第85話 Brilliance Shiner Ⅱ

大剣グレートソードディオルギアよ、精霊石の力をその身に受け取り糧とせよ!その糧をもって最大の一撃を為さんッ!」

凍焔乱舞エクスマキナッ!!」


ざざざざざざざざざざざしゅぱぱぱぱぱッ



 火属性に水属性は親和するが、氷属性は火属性に親和しない。拠ってスカディの精霊石を宿した大剣グレートソードディオルギアは、相反する2つの属性を同時に風龍イルヴェントゲートへ「斬撃の乱舞」という形で、縦横無尽に叩き付けていった。



 風龍は先に身体を拘束して来た雷撃に拠って熱傷を負いやかれ、反作用で強化された氷撃で斬られて凍傷を負っやかれた上に、炎撃でも刻まれて火傷を負っやかれた。


 異なる3種類に因ってた風龍イルヴェントゲートの毛並みは悉く失われて揚力を失い、瀕死となり風を纏うコトも出来なくなったその身体は、眼下に広がる海へと墜ちていく。


 然しながら少女としては、風龍にトドメを刺すことは疎か、風龍の生死については良かった。ただ、抵抗されてさっきみたいなコトになるのはイヤだったので、だけだ。


 少女はキリクの仇討ちと息巻いていながらも、既に優先目標はそこにはない。それはキリクは生きていると信じているからであり、生きているならばと考えていたからだ。だからこそ、そこに優先されるモノがあった。

 水龍の素材を使って造られたあの剣は、神奈川国の英雄の証でもあるし、同じ物を造る事は二度と出来ないのだから……。



 それ故に海に向かって墜ちていった風龍が、そのまま海に沈まれては困るのだ。



 少女は背中に大剣グレートソードを格納すると、急いでブーツを最大まで加速させた。そしてそのまま墜ちていく風龍の頭の付け根に取り付き、そこに刺さってる一振りの刀を力いっぱい引き抜いていった。


 こうして、刀を抜き終わると風龍イルヴェントゲートごと海に叩き付けられる前に、再びブーツで空を駆け上がっていくのだった。



 風龍の身体は豪快に海に叩き付けられていったが、元々「風」を操る古龍種エンシェントドラゴンの特性なのか、沈む事なく海を揺蕩たゆたっているだけだ。これならば、焦って刀を抜きに行かなくても良かったかもしれないが、飽くまでもそれは結果論である。



 少女は水龍の剣アクアリンクルソードを無事に回収し終えると、輝く龍ドラゴンロード?の元に向かって行く事にした。成り行き上、このまま「それじゃッ」と言うワケにはいかないから、当然だった。



「キサマの力、見させて貰った。そして、その刀がキサマの大切な「モノ」なのか?」


「えぇ、そうよ。アタシの大事な人の刀なの!」


「ならば、今回はワレに対してキサマが行った「不敬」に恩赦おんしゃをくれてやろう」


「ありがとうございます、龍種の王ドラゴンロードさま。あ、あの、ところで……1つ聞いても良いかしら?」


「何だ?ワレに対する「不敬」であれば、次は容赦せぬぞ?」


「それならば、遠慮なく……。アナタは一体何者なの?本当に龍種の王ドラゴンロードなの?アタシはアナタという存在を知らないの。アナタの事を聞かせて貰えると嬉しいんだけど?——これって不敬だったかしら?」


「あーっはっはっはっ。良い、良いぞ!ヒト種の娘にしては、剛胆ごうたんであるな。良かろう、その胆力に免じて応えてやろう」

ワレは全てのの王にして至高なる者。人間の言葉で表現するならば「龍種の王ドラゴンロード」や「光龍こうりゅう」と呼ばれるのだろうな」


「アナタが光龍……。本当にいたんだ?」


「だが、本来であれば「龍種の王ドラゴンロード」も「光龍」も人間がだ。拠って、正式には「輝龍きりゅう」である。ワレの名は輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルである」

「覚えておくが良いぞ、ヒト種の娘よ」


「輝龍アールジュナーガ・ウィステリアル……。アナタの事、忘れないわ。それと、ありがとう。風龍イルヴェントゲートからアタシの事を助けてくれて。お礼をいうのか遅くなって申し訳無いんだけど」


「ふんっ。良きに計らえ。では、さらばだ」


しゅんッ


「あれが最上位の古龍種エンシェントドラゴン・輝龍。もし、闘う事になったら……今のアタシの力じゃ到底敵う相手じゃなさそうね」


 輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルは去っていった。その姿は掻き消えるように光の余韻だけを残していた。


 輝龍が消えた後で少女は、輝龍の名前を心に刻み付け空を見上げていた。そして上には上がいるという事を改めて知り、改めて自分の弱さを噛み締めていたのだった。



「でも、この刀をちゃんと回収出来てよかった……。——ッ!?」

「そう言えば、ところでアレ……どうやって持って帰ろうかしら?それに持って帰るなら、ちゃんとトドメは刺しておいた方がいいわよね?」


 少女はキリクの愛刀を愛おしそうに見詰め、少しばかり緊張の糸が解けたが、その際に眼下に揺蕩う風龍が視界の隅に入っていた。

 現状で風龍イルヴェントゲートとの激しい戦闘で少女が背負った、その小さな身体を覆っていたデバフは解けつつある。



 しかし勝手に出て来てしまった上に、これは依頼クエストでもなんでもないただの私闘。と言うか密猟に近いのだ。(話しは通してあるので厳密には密猟にならない)

 拠って協力を得る為にマムに連絡するのも、爺に連絡するのも憚られた。どっちみち、このまま神奈川国に自力で運ぶか捨てて行くしか、選択肢は無かったと言えるだろう。



 少しばかり悩んだ結果、少女は詠唱を開始していく。少女は編んだマナを「闇の鎖テネブリス・カテナ」に変換すると、風龍イルヴェントゲートをスマキにするように、にしていった。


 デバイスには既に光点はない事から、まだ息はあるかもしれないがそのうち息を引き取るだろう。これからの事を考えて少しばかり億劫になっていた少女は、トドメを自分の手で刺さず自然に力尽きてくれるのを選んだのである。

 ここから神奈川国に帰るまで、風龍をこのまま引っ張る事を考えれば数日は余裕で掛かる。だからこそ億劫になっていたのは、どうしようもないとしか言えなかった。


 少女は疲れているしお腹も空いた。そして極度の緊張から解放された今、非常に眠い。

 その為に、そのまま海上を引きずるようにして、先ずは適当な陸地まで持って帰る事にした。食料や水は手持ちがあるから空中でもなんとかなるが、睡眠だけはどうしても陸地が必要だ。

 だからこそ、なんとしても寝る場所の確保がしたかった。睡眠不足はお肌の大敵だから仕方がない。


 少女の目視では、ここから見える水平線の先に陸地らしきモノは一切見えない。デバイスの縮尺率を最大に変えて、やっとデバイスの端っこに映る程度だった。


 陸地に着いたら「先ずは携帯糧食レーションを食べて一眠り」とか悠長なコトを考えながら少女は、デバイスが映し出した西南西一番近い島に向かって舵をとっていった。



 ちなみに今回の輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルとの邂逅が、これから起きる2度目の虚無の禍殃アンノウンの序章になろうとはこの時の少女は微塵にも思っていない……。




 既に海の荒れ模様は無くなり、静かで平穏な様相をしている。照り付ける太陽は相変わらずで、冷たい風が吹き抜けていく。

 鎖に繋がれた風龍が引っ張られるコトで海面には波紋が起きているが、ここで生まれた波紋は余韻を残しながら次第に薄くなり、細くなり大きなうねりにならずに消えて行くだろう。


 然しながら運命とは海面に生まれた波紋のようにジワジワと浸透していくモノで、限りなく無尽蔵に広がっていく枝葉のようなモノと言えるかもしれない。

 波間にただようそれは消えてしまうかもしれないが、運命に巻き起こったそれは、いつの間にか大きな「うねり」となって、少女の事を飲み込む時を窺っている歯車にもなり得るのだ。


 運命の歯車に挟まれて落命するのか、それとも運命の歯車に逆らって破壊するのか、それはヒト種である少女には分からないコトだろう。

 だがもしも仮に、生きるコトを諦めてはいけない。

 それは人間の運命で切り捨てられる価値観ではなく、ハンターとしての宿命なのだから諦めてはいけないのだ。




 さて、ここまでの話しで気付いているだろうか?話しの途中までいたハズの2人がいなくなっている事に。



 それではクリスと爺があれからどうなったのか、次はその話しを語る事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る