The Towards Shining Take

第95話 Independence Waker Ⅰ

 クリスはえた。少女が力無く、はかなく散っていくその「さま」を見てしまったからだ。




 少女は輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルから一撃を受けた。それはただ、叩かれただけのようにも見える一撃。

 通常の魔獣に因るモノなら死ぬ事など有り得ない一撃。だが、その一撃ですら、致死の一撃となる程に力の差は歴然としていた。


 然しながら、「その程度の力で死んでしまう程に弱かった」と言い換えるコトも出来る。要するに輝龍からしたら撫でた程度の攻撃であり、最大限の手加減をした末路だった。




 クリスは気付くと自分でも知らぬ間に龍征波動ドラゴニックオーラを全身に展開していた。そして、クリスは自分が持てる最高速度で少女の元に近付いて行ったのだ。

 クリスは少女が海に叩き付けられそのまま沈んでしまう事を危惧した事から、輝龍に見向きもせず少女の回収に向かっていたのである。



 クリスは少女を回収すると後ろを顧みるコトすらせずに、全速力で戦線を離脱した。

 そして浜辺に少女をゆっくりと横たわらせたのだった。



「アルレ殿、いや、師匠!間に合わなくてすまない……。躊躇して、怖気付いて立ち止まってすまない」

「……此の身がもっと早く、師匠の元に来ていれば、こんな事にはッ」


ぎりッ


「本当にすまないッ。師匠、1人での旅路は寂しいだろう?此の身もスグに共に参るから、少しの間だけでいい……そこで待っていて欲しい」


「此の身には、此の身にだけは「一緒に来るな」とは言わないでくれよ?——それだけは、後生だ」


ばさッ


 クリスの一連の動作を輝龍は見ていた。然しながら、輝龍は何も出来無かったワケじゃない。

 何もだ。

 それにはちょっとした思惑があったのだが、どうやら見込み違いの様子だった。



「光龍様とお見受けする。此の身の師匠を回収する折、横槍を入れてくれなかった事、深く感謝する。だが、1つ聞きたいッ!」

「——くっ。脚が震える。身体が震える。なんたる威圧感だ。だが、ここで引く訳には行かないッ!」


「龍の血を引く者の末裔まつえいか。だが、1つ勘違いしてくれるな。ワレは「光龍」では無い。ワレは「輝龍」である。輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルだッ!「光龍」とは貴様ら人間達が名付けた名。勘違いは正しておくのが筋であろう?」


「輝龍…様なのだな。了解した」

「では、聞かせて欲しい……。此の身がいた村では「「光龍」いや、「輝龍」現る所に災いが現れる」という言い伝えがある。それは真なのか?」


「それは当たっているが違う。ワレが災いを連れて来るのでは無く、災いを知らせる為にワレがある。ワレが知らせた後に災いが来るのだ。——だがそれと同時に災いを跳ね除ける力を持つ者をワレは探している」

「それだけの事だ」


「そうか……災いを連れて来るのではないのなら、輝龍様は自らが進んで争いを望む者では無いのだな?」


ワレが生殺与奪を持とうとも、進んで殺す事を望んだりはせぬ」


「ッ!?——では何故?では何故に師匠を…アルレ殿を殺したッ!」


 クリスは事の真偽を確かめるべく、輝龍に対して言の葉を紡いでいた。その形相は平然としながらも、心の内は憤怒に燃えていた。

 だが、輝龍のたった一言でその最後のタガも外れてしまったのだった。



「——自分の師匠が殺された」

「——自分の事をハンターにしてくれた少女が殺された」

「——少女は無残にも自分が見ている前で殺された」


 全ての怒りが……師匠が「殺された」という怒りが、クリスの事を震えさせ奮い立たせていく。

 だからこそクリスは怒りの炎に身を窶したまま、輝龍に更なる問いを投げていったのである。



「あのヒト種の娘は、ワレが探している者であったのかも知れない。だが、その力は遠く及ばなかった。だから殺した。——殺す事でと思っていたのだが、つちかった封印のかせは思った以上に大きかったようだな」

「また方法を探さねばなるまい……」


「そんな事で、そんな事で。殺したのかッ!?覚醒させる為に殺す?そんな事が許されてたまるかッ!人の生命をなんだと思ってるんだッ!!」


「勘違いするな。ワレに人の法も道理も意味は無い」


ぶちッ


「それならもう「様」を付ける必要もないな。敬意を表する相手でもなかったと言う事か……」


ぎりりッ


「よくも。よくもよくもよくもッ。輝龍、よくもッ!覚悟しろおぉぉぉぉぉぉッ!」


 クリスは龍鱗剣スライスナーヴァを静かに抜いていく。そして声を張り上げ、雄叫びと共に輝龍に斬り掛かっていったのだった。



「師匠、すまない。今の此の身の力じゃ、輝龍には一矢いっしすら報いる事が叶わないかも知れない。でも、此の身にはこうする以外の選択肢をやっぱり見付けられない」

「——何があっても生き残れって師匠は怒るだろうが、だ」




ドクンッ




ドクンッ



ドクンッ


ドクンッ

どくっ


 砂浜の上に横たわっていた少女の止まったハズの心臓は、人知れず静かにその営みを再開していた——。




「また、いつもの世界かな?」


「でも、やっぱり納得いかないのよね。この世界に来ると、起きた時には全て終わってるんだモン!アタシが扱えない力なんて、結局はアタシの力じゃないワケじゃない?「いざッ」ていう時に使えない力って、ホントに要らなくない?」


 少女は慣れっこになってしまった世界で誰に聞かせるでも無くボヤいていた。


 不安も恐怖もそんなモノはとっくに気にならないくらい慣れっこで、周りが見えない事も身体の感覚がない事も苦にならないくらい慣れっこになり過ぎていたと言えるだろう。



 しかし、今回は今までとは少しばかり様相が変わっていたのを少女はまだ知らない。少女は気付いていないが、少女の気付いていない所で世界の様相は変わっていたと言い換えられる。



「誰?」 / ——少女は呼ばれた気がした——

「どこにいるの?」 / ——少女は声を投げていった——

「いるなら隠れてないで出て来て」 / ——少女の声は響いていく——



「また再び、ここに堕ちて来ようとはな。余程、キサマには生き辛い世界のようだな?」


「だ、誰なの?姿を見せなさッ、違う。これ、違う。アタシ、声が。しかもこの声、アタシの頭の中に直接響いて来てる。これって、一体、どういうコトなの?」


「キサマにとって生き辛い世界なのであれば、どれ、1つ、ワイが喰ろうてやろう?そうだ、全て残さず綺麗にサッパリと喰ろうてやろう」


「なに、コレ?アタシの頭に響く声が、アタシのナカ侵入はいって来てるの?」

「どんどん、なにも、かんがえ……はっ!ダメよ、アタシ!しっかりしなさい!こんなよく分からない状況でも、なんとかする方法はきっとある。知恵を絞れ!ほら、アタシ、頑張れッ!」


「ほらほら、生き辛い世界をワイが生き良い世界に変えてくれると言っておるのだ。早く、早く、早く、その身を差し出せ曝け出せ」


「ダメ、やっぱりダメぇ。逆らえない、抗えない。アタシのナカ侵入はいってくるのを止められらい。あたまがおかしくなっちゃうぅ」

「やめて、おねらい。らめッ、らめよ。あたしをおかしくしらいれ。おねらいらから、これいじょう、こわさらいれ」

「あぁん、もう、らりも、かんらえられなくなっちゃうぅぅ」


びくんッびくんッ

がくがくがくがくがくッ


 少女の中に何かが侵入はいって来ようとしていた。それは恐怖心を煽るような不気味な声であり、吐き気を催すような不快感の塊だった。

 少女はそんなワケも分からないモノに対して必死に抵抗したが、抵抗しても抵抗しても意味は無く不気味な声はその勢いを増して少女を内側から貪欲どんよくに貪っていった。


 少女の精神はもう破壊されつつあり、凌辱りょうじょくされるがままに為すがままに、されるがままにその身を勝手に素直に曝け出していく事しか出来ないでいたのである。



 少女の意識は……精神は……凌辱され蹂躙じゅうりんされ汚染されていく。既にそこには感情も思考も敵意も恐怖すらも何も残されていない。

 ただ、精神の破壊という「死」に対して、自己防衛本能だけは働いたのかもしれない。拠って汚染されながらもそこに「快楽だけが安らぎ」とでも言うかのような、そんな感情だけが取り残されている様子だった。



 こうして、少女の意識はここで静かに消えていく。

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