第83話 Storm Maker Ⅱ

 荒れ狂うマナが終息した後、辺りは雲1つない快晴になっていった。先程までの荒れ模様は嘘のようで、吹き抜ける風も収まり今は穏やかな風が流れている程度だった。

 厚い雲の塊はとっくに消え失せ、視界をさえぎる物は何一つとして残っていない。


 然しながら少女の眼下に広がる海だけは、先程までの荒れ模様を惜しんでいるかのように高波が藻掻もがいていた。



「アレで仕留められれば最高だったけど、逃げられたならしょうがないわね。じゃあ、第2ラウンド目の開始といきましょうかッ!」


がしゃんッ


「だあぁぁぁぁ、りゃあッ!」


 少女は背中に格納されている大剣グレートソードディオルギアを手に取り構えると、直上に逃げた風龍イルヴェントゲートに狙いを定め駆けていった。



 少女は大剣グレートソードを構え、ブーツを加速させて風龍目掛けて斬り込んでいく。


 少女の初手は加速して逆袈裟からの渾身の一撃だった。だが、風龍はその一撃を難無く躱すと、再び間合いを取り少女を睨んでいた。



「あの図体で何ていう速さなの?流石に強化魔術エンチャントかけなかったのマズったかしら?飾りチャームだけじゃ流石に足りなかったかぁ……。ふぅ、でも今更やり直しってワケには……いかないわよ……ね?」


グルルルルルォ



 風龍イルヴェントゲートははやかった。体長は炎龍ディオルギアと変わらないか少し大きいくらいのハズなのに、その動きは炎龍と比べると非常に疾く感じられる。



 風龍イルヴェントゲートはその身体の外観のどこにも目立つ翼を持っていない。形としては西洋の4足で歩く「ドラゴン」と言うよりは、東洋の蛇に似た「龍」と言った方が適切かもしれない。

 よって物理法則的にどうやって飛ぶ為の揚力を得ているかは理解不能だ。


 そして風龍イルヴェントゲートの外観に於ける最大の特徴は体表に鱗が無く、淡い水色にも黄色にも見える羽衣はごろもみたいな体毛が生えている事だった。



「細長い身体に風を纏って、空気抵抗を変えて揚力ようりょくと推進力を得ているのかしら?でも、そんなコトって可能なの?水と違って空気は抵抗がほぼゼロなのに。空気を押し上げる力で自分を持ち上げられるくらい軽いのかしら?」


グルルルル


「しっかし、魔獣の生態なんて分からないコトだらけね。でも、このまま睨めっコしてるワケにもいかないし、また低気圧の塊にでもなられたら厄介だもの。手っ取り早くいきましょうか」


 少女は腕にめてあるデバイスとは違うもう1つの「ガントレット」に、自身のオドを流していく。

 そしてそれを呼び水にガントレットは光を放っていった。



追尾するセミタ・ルクス・光の槍兵マイルズ・ハスタム・28ミリテス


征聖光槍サンクトゥス・ハスタ!!」

「いっけえぇぇぇぇッ!」


しゅしゅしゅしゅしゅッしゃしゃしゃしゃッ


 少女は無詠唱で魔術を行使した。それは本来出来ない事だ。拠ってこれにはカラクリがある。


 今回、少女が右手に嵌めている「ガントレット」を始め、右腕に着けている「リング」や、手指に嵌めている「指輪」等は全て魔道具マジックアイテムである。


 それぞれ使用回数制限はあるものの、無詠唱で属性・無属性を問わず単一属性の「最上位」魔術の行使が出来る、「スグレモノ」なのだが、使用回数を超えると消滅してしまう。所謂、使い捨て魔道具マジックアイテムだ。

 ちなみに上位属性を使う場合には「最上位」の魔術行使は出来ない。そして、自分のオドを呼び水にするから魔術特性を持っていないと使えない事になり、魔術特性がない種族には価値がない。



 値段もそれ相応に張るが、少女は今回の風龍討伐に向けて出し惜しみをせず、身に着けられるだけ装着して来たのだ。その数、計13個。

 無詠唱の魔術行使で41回分である。



 これらは便利な魔道具マジックアイテムではあるが、概念魔術や極大魔術は言うまでもなく扱えないし、オドを消費して起動させる上に、デメリットとして疲労感デバフが付き纏う事になる。


 逆にキリクが使っている主武装の、連想式ハイパーバズーカと比べると非常に軽い。更に付け加えると、主武装に両手剣大剣を使うコトを選んだ少女に取っては、立ち回りの有利が働くメリットがある。

 拠ってコストが高く、付き纏う疲労感デバフと言ったデメリットを押してでも、強敵相手には出し惜しみせずに使っていける魔道具マジックアイテムと言えるだろう。


 ちなみに炎龍討伐戦の時はLAMが貰えたコトと、そのコストを天秤に掛けた結果、持って行かなかったというのは余談である。




 少女が放った槍兵達は、風龍に特攻していく。しかし機動力の違いからか、攻撃は当たらない様子だった。

 最速である「光」の槍兵でも攻撃は届かないが、付加された追尾性能によって執拗しつように追い掛け回し、攻撃を仕掛けていくというスパイラルを繰り返していった。



「編まれたマナが尽きるまで攻撃を繰り返してくれるけど、これじゃキリがないわね。仕方無い。じゃあ、サクサクいっちゃいますかッ!」


追尾矢放つサジタ・セミテ・ル光の弓兵クス・サジタリアス・18ミリテスッ!」

征聖光矢サンクトゥス・サジタ!!」

侵食力場エローデッド多重力界グラビティゾーンッ!」

存在証明バニシング霹靂爆豪スーパーマインッ!」


 少女は立て続けに無詠唱魔術を発動させていく。光の弓兵は風龍イルヴェントゲートを追い掛ける光の槍兵と挟撃きょうげきするように光の矢を放っていった。そこに、風龍を取り囲む形で重力場が形成されていったのである。


 形成された重力場は質量があるモノに作用する為に風龍に対して重力に拠る拘束を行っていく。

 風龍イルヴェントゲートは重力によって拘束されまいと抵抗したがその結果、トラップの様相で鼻先に仕掛けられた霹靂爆豪スーパーマインに触れる事になったのだ。

 更に光である槍兵は質量を持たない事から重力場に囚われる事なく突っ込み、同様に光の矢も次々に刺さっていく。



どどどどどおぉぉぉぉん


「どぉだッ!でも、まだまだこれからよッ!大剣グレートソードディオルギアよ、炎を纏え!喰らえぇぇぇ!業炎斬撃フレイムスラッシュ!!」


しゅばんッ


「かーらーのー、豪炎の型あぁぁぁ!うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁぁぁぁッ!」


ざしゅしゅしゅっ


 少女の追撃は大剣グレートソードによる波状連撃だった。先ずは大剣グレートソードディオルギアの力を解放し纏わせた炎の斬撃。

 更には自分が使える「型」による実の斬撃。


 それら全ての斬撃は、先の爆発の煙が立ち込める中、その中心にいるハズの風龍イルヴェントゲートに向けて放たれていったのである。



「はぁ、はぁ、はぁ、これで、どうだッ!倒せるとは思わないけど、少しくらいぃッ!?」


ひゅッ


「やばばッ!」


しゅさっ


「な、何……今の」


しゅぱん


「えっ?おニューのハーフメイルが斬られた?!魔銀鋼ミスリルと炎龍の素材で造った鎧を簡単に斬り落とすなんて……あれが風龍イルヴェントゲートの息吹ドラゴンブレスなの?」


グルルォ


「ちッ。あんなのまともに喰らったら即死じゃない!なんてチート……ってワケでもないわね。古龍種エンシェントドラゴンなんて大体が規格外だもの」


 少女は咄嗟とっさに聞こえた音に反応し、緊急回避行動を取っていた。それが功を奏して少女は風龍から放たれた、螺旋状らせんじょう鎌鼬かまいたちを避ける事が出来たのだった。


 だが、緊急回避に成功したと思っていた少女の右の肩当ての一部が、鋭利な刃物で切られたような鋭い切り口を残し、眼下の海に落ちていった。

 それは少しでも回避が遅れていたら、少女の半身がそうなっていた事を示しており、少女は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じていた。



「ってかあれだけの攻撃でダメージは通ってるわよ……ね?あれで無傷だったら、アタシ、自信失くすわよ?でもま、まだまだやったるわッ!」

雷鎖剛縛ライトニングチェイン!」


さらっ


バリバリバリッ


「まだまだぁッ!」

雷鎖剛縛ライトニングチェイン✕3マルチプライスリー!」


さらっ


バリバリバリバリバリバリッ


グルルゥオオォォォ


 少女は爆煙によって未だ姿が完全に見えない風龍イルヴェントゲートに向かって、雷撃の鎖を放っていく。ちなみに、雷属性は複数属性を用いる為に「最上位」の拘束魔術にはなっていない。

 そして少女が放った雷撃の鎖は、ある一点を目指して向かっていた。それはそう、キリクが刺した水龍の剣アクアリンクルソードである。


 水龍の剣アクアリンクルソードは風龍の頭の付け根辺りから抜けてはおらず、未だに深々と刺さっているのを少女は確認していた。

 そこで少女は、水龍の剣アクアリンクルソードを避雷針代わりにする事にしたのだ。

 ちなみにこれで既に少女が装備していた魔道具マジックアイテムは「さらッ」と言う微かな音と共に2つ消滅している。



 空を引き裂くような雷鳴と共に、雷撃を浴びた風龍は呻き声のような雄叫びを上げその声は辺りに木霊させていた。

 手応えはあったが現状がどうなっているか分からない少女は、爆煙の方に恐る恐る近付くことにしたのである。


 するとそこには雷撃の鎖に繋がれ、身動きが取れなくなっている風龍イルヴェントゲートの姿があった。



「今なられるッ!これで決めてあげるわ、覚悟なさいッ!喰らえッ、炎撃破竜ッ!!」


ざッざしゅあッ


 連続した魔術の行使によって、魔道具マジックアイテムが引き起こしている疲労感デバフは、少女の身体を非常に重くしていた。

 だが、今が好機チャンスと判断した少女にとって、デバフに負けていられる事なんて出来るハズもなかった。



 こうして少女は炎龍ディオルギアの力を再度大剣グレートソードに宿すと、型を放っていった。

 放たれた型は「破竜の型」に炎龍ディオルギアの属性を付与した「型」である。ただし出せた不可避の刃は2本が限界だった。

 それは初めて属性を付加させて放ったからなのか、それともデバフの影響からなのかは分からない。



 そんな不可避の刃を風龍イルヴェントゲートはその身に受け取っていった。不可避の刃に拠って風龍の身体が刻まれていく。

 刻まれた傷口からは赤々とした血液が噴き出していた。



 自身の最大の剣技を放った少女は、度重なるデバフの影響によって、今にも倒れそうな程に疲労困憊になっていった。いや、デバフの影響以外にも他に要因はありそうだが、そんな事を考えている余裕は既に失くなっている。

 因ってこれが空中でなければ立っているのが

 だがここで、1つの「忘れていた事」をやる為に不用心にも風龍イルヴェントゲートに近付いていったのである。

 極度の披露が冷静な思考を鈍らせたと言い換えられるだろう。



 その時だった。一方的に蹂躙されて瀕死になっていると思っていた風龍の目が開き、その目は少女を凝視していったのである。



「あっ、これ絶対ヤバいヤツだ。まだそんな力が残ってたなんてッ!」


グルルァ


「あ、ムリ。回避が間に合わない」


 少女は風龍の口がゆっくりと開かれていくのを見た。視界は走馬灯そうまとうの灯りに照らされ、スローモーション映像のような速さで、風龍イルヴェントゲートの口が開いていくのを捉えていた。



 その開かれていく口の中には、大気の渦が幾重にも螺旋を描いているのが少女の瞳に映し出されている。

 そして、もう息吹ドラゴンブレスは吐き出される瞬間だった。拠って緊急回避も儘ならない程に状況は切迫しているが、蛇に睨まれた蛙のように少女の身体は動けないでいた。



 少女は目前に迫っている絶対的な「死」に対して覚悟を決めてしまったのだ。だがその反面、その「死」の恐怖から逃避するべく瞳を閉じていった。



「あぁごめん、キリク。アタシじゃキリクのかたきを討てないみたい。このまま、キリクの仇も討てないまま死んじゃうみたい。本当にごめんなさい」


「でもまだッ、死にたくないよぉ」

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