第66話 Mob Ruiner Ⅱ

「クリスはこの依頼クエストの討伐難易度分かっているのかしら?まぁ、でもちゃんとサポートして、万が一の時は自分も参戦すればいいや。アタシが受けた依頼クエストだから、失敗するワケにはいかないものね」


 今回の依頼クエスト内容についての一切合切をクリスに説明した少女だったが、クリスの反応はイマイチだった。

 それが天然故の反応なのか本当に何も考えていないのかは分からないが、少女は心配になって来ていた。だが試験官として見極める以上は口も手も出すつもりは毛頭ないが、それはそれこれはこれである。

 実践試験とは言え自分が受けた依頼クエストである以上、失敗は許されないのだ。

 だから心の中でひっそりと独り言を呟いていた。



 それから少し時間が経った頃、まだ昼には早い時分にセブンティーンのエグゾーストは奏でるのを止めた。

 そう、目的地到着の瞬間である。




 場所は少女の屋敷のあるアラヘシ市から、西に向かった位置にあるオナダー市だ。


 その建物は大通りから途中で北に進路を移し、舗装された山路を登って行く途中に見る事が出来る。ほぼ正方形に近い敷地の中にある建物の、周囲を敷地ごとぐるっと取り囲む壁は高い。

 元々は工場だったと聞いているが今は稼働しておらず、建物の造りは罪人の収容所のようにも見える。



 建物の形は北から東に掛けてのᒪ字型で、その建物を取り囲むように小規模の建物が5つある。

 正門入り口は山路に接道している為に東側にあり、裏門とかの存在は無さそうだ。


 目的地に着いた少女はバイザーの索敵モードで魔獣の存在を確認していく。バイザーに映る光点は流石に500匹を超えている為か、個体を判別出来ない程にまで密集している様子が映し出されており、光の塊のようにしか見えなかった。


 少女は仕方無く索敵の縮尺を変更し、密集の度合いを確認していく事にした。

 その結果、判明した事は「群れを構成している魔獣は全て建物の中に存在している」という事だった。外に出歩いている魔獣の姿は無い事から、ちゃんと統制が取れている事になる。

 周囲にある5つの建物にも光点があるので、そこは見張りの拠点かもしれない。



 だがここで少女は、奇妙な感じに捉らわれていた。何故ならばこの小鬼種ゴブリンの布陣が、「かしこ過ぎる」と感じられたからだ。


 小鬼種ゴブリンはそこまで知能の高い魔獣ではない。だから「固有個体ユニーク」がいたとしても、群れ全体の知能が高くなる謂れがない。


 だ。500匹からなる大規模な魔獣の巣窟なのに、建物の外には1匹たりとも小鬼種ゴブリンの姿が無い。知能の低さを鑑みれば統制が取れるハズがないのに……だ。しかしバイザーは全て建物の中に光点を映し出している。

 更に付け加えるならば、「見張り役」と思われる小集団を周囲に配置している。


 そしてその「見張り役」も5つの建物全てに置かれている。これは前方の建物で襲撃があった際に、直ぐに本営まで連絡出来る手段を持っているとさえ考えられる布陣だ。


 全ての建物に配置しているという事は、周囲の壁を乗り越えて入って来る者や、空からの襲撃を想定してる可能性が高い事をも示唆していると言えるだろう。


 要は小鬼種ゴブリンなりのハンター対策をしたと言う事実がそこにある。

 故に「賢過ぎる」という結論に少女は至った。




 少女は嫌な予感がした。心臓の鼓動がいつもより早く感じられていた。

 だが、ここで引き返すワケにはいかないのもまた事実だ。


 一方で、そんな少女の嫌な予感とは裏腹に、クリスはあっけらかんと準備を完了させた様子だった。



「はぁ、のんきね。まぁ、そんな天然さがクリスのウリなのかもしれないわね……。さぁ準備はいいのね?始めるわよ?」


こくりッ


「オーケー!じゃアタシが結界を展開したら後は自由行動よッ!見事に試験をクリアしてみせてねッ!」


こくりッ


「デバイスオン、結界様式テリトリーパッケージ、結界モード始動ッ」


 少女の言葉にデバイスが反応し、敷地の境界や多少の周辺森林地帯までをも包み込む巨大なスクエア型の結界が展開されていく。

 結界が全て展開し終わると少女のバイザーには「519」という数字と、タイムリミットを示すカウントダウンが始まっていた。



「結構居るわね。クリス、総数は519匹よ。万が一の時はアタシも加わるけど、可能な限り1人で殲滅してねッ!」


「了解だッ。難無く1人で片付けてみせる!」


 クリスは翼を広げると空へと舞い上がり戦場へと侵入していった。




「デバイスオン、使い魔・ファミリアオブガルム」


「アナタ達はそれぞれ単体で散らばって、壁の外側の警戒にあたって。壁の内側には決して立ち入らない事」


ぐるる


「壁を超えるか、正面から外に出て来ようとしてる小鬼種ゴブリンがいれば、連携を取ってその牙と爪の餌食にしなさい。ただし、勝てない相手と思った場合は必ずアタシを呼ぶ事。いいかしら?」


ぐるッ がうッ


「いいコ達ね。さぁ、行きなさいッ!」


がうッ がるッ


「さっ、後はクリスの腕次第ね。先ずは高みの見物と洒落込んで、様子を見させてもらうわよ」


 少女は自分の段取りを終えると空を見上げていった。つい先日まで快晴だった空は、今日は雲がどこからともなく湧いてにじみ出て来ていた。

 それは快晴と呼ぶには程遠い天気だ。そのせいか少し肌寒く感じられた。



「せめて天気くらいは保って欲しいわ。だって、「女心と秋の空」なんて言うけど、アタシの心は移り気しないピュアハートなんだから、せめて天気も空気くらい読んでよね……。なぁんてねッ。てへへ」


 太陽が出ていない曇天どんてんの空の下で、少女は嫌な予感を払拭するように冗談を呟いていた。

 いや、冗談ではなく「本気で呟いていた」という事にしておいてあげたい。




 クリスは空へと舞い上がると結界上面のギリギリの所にいた。その場所からバイザーで地上の様子を窺っていたのだった。



「ふむ、これが「索敵モード」か、この光っている所に魔獣がいるのだな?なるほどなるほど。なかなかデバイスというのは便利なモノだな。どうやって判別しているかは分からないが、村にいる時にこれがあれば獲物を探すのはラクだったかもしれないな」


ピピピピピピピピッ


ひゅッ


「うぉッ!なんだなんだ?!ん?殺気?今のは殺気を教えてくれているのか?」


ひゅッ 


ひゅッ


 侵入者クリスに気付いた小鬼種ゴブリン達は、上空にいる侵入者クリスに向けて矢を放っていた。

 そしてそれはデバイスの機能性を堪能していたクリスの鼻先を掠めていったのだ。



「早速お出迎えのようだな?わざわざ発見し辛いように空へと舞ったのに、早々に気付かれているとは思わなかった……。だがッ!それならば、こちらも開始しよう!デバイスオン、ガンモード」


ぱしゅッ ぱしゅッ


どぉん どぉん


 クリスは奇襲をかけるハズが為に驚いていたが、ガントレットをガンモードにすると牽制の為の魔力弾を放っていく。

 こうしてこれが開戦の狼煙となったのである。




 クリスは空を滑空かっくうしていく。魔力弾を放ったものの見事に当たらなかったからだ。


 クリスの視界の中にいるゴブリンは1匹。先ずその1匹を仕留める為に、クリスは速攻を仕掛けた。

 拠って自身の翼を折り畳むと自由落下の速度で滑空していく。


 更にクリスは滑空しながら自身の腰に差してある龍鱗剣を抜くと、脇構えのまま矢を番える小鬼種ゴブリン射手に向けて突っ込んでいった。


 屋上の射手から放たれる矢を回転運動で躱し、翼を広げてブレーキを掛け方向を転換させる。

 そのまま屋上の床スレスレを飛び、射手のその懐に飛び込むと長剣ロングソードを横に薙いだのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る