第96話 Independence Waker Ⅱ


 話しは、少女が産まれたばかりの時の事にさかのぼる。




 少女は幸せな夫婦の元に産まれた。2人の間に産まれた赤ん坊は、元気なであり、無事に産まれて来てくれた事に夫婦はことほか喜んだ。


 だが、生後1週間が過ぎようとした頃に異変が起こったのである。



 父親が息子の周囲にある世界が歪んでいる事に気付いたのだ。

 母親が息子の体内のオドが暴走仕掛けている事に気付いたのだ。



 ——それは、息子を取り巻くマナとオドのバランスが異常だと言う事を物語っていた。



 父親は直ぐさま、産まれて間も無い我が子の属性を調べる事にした。

 母親は直ぐ様、産まれて間も無い我が子のオドの総量を調べる事にした。



 父親は愕然がくぜんとした。特殊属性である「光」と「闇」を含む7つの属性全てを、産まれて来た我が子が有している事に。


 母親は茫然ぼうぜんとした。体内を巡るオドの総量が測り切れない程に膨大であり、それを小さな我が子が有している事に。



 父親は悲観する事しか出来無かった。7つ全ての属性を持っているコトの重大さに、対応する手段を見付けられなかったのだから。


 母親はすすり泣く事しか出来無かった。膨大な量のオドが意味するコトの重要さに、対抗する手段が見付けられなかったのだから。



 父親は友を訪ねた。訪ねられた友は困った。「自分だけの力では防ぎきれない」と。


 母親は友を訪ねた。訪ねられた友は困った。「自分だけの力では抑え込めない」と。



 そこで、夫婦2人は共通の友を訪ねた。訪ねられた友は答えた。「全員の力を使えば事が出来る」と。


 ——こうして、封印が施されていった。



 だが、それをきっかけとして、母親はこの世から姿を消す事になる。



 こうして息子には父親からの封印と母親からの封印。そして、父親の友と、母親の友と、共通の友の力を合わせた封印の計3つが施された。




 だがその3つの封印は、螺旋の如く遺伝子の鎖に重なり合い寄り添い、それの塩基えんき配列すらを書き換える効果をも齎す事になってしまったのである。


 結果としてそれは、息子の肉体を作り変える程に強力な「まじない」という形で結実した。

 結果として、息子は娘にのだった。




 今回、少女の中にある「力」は、虚無の禍殃アンノウンに至る、混沌の種子ケイオスシードとも呼べる存在を呼び寄せてしまっていた。

 それはひとえに、少女の「護り」である「まじない」が弱体化した事に起因する。



 少女の身に3度訪れた「死」。

 1回目の「死」は、母親の封印を破損させた。

 2回目の「死」は、父親の封印を棄損きそんさせた。

 3回目の「死」は、夫婦の友から受けた封印を損壊させた。



 それらの「破壊」は少女の力の一端を世界に振り撒いたのである。

 よってそれは、この世界に再び足掛かりを作ろうとしていた「ソレ」の目に止まったのだった。




 「ソレ」は少女の精神を侵していく。犯して冒して侵し尽くし、侵食して浸食しんしょくして侵蝕しんしょくし、浸蝕しんしょくし尽くそうとしていた。


 それは偏に全て、「再び虚無の禍殃アンノウンを引き起こさんとするが為に」である。「ソレ」は栄養エネルギーを求めて欲しており、少女は格好のエサとして白羽の矢を立てられたのだった。



 少女の意識は半ば消失して、精神は崩壊寸前だったが「呪い」という「護り」は「ソレ」に対して抵抗し、少女の事を必死に護っていた。

 拠って「ソレ」は目障りな「呪い」に手を掛け、その「呪い」すら砕き、完全に少女の力を我がモノとする考えに至るまで、そう時間は掛からなかった。



 しかし、「混沌の種子ケイオスシード」によって砕かれた「まじない」は砕かれた事で因果を転じさせ、「まじない」に変わっていく。

 こうして「ソレ」は「まじない」に拠って、少女から剥がされて弾け飛ばされていった。


 ソレに因って、少女の精神が完全に潰える前だったのが唯一の救いだったと言えるだろう。




 こうして少女は急激に意識を取り戻していく。少女を凌辱していた思念体は綺麗に消え去り、少女は暗い世界の中で自分を取り戻していった。



 少女の「まじない」は少女が知らないハズの記憶と、少女の中に眠る力を示した。そして、倒すべき相手アンノウンの元凶の存在を少女に伝えていた。



 更に付け加えると、「まじない」は淡い光の粒子となって暗い世界を照らすと弾け、その粒子は光の奔流となって少女を現実世界に連れ戻してくれたのだった。



-・-・-・-・-・-・-



 クリスは必死に長剣ロングソードを振っていた。龍征波動ドラゴニックオーラを纏ってから、もう既に15分以上が経過している。

 拠って流石に限界が近かった。



 だが一方で、クリスはかすりもせず、空を斬るだけの刃を一心不乱に振っていた。それは己の内にある怒りに任せての斬撃だった。

 そして、冷静でも無かった。更にタイムリミットが迫り焦燥感に駆られていた。


 拠ってハンター攻撃だったと言える。の・だ・が、クリスには「止める」といった考えも選択肢も一切無かったのも事実だった。


 全ての攻撃は「ただ、一矢報いる為に」だったからである。



 しかし、その意志は如何に強くとも、とっくに限界だった。

 だが、その決意は如何に固かろうとも、既に限界だった。



 果てしない実力差は、無情にも現実をクリスに突き付けていた。結果としてクリスは、その身に龍征波動ドラゴニックオーラが纏えない程にまで消耗していた。

 拠って何も為せないままタイムリミットを迎え、完全に力が尽きると海へと向かって、頭から真っ逆さまに墜ちていく事しか出来なかった。



「ちっくしょう!」

「アルレ殿、本当にすまない。此の身では一矢も報いれなかった。此の身はこれから、師匠のお供に参る。此の身も共に連れてい……」


 クリスの最後の声が、輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルの耳に届いていたかは不明だ。




 輝龍はただ躱していただけだった。拠ってクリスに対して攻撃をする気は、全くと言っていい程に無かった。然しながら力尽きて海へと墜ちて行くクリスを、助ける気も無かった。

 結論、冷めた眼でクリスの落ちていく様子を見届けていただけだった。



「ッ?!あれはッ!ほう?封印を自力で解いたか。それとも……」


 クリスは海中に没する直前に何者かに拠って助けられていた。そして輝龍はクリスを助けた闇をまとう光を見て、驚きの表情を見せていた。



 闇を纏う光はクリスを助けると、そのままそっと浜辺に降り立ちその場にクリスをゆっくりと寝かせていった。

 一方のクリスは消え掛かっている意識の中で……朦朧もうろうとしている意識の中で……少女の姿を見たような気がした。



「師匠……。此の身も、共に」


「全くド天然なんだから。1人で行ったら向こうで探すコトになるわよ」



「目覚めたようだな?自分が何者か理解したか?倒すべきモノの存在を理解したか?」


 闇を纏う光はクリスを寝かせると輝龍の元へとやって来た。その姿はぼんやりとした闇の中に光という矛盾したコントラストだったが、徐々に形を変えて少女の姿に変化を遂げていった。



「えぇ、理解したわ。自分が何者なのかも。自分が何を為さなくてはならないのかも。そして何故、あんなに回りくどい事を、アナタがしていたのかも……全部ね。全てはアナタが仕組んだ事だったのね、輝龍アールジュナーガ・ウィステリアル」


「宜しい。では、キサマの力、見せて貰おう!思う存分、知らしめてくれ。ワレは待っていたのだ、この時をッ!」


 輝龍の金色に輝く瞳がその色味を増していく。こうして、2人の本当の闘いの幕は開かれていった。



-・-・-・-・-・-・-



「  その生命はこれから再び起こる虚無の禍殃アンノウンを防ぐ為に生まれ落ちた生命であろう。


 そして、その生命は、お前達2人の力を最大限、いや、それ以上に引き継いでいる。


 だが、今のままでは虚無の禍殃アンノウンを止める前に強力過ぎる力に因って焼かれ、その身が朽ちる事になる。


 それをワレは止めねばならない。



 その生命はお前達、夫婦の宝であるのと同時にワレの宝でもあるからだ。

 お前達の力とそれぞれの友の力、そしてワレの力を合わせれば、その強力な力を恐らく一時的に封じる事ぐらいは出来よう。


 だが、それだけでは足りない。



 だから、その「封印」にワレが仕掛けを張る。

 いずれ必ず混沌の種子ケイオスシードはその生命にアタリを付けるだろう。


 その仕掛けとは、力を欲する混沌の種子ケイオスシードが触れた時に「封印」が返る仕掛けだ。

 それで混沌の種子ケイオスシードが封じられて虚無の禍殃アンノウンが防げるのであればそれに越した事はない。


 虚無の禍殃アンノウンが起きない事が何よりの僥倖ぎょうこうだからな。



 だが、良いのか?お前達が力を使えば、お前達は必ず

 その時にお前達の居場所も望んだ幸せも無くなるやもしれんぞ?

 そこまでしてでも、その生命を護りたいか?


 子の成長を見る事が出来無くなってもそれは真に本望か?  」


「…………」


「  それではこれから為す封印はその生命の「名」に施す。

 施された封印はその「名」を封じる。それが封印という名の「まじない」だ。


 そして、封印が解けた時、「まじない」は「まじない」と成って、力は「名」から開放されるだろう。

 拠って、身体がその力に耐えられるようになるまでは、なんとしてでも封印を保たせねばならない。


 しかし残酷な話しだが、お前達が名付けた「名」を呼ばれる事は2度と来ない。

 だからその生命に、新しい「名」を付けてやれ。


 力の封印が全て終わった後に  」


「…………」


「  それが新しい「名」か?まぁ、大望たいぼうの息子が封印のせいで娘に変わってしまったのだからな。

 その名残りとも言うべきか。



 だが、生まれ落ちたばかりの頃と比べてまだ赤子の今なら何も変わりはしない。

 未だ自我もなく、記憶も残るまい。

 本来、「息子」として生まれてきた事は本人が知る由もない。



 拠って「娘」として生まれ落ちたのと何も変わらん。だからもし、もしも仮にお前達がいなくなったとしてもだ、ワレが面倒を見てやるから安心しろ。

 封印を保たせねばなるまいし、その、なんだ……。



 息子をお前たちから奪ったせめてもの  」




 少女は気持ちの整理が付いていなかった。「まじない」が教えてくれた本当の自分。本来であれば違う人生を送っていたであろう自分。

 そして、自分のせいとも言える母親の「死」。



 無かった。遣り切れない程に無性に自分自身に腹が立っていた。


 そして、そんな運命を背負わされていた事にもムシャクシャしていた。だが、気持ちの整理は未だに付いてないが、気分だけはスッキリしていた。



「アタシはアタシだ」


 先に名付けられようが後に名付けられようが関係ない。生まれた時は男だったかもしれないが、生まれ変わったアタシはれっきとした女として今ここにいる。


 だからアタシはアタシだ。



「アタシはアタシの道を行く!道が無いなら作るだけよッ!」


 少女は決意を込めて言の葉を放った。そして決意を乗せた大剣グレートソードディオルギアは、輝龍の腹部を刺し穿つらぬいていた。



「運命に弄ばれるのも、運命に従うのもまっぴらゴメンよ。だって、アタシはハンターだからねッ!」


「アタシはハンターとしての運命にのみ、殉ずるつもりよッ!!」

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