第87話 Lost Drifter Ⅱ

ぱちぱちぱち


「これ、灯り。使って。その人知り合い、調べて」


「フライパン?燭台の代わりか?うむ、ありがとう」


 火の灯りに拠って、暗がりはいとまを申し付けられていった。こうして、小屋の中の様子が覗い知れるようになったのだった。



 この小屋の主は女の子だった。名をリュウカと名乗っていた。年齢は10代半ばくらいに見える。髪の毛は長い金髪だが整えられておらずボサボサで、着ている服はボロボロだった。


 そして、このうろの小屋は思ったよりも広かった。案外太くて大きな木に作られているのかもしれない。外から見た時はそこまで気にしてはいなかったので、小屋の大きさにクリスは驚いていた。

 小屋自体は縦に長い作りになっており、奥の方に1人の男が寝かせられていた。先程、クリスの指先に触れたのは、この男のつま先で間違いはないだろう。



「先程、名前はリュウカ殿と言っていたか?リュウカ殿は1人でここに?親御殿はいないのか?」


「そう。リュウカはリュウカ。ここで1人、暮らしている。おやごどの?ああ、父さん少し前に死んだ。母さん知らない」


「そうか、それじゃあ、近くに身寄りはいないのか?他に村人とかは?」


「みより?村人?そんなのいない。この島にリュウカ1人。今、リュウカの他にその人とアナタいる」


「この島で1人で生活しているのか。何という事だ。こんな幼子が1人で生活など、あってはならないじゃないか」


「この島、誰もいなくなった。それいけない事?リュウカ1人で暮らしてるのいけない事?それにリュウカ13歳、幼くない」


「い、いや、そうではなくてだな、もしも何かあった時にリュウカ殿を誰も助けられないではないか?それは流石にいけないというかだな」


「それより、その人、知り合い?」


「あぁ、そうだったな。すまない。ところで、この人はさっき海で拾ったと言っていたように聞こえたが?」


 奥で寝かせられている男は、数日前の、ここから更に北にある浜辺に打ち上げられていたらしい。

 日々生きる為の獲物を取りに行った際に発見し、ここまで連れて来たとリュウカは話していた。



 現在、この島で生存している人間は3名。人口で表すならば2名。戸籍で示すならば1名となる。

 まぁ、実際に戸籍があればの話しだが。


 元々、この島にはリュウカとその父親が暮らしていた。更に時をさかのぼればこの島には村があり、数十人からの村人がいた。



 この島には魔獣が存在しておらず、人々は海に出て漁をし、危険の少ない山の中で、野生の獣を捕り生活していたのだ。

 海洋性の魔獣も島の付近には存在しておらず、海も平和だったと言えば平和だった。

 しかし少数の牧畜はしていたが農耕をするだけの水資源はなかった。


 野生の獣を狩り尽くさないように調整し、数が減ったと気付けば漁や山の恵みだけで飢えを凌いでいた。水は雨を蓄え煮沸して飲むような生活だった。

 何故ならばこの島は北太平洋上にあり、1番近い大陸までは数千kmもある。

 故に融合後に、どこの国からも見放されてしまった島だった。



 だがそんな中、不漁に見舞われた年に村の中で争いが起きた。その年は山の恵みはほとんど実らず、獣も何かに怯えている様子で自分達の巣から出て来ようとしなかった。

 更には漁に出ても魚は1匹も網に掛からなかったのだ。


 そして飢餓きがは人々の心を狂わせた。ある者は近くの大きな島に移ると言って自力で舟を漕ぎ、島から出て行った。

 ある者は少ない食べ物を人から奪い、集団で袋叩きに合って息を引き取った。またある者は、飢餓に苦しみながら静かに息を引き取った。



 気付くと島にはリュウカ父娘しか残っていなかった。リュウカの父親はリュウカを餓えさせ無い為に、必死に海に出て漁をした。そして、山には至る所にワナを張り獲物が掛かるの待った。リュウカも父親のその姿をよく見ていた。

 だから、リュウカ自身も父親の漁をよく手伝い、ワナの仕掛けも手伝った。



 大きな獲物がワナに掛かると、重たい獲物を荷車に乗せ2人で小屋に運んだ。小屋に取り付けてある滑車で小屋の中まで運び、よく獲物の血抜き解体をした。

 平和な父娘2人だけの生活だったが、リュウカは楽しく幸せだった。だが、その父親も昨年亡くなった。

 病だった。



 2人ぼっちのこの島に薬は無い。診てくれる医者はいない。助けてくれる人もいない。

 病に罹れば自力で打ち勝ち、治すしか手段は残されていない。だが、父親は勝てなかった。



 リュウカは1人ぼっちになった。でも、1人ぼっちでも生きていかなければならない。自分の為に漁をしてくれた父親はもういない。自分の為にワナを仕掛けてくれた父親はもういない。

 だから、リュウカは父親が生前言っていたコトをよく思い出して、実践していった。



「嵐が去った後はよく浜辺に魚が打ち上げられている。だからこんな時はラッキーだ。早く行って新鮮なうちに拾っておくんだ」


「嵐が来て漁に出れない不運を嘆かなくていい。嵐のおかげで荒れた海に出なくていいんだ。だから、ラッキーなんだ」


「多少お腹は空くが、嵐が過ぎれば魚が落ちてるから、たらふく食べられる。それでトントンだ」


 父親がよくリュウカに話していた。だからその事を覚えていたリュウカは、嵐が去った後に浜辺に行った。

 そして、この男を拾った。


 リュウカは最初、浜辺に倒れている男を発見すると死体だと思った。そこで小屋まで荷車を取りに行き、倒れている男を荷車の上に乗せ、小屋まで運んだ後で埋葬しようと考えていった。



 父親が死んだ時にその亡き骸はリュウカが1人で穴を掘って埋めた。その墓には父親が1眠っている。

 だから浜辺に打ち上げられていた男を父親の横に、埋葬しようと考えたのだ。


 リュウカは苦労しながらも荷車の上に倒れていた男を乗せたのだが、ここで状況は少し変わった。男がうめき声を上げたからだ。

 リュウカは倒れていた男が生きている事を知り、埋葬ではなく助ける事を選択したのである。



 荷車を押して小屋まで辿り着くと滑車かっしゃを使って男を小屋まで上げた。

 その際に男が身に着けている装備は外し、近くの木に引っ掛けておいた。


 小屋に男を引き入れると、男を引きって奥に寝かせ、火を焚いて暖を取らせたのだった。


 その後、いつになっても男は意識を取り戻さなかったが、起きた時に腹を空かせていると考えたリュウカは、甲斐甲斐しく漁をして毎日獲物を獲って来ていたのである。

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