と言えるだろう。



 それは世界的にハンターの数が減少した結果だろうから、他国では非常に憂慮される事態だったのかもしれない。

 だが当然の事のように、他国の情報は入って来る事がないから、なんとも言えないのが事実である。




 クリスは討伐系のクエストが増えた事で大活躍をしていると、少女は風の噂程度に耳にしていた。しかしクリスはまだルーキーという事もあって、高難易度の依頼クエストは回されていない様子だ。

 少女としては、「ルーキーだから」と言う理由だけだとは思っていないが、それは余談と言える。



 しかしそんな状況だからこそ少女の元には、ので、それは頭の痛い悩みのタネだった。



 少女としては自分がラクをする為にも、早く周りのハンター達に実力を付けて貰いたくて、絶賛お祈りしていた。



 そんなこんなで夏本番を迎えた時、少女はマムからの呼び出しを受けたのだった……。




「何だろ?何かアタシ、やらかしたっけ?最近はちゃんと報告書も書いてるし、問題は起こしてないハズなんだけどなぁ?」

「それともアタシの日頃の行いに感謝感激してレア素材とか、レア魔道具マジックアイテムとかをくれちゃったりするのかしら?」

「あ、でもでも、「レアな素材が手に入る依頼クエストをくれてやる」とかマムなら言いそうだから注意しなくっちゃ!!」


 セブンティーンの運転席に座り、あれやこれやと頭を悩ませながら、少女はセブンティーンを走らせていった。

 そのエグゾーストノートは少女の心持ちを反映するかの如くで、軽快とは言えないビートを刻んでいたのだが、まぁそんな事は余談でしかない。



こんこん


「入っておいで」


「お、お邪魔しまーす」


そろりそろり


「全く、泥棒じゃあるまいし、堂々と入って来たらどうなんだいッ!」


「いやぁ、だって、心当りが無い呼び出しなんて、緊張しかしないじゃない?アタシだって、最近はマムを怒らせないようにちゃんと報告書も出しているでしょ?」


「はあぁぁぁぁぁ……心当りが無いだなんて、どの口が言うんだか……。トラブルメーカーのアンタが、全くッ!」


「えっ?なんかアタシやらかしたっけ?正義と信頼と誠実可憐なハンターだってコトを心掛けてるけど?」


「よくもまぁ、いけしゃーしゃーと都合のいい事がモンだ……って言いたいトコだがまぁいい。アンタを呼んだのは他でもない。渡す物があったからさ」


「渡す物?なになに?やっぱりレア素材とか?それともレア魔道具マジックアイテムとかかな?わくわく」


 マムは机の引き出しを開け、中から1つの「とある物」を取り出し、少女に向かって(頭に来ていたので本気で)投げたのだった。


 投げ付けられたその、「とある物」を少女は難無くキャッチした。受け取ったその手を開いて見ると、少女は驚きを隠し切れなかった。




「はッ、はッ、はッ、キリクー!」

「キリクーッ!」


「廊下は走らないでッ」


「あ、はーい」


たったったっ


がらがらッ


「ねぇ、キリ……ク……えっ?」


 少女は一目散に走っていた。途中で看護師に怒られながらも走っていた。口で呼吸し、手を振って懸命に走っていた。

 そして、キリクのいる病室のドアを開けた。



「なんだ?どうした?何をそんなに急いでいるんだ?」


 ——そんなセリフが聞けると思ってた。


 ——だから、そう言われたらなんて返すか必死に考えながら、ここまで走って来たのに。



「どう……して。なん……で?……リク?」


 病室にはキリクの姿はおろか、リュウカの姿すら無くなっていた。

 部屋の中は殺風景で、何もかもが無くなっていた。



 少女はその場に座り込む事しか出来なかった。キリクに見せびらかす為に握りしめていた、「とある物」は少女の手を離れて「カララン」っと少女の気持ちとは正反対の音を立てて、床に転がっていった。


 ——少女の頬を一筋の涙が伝って床を濡らしていき、それ以外に何も出来ない少女がそこにいたのである。

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