第82話 Storm Maker Ⅰ

 世界の各地には、「」にまつわる様々な伝承がある。



 それらを大別していくと幾つかの傾向がある事に気付く。


・「神」として崇められる「」が持つ、権能けんのうの事

・「」があがたてまつられ、自分に媚びへつらう人々に授ける知恵に拠る事

・人々に対する「敵性存在」として、倒される運命にある事

・人々に対する「絶対悪」としての凶暴性から、恐れられた上でほうじられる事


 だがそれらは必ずしもハッピーエンドとは限らず、バッドエンドだったりデッドエンドだったりと、伝承の数だけ終着点は異なる。




 「」は地球に於いては「空想上の生物」であるとされる。しかし時に「神」そのものであったり、「神使しんし」といった神の御使いであるとされる。更に付け加えると、「伝説上の絶対悪」であったりもする。

 だが、科学技術が発展していく中で存在証明はされていない。


 一方で、テルースに於いては存在が確認されている。「」は「災害」であり「隣人」であり、そして「神」なのだ。拠って存在証明が為され生態系に組み込まれ、魔獣であれば龍種ドラゴンと呼ばれ、人であれば獣人種の龍人族ドラゴニアと呼ばれる。

 神であれば龍神族ドラガディアと呼ばれる。



 ただし、それら2つの惑星が歩んだ伝承に於いて、最も謎とされたのが「の棲家」である。世界は次元を基に、それを境界として「人間界」「魔界」「神界」など、様々に分かたれているとされる。

 その総数は「6」とも「8」とも言われ、それらの世界はテクスチャと言う形で、次元こそ違うが表面上は複雑に絡み合っている。そして偶然開いた「ゲート」や「ポータル」「ホール」などに因って、「魔界」や「神界」といった「人間界」以外の世界と、行き来した記録が過去から紡がれている。



 テルースに於いては「」は良くも悪くも「隣人」であり、地球に於いては伝承しか残っておらず「」の存在そのものが確認されてはいない。しかし、2つの惑星に共通する事が1つある。

 それは誰も「界」やそれに準ずる世界に行ったという記録が、何一つとして無いと言うコトだ。


 拠って「の世界」や「の棲家」は存在証明がされておらず、それに纏わる伝承も無い。その結果、憶測の範囲でその存在を、知らせる事しか出来ていないのだ。

 そんな朧気なお話しの1つに、「龍の巣」というお伽噺とぎばなしがある。




「龍は自分のねぐらに雲をまとい、人から確認されないように隠れて暮らしている……と。だがその龍が、大量の雲を纏った事に因って、大地は度重なる洪水で洗い流され、作物は育たず、人々は困り果てた……と。困った人々は神に願い祈りを捧げ、その願いを聞き届けた神に拠ってその龍は倒されたのである……と」




「あれはまるで、お伽噺とぎばなしの龍の巣ね。それになんて暴風。こんなんじゃ近付く事すら儘ならないわッ」



-・-・-・-・-・-・-



「  屋敷の皆へ


 黙って勝手に出て行く事を許してね。こうでもしないと、絶対に誰かが止める事は、分かっているから……。


 キリクは絶対に生きてる。……絶対に。キリクはアタシと約束したもの。

 「死にに行くつもりはない」って、「負けず嫌いだから負けないし必ず生き残る」——って。

 だから、アタシはキリクが帰って来る事を信じてる。


でも、それを信じて、ただ黙って待っていられる程に強い女じゃないし、そんな悠長にいられる程、気が長い女でもないの。

それに、あの化け物がここに来たら、キリクの帰って来る家が失くなっちゃうかもしれないわ。


 それだけは勘弁願いたいから、アタシは今からアイツを倒してくる事にしたの。



 それじゃあ、行ってきます。


 ちゃんと帰って来るから、心配しないで待っててね  」




 その手紙を見付けたのはサラだった。サラが朝になってもなかなか降りて来ない少女の朝食を、部屋に持って行った時に、机の上に置いてある手紙を発見したのだ。そしてそれを持ち、血相を変えて爺の元に大急ぎで走ったのである。


 爺はその手紙を読み終え、口元を歪め手紙を片手で握り潰すと、急いでどこかへ通話していった。



「えぇ、はい、分かりました。それでは本日の午後にお伺いいたします」


がちゃ


「お久しぶりで御座います。当方は……」


 爺は暫くの間、鬼気迫る表情であちこちに通話をかけていたのである。


 サラとレミは今までに見たことの無い爺の表情に、近寄る事が出来ず何をしていいか分からなくなり、オロオロとするばかりだった。



-・-・-・-・-・-・-



 少女はマムと話した日の夜中に、、誰にも気付かれる事も無く屋敷を出ていく計画を立てていた。


 先ずは屋敷の皆に手紙を書いた。そして盛大なエグゾーストを奏でるセブンティーンを使わず、最大限持てるだけの装備や魔道具マジックアイテムを身に付けた上で、更にデバイスに詰め込んでいった。


 次に音を立てないように自室の窓から飛び降り、着地までに空中でブーツに火を軽くともす。

 そうやってそのまま浮かび上がって空へと舞い上がり、そのまま屋敷から徐々に離れていく。


 最後に、屋敷から距離を取った場所でブーツを再点火させ、加速していったのだった。

 こうして大きな音を立てる事なく、誰にも気付かれる事なく、少女は屋敷から出る事を成功させたのである。




 昨今、夜中に家の明かりがともっている家は少ない。少女はバイザーで方角を確認しながら、月明かりを頼りに暗闇の世界をたった1人で駆けていった。



 今の季節は冬。夜中であれば身も凍る程の寒さだが、デバイスに新たにインストールしたASPのおかげで寒さ対策はバッチリだった。



 こうして少女はそれから一昼夜を掛け、空を駆け続けたのだ。

 途中で太平洋上に浮かぶ無人島を発見し、そこでちゃっかり休息と短いながら睡眠時間は確保する事が出来ていた。




 風龍イルヴェントゲートはカリフォルニア国沖の北太平洋上で発見された後で、進路を南西に取りゆっくりと南下していた。

 その後、日付変更線を超えた辺りで速度を上げながら、北西寄りに進路を変更していった。



 風龍イルヴェントゲートはその身に雲を纏い、中心気圧は850hPaを記録し最大瞬間風速は120m/sを超えていた。

 そんな風龍が最も近付いた陸地はハワイ諸島だが、現在は無人島とされている事から公式の記録に拠ると、これまでの被害状況は実質ゼロとされていた。


 勿論の事だが、風龍イルヴェントゲートの討伐に向かって、返り討ちに遭ったハンター達はその「ゼロ」の中に含まれていない。




「さてと、先ずはあの纏っている嵐から何とかしないとね……。あんな中に入ったら流石にリニューアルブーツでも制御出来なくなっちゃう——」

「——、闘う前に墜落してデッドエンドなんて、ハンターが一番やっちゃいけないコトだし、あり得ないもの」


 少女は風龍の纏っている嵐のギリギリ外にいる。恐らくこれ以上は少しでも近付けば、その風速に巻き込まれて強化したブーツでも身体を持っていかれるのは明白だ。


 そして、その鎧を風龍が纏っている以上は、どんな高性能な実弾兵器を用いても効果は限りなくゼロに近いだろう。

 自動車ですら吹き飛ばしてしまう程の風なのだ、それを突破する事は容易ではない。だから、そんな状況下で風龍イルヴェントゲートとまともにり合おうとするのは、愚の骨頂としか言えない。


 だったらその鎧を剥ぎ取ってしまえばいい。



「我が手に集え、赤き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑すいりょくの大樹よ。我が手に集え、鮮黄せんおうの大地よ。我が手に集え、金色なる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりて我が敵を討たん」


「我が手に集いし大いなる力よ、空虚くうきょなる微睡まどろみに揺蕩たゆたう力よ。全てを穿うがち貫く一矢となれ!」


 少女はマナをんでいく。風龍イルヴェントゲートの凶悪な風におびえているマナに声を掛け、自身に宿していったのだ。

 こうしてマナを編み上げた少女の右手の人差し指のその先に、虹色の力が凝縮していった。



極大五色アルティメット・ワン!!」


ひゅんッ


ぱんッ


 少女の元を離れ飛翔していく魔術一条の矢は、虹色の余韻を残しながら嵐のド真ん中へと突き進んでいく。そしてそれは凶悪な暴風をものともせず、ただ突き進む。




 風龍イルヴェントゲートの目には纏っている嵐の鎧をいとも容易く突き破り、飛び込んで来るモノの姿が見えていた。

 そして、それは自身風龍の直下で弾けていく。


 爆発音ではない空虚な破裂音が軽く響いていった。そしてそれに伴い、嵐の鎧の崩壊が急速に始まったのである。




 「極大五色アルティメット・ワン」と名付けられた魔術は「極大アルティメッ魔術ト・シリーズ」と称される。そしてこれは世界中見渡しても、現時点では少女にしか使う事が許されない、唯一無二の魔術と言える。



 原理は至ってシンプルで、五大属性全ての威力を極大まで高め、それら全ての属性を1つに纏め上げるというものだ。

 5つ全ての属性を扱えなければ為し得ない「究極の魔術」ともいえるシロモノで、魔法の領域に片足を突っ込み過ぎていると評価されている。



 そしてそれの持つ効果概念は「崩壊」だ。放たれる矢は「一条の細い矢」でしかないのだが、その中に内包されているエネルギーは途轍とてつもない。


 世界を構成する全ての属性が、極大まで引き上げられた事により、その高密度のエネルギー体は万物全てに等しく均一に反作用を引き起こす。

 要は相対性を分子間で失わせる。拠って、矢は自身の周囲にある物を巻き込んで分子間の結合を破壊、崩壊させていく事が出来るのだ。

 そして、矢の通り道全ての反作用を終えた後で残ったエネルギーは臨界爆発という形を取る。

 ちなみに、矢が反作用を起こす範囲や臨界爆発の規模は術者が任意に指定できる。規模が大きければ大きい程、編み上げるマナが多くなるのは当然の事だ。



 風龍イルヴェントゲートは瞬時に危機を直感した。自身の元へとやって来た「ソレ」に触れられてはいけない。「ソレ」のかたわらにいてはいけない……と。


 その野生の本能とも言える直感を根拠に、風龍は自身が出せる最大の速度で、

 自らが纏っていた嵐の鎧すらも振り切り、直上の空に飛び出していったのである。




 風龍イルヴェントゲートが鎧の中から逃げ出した事に拠って、風龍を核として集まっていた雲は、吹き抜ける風と共に忽然と消え去る運命を辿らされる。

 そして気圧はみるみるうちに回復していく。こうして嵐の鎧は綺麗サッパリ無くなっていったのだった。

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