第89話 Faraway Storyteller Ⅰ

 これは人間界のとある場所での話し。


 1人の男が怒鳴っていた。その男の怒りは王の行方知れずに拠るものだった。

 「探しモノをする」と言ったまま出ていったきり、「王」はかれこれ数十年に渡り、玉座にいない。

 いや、たまに帰っては来るのだが、スグどこかへと行ってしまう。


 それは凄くタチが悪い。既に他界してしまっているのであれば、他の王を立てれば良い。だが「行方知れず」であればそうはいかない。

 更にたまに帰ってくるのだから尚更だ。



 王がいない間の代役を擁立ようりつしたとしても、意見が食い違えばそれは争いの火種にしかならない。

 権力とはそういったモノだ。



 今まで王を探していなかったワケではない。ひょっこり帰って来た時に、居場所を追求しなかったワケでもない。だが見付からないし、見付けられない。

 更に質問攻めにしようにも、それに関して王からの返答は何もない。茶を濁していつの間にかいなくなってしまうのだ。



 だがそれでも、



 王がいなくても特に混乱も問題も無かったからだ。この国にとって、王の存在はあってもなくても

 いなくてもありとあらゆるモノが「回る」からだ。



 国と言っても民から税を取るワケではないし、民に労役ろうえきを課すワケでもない。ただ、「国」というものがあるだけであり、そこに象徴としての「王」がいるだけだ。

 要は「国」が滅ぶような事態にならない限り、言い方は悪いが「王」の存在は無価値と言える。そしてそんな有事が起こった際には、「王」が全ての軍権を有しているので存在は有価値となるだけだ。

 然しながら、この「国」に侵攻して来る他国は今までに現れたコトがない。

 拠って、「王」の存在は、やはり今まで無価値だった。



 だが、昨今この国に於ける事情は移り変わっていた。度重なる謀反むほんや背信。

 それらの出来事が「拠り所」としての「王」に対して、判断を、切迫した状態を作り上げていた。


 だから、怒鳴っている者は早急に王を探すように命じたのだが、誰一人として王の所在を突き止められる者はいなかった。

 それ故の「怒り」であり、「叫び」であった。



「我等が王はどこに行ってしまわれたのだ。一体、どこに「お隠れ」になっておられるのやら。こんな大事な日にッ!」


「おや?このような場所にいたのでありますかな?」


「キサマッ!」


「本日は議会でございますれば、「王」不在の現状では、貴方サマの意見が議場をまとめる最も有力な意見。このような場所でうつつを抜かしている場合ではございますまい?」


「そのようなコトは言われずとも分かっておるッ!それに、キサマからワザワザ言われるまでもないッ!」


「おやおや、手厳しい。では、皆が待っております故、お早めに、ワールウィン。ほっほーっほっほっ」


「くッ!ベストワース如きがッ!」


だんッ


 今日はこの国で議会が催される事が決まっていた。その場に王がいなければ、その議会に於ける議事はワールウィンが取りしきる手はずとなっている。

 然しながら、本日議会に挙げられる内容は知らされていない。



 議会は王を含めて21名で発足されている。そして議会に参加しなければ、その者の票は無効となる。


 議会に挙げられる内容が王の意図するモノかどうかは議会が始まらなければ分からないが、過半数は王派閥が獲得している事から王が不在でも、今までは

 だが議会の内容で過半数が取れなくても、王がいれば絶対権限で票は覆される事になるので問題は何も起きない。しかしそれは王がいればこそだ。

 この場に王がいなければ、王の絶対権限ですらも無効となってしまう。



 そして本日の議会は発足された。その議事に参加した者は総員17名。欠席者は王を含め4名だった。

 その光景にワールウィンは額に汗を掻いて悲観していた。こうして議事は進行していく。



 最初から中盤に至るまでの議事案は些細な事であり、王の採決を待つ必要も無いものばかりだった事から全会一致で決まった。

 だが、最後の議事案だけは違っていた。


 最後に採り上げられたのは「度重なる叛意はんいに対する王の不信任と、それに因る新たな王の選出」だったのだ。



 この議会に参加している者の内で過半数を占めているのはベストワースの派閥だ。王を含め欠席している者がいる為に、大幅に過半数割れしてしまっているのが、王派閥と言える。


 拠って王の不信任を取り付け、新たなる王として君臨しようとしているのが、ベストワースだと言うのは言うまでもなかった。



「さて、議事案に対して異議のある者は挙手を」


さささッ


「ふむ、7名……か」


「では、異議のない者は手を挙げよ」


さささささッ


「くっ、10名……だな」


「ふふふっ、ふほっ。ほっほーっほっほっ。これで、これでッ!待ちに待った王権が、この手に!」


「何やら、ワレのいない所で面白い事をしておるな?」


「お、王?!」 / 「王がお戻り遊ばされた」 / 「おぉ、我等が王よ!」 / 「何故だ?何故ここに王がいる?」


「ふ、ふはははっふふふははほほっほっほーっ。今更戻って来られたのですか?「元」王よ……。だが遅いッ!先程、貴方サマの不信任は可決され申した。拠ってこの時、このベストワースめが新たな王になったので御座います。一足遅かったようでございますなぁ」


「そんなに王権が欲しいのか?王の位など、別に惜しむモノではない」


「な、なん……だと!負け惜しみをッ!」


「が、貴様如きの器では過ぎたる器であろうよ?」


「お、お、王たるベストワースを愚弄するかッ!王命であるッ!即刻この不届き者を捕らえよ!!」


「静まれッ!ベストワース、先程、「可決された」と言ったがそれは、この場にいない者を含めてであろうな?」


「元「王」は何かご乱心でもされているようだな?古来より、欠席者は議会に於いては権利を放棄したものと見做みなされるのが鉄則。それならば、そちらの派閥は3名事になる。それ故に、我等の派閥が半数を超える事になった。それだけの事だ」


「語るに落ちたなベストワース!」


「なん……だと?」


「貴様の言っている「欠席」とは、操られ自我を失くして来れない者や、捕らえられ逃げ出せない者も含まれるという事か?」


「なッ!元「王」も負けた腹いせにを付けるようでは地に落ちましたなぁ?えぇい、何をしておる!早くこの痴れ者を捕まえよッ!」


「これに見覚えは無いか?ベストワース」


からんッ


「これは貴様の「力」に拠って造られた「金の楔」であろう?これが本来であれば、議場に来るハズだった者の刺さっておった」


「そ、それはッ!何故、それをキサマがッ!」


「その者は死んだぞ?これの意味も分かるな?そして、あと2人の欠席者の居場所は既に掴んでおる。これでも尚、言い逃れが出来るとでも?ワレを甘く見たのが命取りだったようだな」


「き、キサマを王と認めるワケにはいかないッ!このベストワースこそが王足るに相応ふさわしいのだッ!ここで死ねッ、元「王」よッ!でやぁぁぁぁぁッ!」


「ぬるいッ!縛鎖収斂逃げられぬモノ!」


がしゃんッがしゃんッがしゃがしゃがしゃがしゃんッ


「お、王はこのベストワースだ。ぶくぶくぶくぶくぶく」


「さて、他に異議のある者はいるか?」


「では、ベストワースの沙汰は追って知らせる。それまで獄に繋いでおけ」


 こうして王位簒奪は免れる事になった。ベストワース派閥は派閥の主を失った事で、結局何も出来ずにいた。


 議会はベストワースの捕縛という形で閉幕となり、その場に集まった者達はぞろぞろと、皆自分達の棲家へと戻っていった。


 そして議場に最後まで残ったのは2人の男だけだ。



「王よ、お帰りなさいませ」


「長い月日、世話を掛けたな。ワールウィン……いや、今は誰もいないのだからレーヴェと呼んだ方が良いかな?」


勿体もったい無き御言葉で御座います……。ところで王よ、王が無事にご帰還なされたのは、「探しモノ」が見付かったという事で御座いますか?」


「いや、それはまだだ。まだ見付かってはおらぬ」


「それではまた、ふらっと……いやいや、どこかへとお探しに行かれるので御座いますか?」


「はっはっはっ。暫く見ない内に毒を吐くようになったな」


「たたた、大変失礼致しました」


「いやいや、良い。レーヴェには迷惑を掛けているからな。些事だ。——此度のワレの帰還は、軍を動かす為だ」


「軍……で御座いますか?王自らが軍を指揮されるのですか?」


「そうだワレ自ら率いる」


「しかし、軍とは大事で御座いますな……。して、如何なる者達を如何なる地へ連れて行かれるので御座いますか?」


「それはな、人間達の暮らす街、神奈川国という国の首都。アニべ市に向かってだ。向かわせる軍は……」


 王はワールウィンに対して帰ってきた本来の目的を告げた。そして連れていく兵の総数と種類も伝えていった。

 その言葉を聞き届けたレーヴェは短く返事をすると、足早に議場を去っていく。



「これで機は熟そう。ワレはどうしても見付けねばならぬ。それは、その為であればどんな犠牲をも厭わぬ最優先事項だ……。だから舞台は整えてやる。だからその力と真価をワレに見せてくれる事を祈っておるぞ」

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