第68話 Mob Ruiner Ⅳ

 クリスは最初に侵入はいった東側の建物の制圧を終わらせていた。その結果、この建物の中にはもう光点は失くなっている。


 結論から言うと、この建物の中にいた小鬼種ゴブリン達で、近接戦闘ショートレンジ用の武器を持っていたのは1匹だけ。それ以外の残り全て射手だった。

 少女がこの事を知れば異常さに気付いたかもしれないが、クリスはそんな事を



「どうも闘い辛い。此の身が知っている小鬼種ゴブリンはこんなににくい相手では無かった……。これが「戦術」というヤツか?それとも試験だから手強いのか?」

「しかし、このまま次の建物に行っても同じ事の繰り返しになる可能性があるな……。あとアルレ殿の話しだと時間制限もあるから、長居は出来んし……もっと簡単に制圧出来なければ……。はっ!そうかッ!」


 クリスは独り言を言いながら歩を進めていた。そして何かを閃いたクリスは、制圧した建物のエントランスから出るのを止めると、屋上に向かって駆け上がっていった。



 このクリスの判断は「正解」だった。あのままエントランスから外に出ていれば、数十本という矢が放たれる予定だったからだ。




 「東側の見張り塔が陥落した」という情報は、固有個体ユニークに付き従っている「SC化中鬼種ゴブリンメイジ」が、既にこの場にいる全ての小鬼種ゴブリン達に「通達」していた。

 その「通達」に拠って、L字型の建物で小鬼種ゴブリン達を指揮している、「将軍化中鬼種ゴブリンジェネラル」が行動に移していたのだ。

 将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルは配下の「中鬼種ホブゴブリン」の射手を連れて屋上に行き、そこで矢をつがえさせて待っていた。

 要するに侵入者クリスがエントランスから出て来るところを狙った、奇襲作戦と言えるものだった。



 一方で少女はᒪ字型の建物の屋上に、ゾロゾロと出て来た中鬼種ホブゴブリン達の様子を窺っていた。

 最初は格好の的が出て来た事からスコープで狙いを定めていたが、どうにも様子がおかしい事に気付いたのである。



「何かあったのかしら?あぁ、なるほどね。クリスを狙っているのね。やっぱり頭が良過ぎるわ。り辛い相手だわ……まったく、はぁ」

「どれどれ、ところでクリスは今、何をしてるのかしら?ふぅん、クリスは気付いたのかしら?それとも天然モノの野生の勘かしら。まぁ、どっちみちこれならアタシは様子見だけね。下手に動くに動けないわ」


 少女はブラックライフルのスコープでのぞいていた。そのスコープに映し出されているのは、射手達が一様にクリスのいる建物の下を狙っている様子だった。

 更に少女は索敵モードでクリスの位置を確認すると、クリスは1階から最上階に向けて駆け上がっている様子が分かった。



「それにしても、出て来た射手達はただの「小鬼種ゴブリン」じゃあないわね。恐らく「中鬼種ホブゴブリン」ってところかしら?そうなると更に後ろで指揮しているのは「将軍化中鬼種ゴブリンジェネラル」になりそうね?」

「でも、将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルが率いている兵士の量が少な過ぎる気がするわ……。そしたらまだ他にも上位亜種がいるってコトよね?」

「まったくもって、それはそれでマっズいなぁ」


 少女はスコープで確認しながら独り言を垂れ流していた。出て来た射手達は50前後の数で、それらは屋上でひしめき合いながら下を狙っている。

 上位亜種とは言えど、将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルはそこまでの脅威ではない。クリスならなんなく倒せるだろう。

 だが、問題はどう見ても



「でもま、クリスはエントランスから出て来ないから、クリスの出方次第でアタシも次の行動を変えていくしかないわね……。ところで、クリスは屋上に出て一体何をする気なのかしら?」




 クリスは階段を駆け上がると、屋上に飛び出していった。だが飛び出た矢先に、そのまま急いで屋上の塔屋とうやの中に戻る事になっていた。

 そして恐る恐る塔屋のドアから顔を半分ほど出して、ᒪ字型の建物の方向を見て様子を窺う事にしたのだった。


 クリスの明るい翠色の瞳に映ったモノは、屋上にいる大量の射手の姿だ。そして、それらは自分のいる建物の、下の方に向けて弓を構えている。

 その光景を目撃したクリスは、背中に冷や汗が流れていくのを感じていた。



「危なかった。あそこから出ていたら、今頃、一斉に矢を浴びせられていたというワケか。まったくもってハリネズミになるのは御免だな。だが、ここから見える限りだと、1番後ろにいるヤツが指揮官だろうか?」

「下を注意が向いてる今が好機と言えば好機か……」


 クリスは自分に言い聞かせるように呟くと、射手達に感付かれないように塔屋を出ていく。

 物音を立てずに塔屋を出ると、クリスは急いで反対側へと回り込み、見付からないように空へと舞い上がっていった。



「クリスは一体、何をする気なのかしら?ってか、よくあれで見付からなかったわね。それはそれで凄いと思うのは、アタシだけかしら?でも、あそこから特攻しても集中砲火はまぬがれないでしょうに……」


「あぁ、そういう事かッ!でもそれはそれで危険なんだけど……。まぁ、クリスがそうするってんなら、アタシが援護してアイツらを乱してあげるとしますかッ!」


ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ ばしゅんッ


 少女はクリスの行動の意味が最初は分からなかった。だがクリスの視線の先を確認したコトでその意図を読み取ったのである。

 その結果、少女は狙い放題の「的」に対して照準を合わせて、機械のように次々と引き金を引いていった。

 だから今回は頭一択ヘッドショットではなく敢えて、

 残酷な言い方だが、その方がその場を恐慌させるのにはの手段だからだ。



 射手達に衝撃がはしっていく。仲間が次々に何者かの攻撃に因って、ほふられていくのだから当然と言えば当然だ。


 隣の者が撃たれ、頭が弾け飛ぶ。奥の者は胸に穴が開き、そのまま倒れ込んで来た。

 そうやって次々と仲間達が何も出来ないまま屠られていく光景は、射手達に衝撃を与えた。その衝撃はまたたく間に伝播し、すぐさま恐慌きょうこう状態へと導いていく。



「何が、「可能な限り1人で殲滅」だ?既に此の身1人で殲滅する以前に加わってるじゃないかッ!でもまぁ、確かに1人で殲滅するのは厳しかったかもしれない。だから有り難い事に変わりはないなッ!」

「アルレ殿が作ってくれたこの機会を無駄には出来ない。いざ、参るッ!」


 クリスは上空で1人、今まさにゴブリン達を襲っている悲劇を見ていおり、それが誰の行いかはとっくに見当が付いていた。


 クリスは口角を上げると龍鱗剣りゅうりんけんスライスナーヴァを低く構え、奇襲の為に滑空かっくうしていくのだった。


 狙うはこの場の指揮官である、「将軍化中鬼種ゴブリンジェネラル」ただ1匹。

 クリスはその「将軍化中鬼種ゴブリンジェネラル」のみを見据えて、滑空していく。幸いにも下は混乱し恐慌しており、クリスの存在に気付いた敵は誰もいなかった。



 一方で少女はクリスが攻撃体勢に入った事を理解した。拠って恐慌状態にある射手達の注意を、少しでもクリスから逸らし恐慌状態を更に継続させようと考えていった。

 拠って指揮官である将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルに近い射手から狙撃し、屠っていく。要は塔屋屋上への出入り口に近い側から狙ったとも言える。

 それは逃げ道ゴブリンジェネラルに近寄れば死ぬという恐怖を植え付ける為だ。



 将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルはこれらの攻撃が意図的なモノであると見抜いていた。しかし、1度恐怖に囚われた者達を正気に戻すのは不可能だ。

 そして更に付け加えると一連の敵の攻撃から、敵の戦略が変わり「狙われている対象」が変わった事にも気付いていた。

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