第94話 World Barretter Ⅲ

ガラガラガラガラッ


 車輪が勢い良く回り、廊下を走っていく。ここはアニベ市内の総合病院だ。


 ワダツミは総合病院の屋上のヘリポートへと無事に着陸し、そこで待っていた医師や看護師達に拠ってキリクは引き取られた。

 ワダツミから細心の注意を払って降ろされた担架ストレッチャーは、勢い良く廊下を走り抜けて手術室へと入っていく。


 ワダツミから降りキリクの後を追い掛けたリュウカは、キリクが入った後で点灯した「手術中」の文字を見ると椅子に座った。

 そしてそこで1人、キリクの無事を祈っていた。




 クリスは1人、怒鳴られていた。


 クリスが起きた時にはアニベ市の総合病院の屋上にワダツミが着陸した後であり、ワダツミの中にはもう既に誰も乗っていなかった。

 そして、何故か身体があちこち痛かった。



 ワダツミはクリス待ちをしており、クリスに対して降りるように再三話し掛けていたが起きなかったので、打つ手がなくなった矢先にクリスは飛び起きたのだ。

 拠って、ワダツミからしたら無事に起きてくれたコトは僥倖だった。


 クリスが降りた事を感知したワダツミは、何も言わずにそのままプロペラを高速で回転させると轟音を立てて飛び去っていった。

 ワダツミに人間並みの心があったなら、毒づいていたに違いないだろう。



 結果としてクリスは1人、ワケも分からないまま屋上に取り残されたコトになる。



「ここは、一体どこだ?此の身はどこに連れて来られたのだ?それにしても、うわぁ。なんだこの絶景はっ!——こんなにもこの国は綺麗だったのだな」


 クリスはこの場所がどこだか分かっていなかった。だが病院の屋上から眺めた風景が絶景である事に驚き、身体の痛みも忘れて感嘆の声を上げていた。

 そこから見える景色は遠く地平線の彼方に広がる海が、陽光を受けてキラキラと煌めいている。季節柄緑色は影を潜めているが、眼下に広がる街並みは整っており、色とりどりの屋根と空の淡い青とそこに浮かぶ白が対象的に映えていた。

 それはアニベ市内に高い建造物がない事から見渡せる絶景だった。



 そしてその頃、クリスのデバイスは着信音を必死に鳴らしていた。だがワダツミの放つ轟音に因って着信音は掻き消されていたのである。

 拠ってワダツミが遠ざかった事で、クリスの耳にようやく届かせる事が出来た。



「はい。こちらクリスだ」


「アンタはどこをほっつき歩いているんだいッ!!」


「えっ?あっ?マム殿か?えっと、此の身はさっきまで寝てて、今さっき起きたのだ。その後、ワダツミから降りたら、ワダツミはどこかに行ってしまって、ここがどこだか此の身には分からない」


どんがらがっしゃーん


「マム殿?マム殿ッ!いかが致した、マム殿!大丈夫か?大丈夫なのか、マム殿ッ!」


「あぁ、だ、大丈夫だ。い、今の状況を教えてやる。今は「緊急要請エマージェンシー」が発令されてる。急いでそこから南に向かって、アンタの師匠を援護するんだ!」


「アルレ殿を?分かった!ところで、マム殿、南とはどっちだ?」


どんがらがっしゃーん


「アンタはホントにそれでもハンターかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!ふしゅるるるふぅ」


 マムはその怒鳴り声と共に通話を切った。仕方ないのでクリスは慣れないデバイス操作を行い、地平線の先に今も煌めいてる海が方角的に南と知り、そっちに向かって羽ばたいていったのだった。




 攻撃は全て躱された。少女の放つ剣撃と魔術のその全てが……だ。


 「豪炎の型」のその無数の斬撃ですら捉える事は出来ず、切り札とも言える「不可避の斬撃」であっても躱された。それは少女からすれば「不可避」のハズが回避されると言う悪夢だった……。


 「追尾」を付与した魔術であってもそれは同じで、それを幾重に放っても結果は変わらず、戦果でも相手へのダメージでもなく、デバフだけが少女の元に取り残されていた。

 そして更に付け足せば、魔道具マジックアイテムの数もその数を次々と減らしていった。



きッ


「ちょっと、一体どういう事?何をしても当たらないなんて。そんなデカい図体なのに、そんなチート認められないわッ!」


「そんなモノかキサマの力は?そんなモノであれば話しにならぬ。それではこれからこの惑星全土を再び覆い尽くすであろう虚無の禍殃アンノウンには抗えぬ!」


虚無の禍殃アンノウン?それって、どういう事?再び、惑星融合が巻き起こるとでも言うの?何か知っているなら教えなさいッ!」


「弱きモノは知る必要すら無い……。それにキサマの力がこれしきであれば、ワレの見込み違いであった。よってワレが自ら引導を渡してくれる」




 ——虚無の禍殃アンノウン——

それは、60年以上前に地球とテルースを結び付けた災厄。それと同じような事が再び起こると言い放った輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルの瞳に力が宿っていく。

 そして、それは一瞬の出来事だった。



-・-・-・-・-・-・-



 クリスが南に向かって飛び立ち、少しすると戦火が沖合の海上で見えた。屋上から見えていた煌めきはどうやらコレだったらしい。


 だが、クリスはその闘いを視認すると身体が震え出していったのだった。



「あ、あれは、光龍様?ま、まさか、そんな……村に伝わる言い伝えであれば、光龍様が現れる時には……い、いけない。今はアルレ殿の援護に回らねばッ!」


「ッ!?——なんだ、コレは、この先は死地か?」


 クリスは震える口で呟いていた。だがクリスは、遠く離れた場所から2人の交戦を見ているのが精一杯だった。



 龍人族ドラゴニアであるクリスには輝龍の放つ異様な威圧感プレッシャーが、伝わって来ていた。

 それは目の前にいなくても炎龍ディオルギアですら足元に及ばないのが容易に分かる上に、にまで濃縮された威圧感プレッシャーだった。


 その威圧感プレッシャーはクリスの目の前に「見えない壁」として立ちはだかり、それを突破するのは躊躇ためらわざるを得なかったのである。



「?!ッ!?——アルレ殿!あぶな……くッ。アルレ殿……」


 クリスは見ていた。——輝龍の姿が一瞬消えたのを。

 クリスは見ていた。——輝龍の姿が再び現れたのを。

 クリスは見ていた。——少女が力無く吹き飛ばされていく姿を。



「アルレ殿おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

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