第65話 Mob Ruiner Ⅰ

 少女はどうしようもなく眠かった。


 昨夜、クリスの汎用魔力銃ガンの特訓が終わったのは、深夜2:00を過ぎた頃だったからだ。口では「どんな形であれ的に当たれば良い」と言っていたが、少女はそれで認めるつもりはなかった。


 よって「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」でカウントが増えた場合は、様々な難癖を付けた。その様相は悪役令嬢のようであり、クリスはいびられる可哀想な主人公ヒロインと言う感じだったとも言い換えられる。


 そして少女が内々に決めていた目標である、「命中精度9割」が達成出来た時には深夜2:00を過ぎていた。

 たかだか数時間でここまでの精度に到達するのは、基本的には不可能だろう。負けなかったクリスの根性が、才能を導いた勝利結果だったのかもしれない。



 途中で爺が2人分の夜食を作って持って来てくれたのは、何時頃の事だっただろう……それはよく覚えていない。

 2人は時間を確認する事無く、黙々もくもく粛々しゅくしゅく訓練に励み、クリスは汎用魔力銃ガンを撃ち続けていた。少女は隣でその様子を窺い、鬼教官のように指導をしていた。



 2人が夜食を食べたのは、条件を達成してからなので2:00はとっくに回っていた事になる。

 それから2人はそれぞれ部屋に戻り、少女は部屋に備え付けられているシャワーで汗を流し微睡まどろみの中に堕ちていった。




 そして数時間が経過すれば当然のように朝が来た。予めセットしておいた、けたたましく鳴る目覚ましの音に容赦なく起こされ、「なんでこんな時間に起きなくちゃいけないのッ!」と恨んだ少女だった。

 その結果として、どうしようもなく眠かったのである。段取りを見誤った自分のせいなのは言うに難くない。



 気を抜けば意識が飛ぶ。眠気に負けそうになりながらも、熱めのシャワーを浴びて眠気を飛ばそうと必死だった。それでも眠たいものは眠たい。

 人間である以上、3大欲求には勝てないモノなのだ。


 シャワーを浴び終えた少女は、眠い目をこすりながら広間に降りていった。

 仄かなシャンプーの香りを漂わせながら。



「おはようございます、お嬢様。本日は熱めのブラックコーヒーにしておきました。苦味が強いようでしたら、砂糖とミルクを足してお召し上がり下さい」


「おはよ、爺。コーヒーありがと。さっすが爺は分かってるわね。あと、昨夜は夜食もありがとね。美味しかったわ」


「恐れ入ります」


「あぁ、良い香りね。紅茶もいいけど、眠い時はあっちぃブラックもいいわね。うわっちち。あちかった」


「これはなんの匂いだ?香ばしい香りがするが?」


「あ、おはよ、クリス。起きれたようね?ちゃんと寝れたかしら?ところで香りってこれの事?これはコーヒーだけど、クリス知らないの?」


「これがコーヒーと言うものなのか。遠くからでも実にいい香りだ……。ところでアルレ殿、執事殿はどちらに?」


「おはようございます、クリス様。当方に何かご用事で御座いますか?」


「ひゃうっ。ししし執事殿。お、驚かされるな」


「それは失礼致しました。クリス様の分もコーヒーを淹れて参りましたが、紅茶の方が宜しいでしょうか?」


「い、いや、そのコーヒーを頂きたい」


「それではこちらを、どうぞお召し上がり下さい」


ごくっ


「苦ッ。コーヒーとは香りは良いがこんなにも苦いモノなのか?」


「苦いんだったら、砂糖とミルクを入れて味を調節するのよ」


「ふむ。これだな?」


ちゃぽんッちゃぽんッちゃぽんッ

たら~


「えっ?!クリス?」


「どれどれ?おぉ、凄く甘い!そして旨い!いいな、コーヒー。気に入った!!」


「どんだけバカ舌なのかしら?」


「ところでクリス様、当方に何か用事があったのでは御座いませんか?」


「おぉ!そうだったそうだった!昨夜、部屋に戻って袋の中を見たら見知らぬ服が入ってたのだ。執事殿、何か知るまいか?」


「へぇ、爺もやるわね」


「それはお嬢様が着なくなった服を縫い合わせて、クリス様に似合いそうなデザインで当方が仕立てさせて頂きました。お気に召しませんでしたか?」


「やっぱり執事殿だったのか!いや、しかしだな、このような物を此の身が受け取って良いのだろうか?」


「いいじゃん、受け取っておきなさいよ。それに、結構似合うんじゃない?」


「お洋服は幾らあっても困る物では御座いませんので、ハンター実技試験の合格祝いに縫わせて頂きました。お気に召すようでしたらお嬢様も仰ってますので、お納め下さい」


「に、似合うかな?このような服は着た事がないので何かと恥ずかしいモノだな」


 昨日、服を買ってもらったクリスだが、その際に買った服はどちらかと言えばメンズファッションで動きやすさを重視したラフスタイルだった。だが、今クリスが手に持って広げているのはそれとは違う。

 例えるならば「可愛いくて、且つエレガントな女性らしさをアピールした」とも言い換えられるフレアスカートワンピースだ。


 少女からすれば、昨日見た「半裸」とも言える一張羅よりは、段違いに良いのは当たり前だった。更に言えば「半裸」は良くて、スカートは恥ずかしいと言ってるその気持ちは理解出来なかった。




「さてとクリス、準備はいいかしら?」


「あぁ、此の身は問題無い。準備は万端。いつでも出れるぞ」


「それじゃあ狩りハントに行きましょッ!」


「行ってらっしゃいませ。お嬢様」 / 「行ってらっしゃいませ、マスター」 / 「あるじさま、お仕事がんばって」


「オハヨウゴザイマス、マイ・マスター。目的地ハ、オナダー市ニ設定サレテイマス。自動デ走行致シマスカ?」


「おはよッ、セブンティーン。うん、自動で宜しく」


「カシコマリマシタ。概ネ、40分程デ到着致シマス」


 2人は3人に見送られるとセブンティーンに乗り込んでいった。2人が乗り込むと抑揚の無い声が、いつも通りに紡がれていく。



 少女は目的地に到着するまでの時間で、クリスと依頼クエスト内容の最終打ち合わせを考えていた。

 本来であれば昨日の内にやっておきたかったのだが、あの一張羅のせいで計算が狂ったのだ。くれぐれも訓練に掛かる時間を見誤ったワケではないと補足しておく。




 今回の依頼クエストは「殲滅せんめつ戦」である。「討伐戦」は対象を討伐し被害状況が終結すれば依頼クエスト完結コンプリートになるのに対し、「殲滅戦」は違う。

 文字通りの地域内に棲み付いた魔獣の「殲滅ミナゴロシ」が要求される。


 拠って1匹たりとも逃がしてはならず、殲滅する事以外に完結コンプリートする条件は無い。



 そして、その際に使われるのが統合演算装置・ミュステリオンからダウンロードするメインパッケージの、結界様式テリトリーパッケージなのである。

 結界様式テリトリーパッケージは行動範囲制限機能と呼ばれているが早い話が結界だ。これはエリアを指定する事でそのエリア外に対象の流出を防ぐ効果がある。

 ただし結界を展開していられる時間は60分が上限であり、攻撃などを受ければ耐久が減り耐久が失くなれば結界は破壊される。

 制限時間の60分を超えた場合は消滅するが、一定のクールタイムを過ぎれば再度結界を構築出来る。然しながら破壊された場合には、再度ミュステリオンからのダウンロードを要求される。


 殲滅戦の依頼クエスト完結コンプリート条件は文字通り「殲滅」のみだが、失敗条件には「結界」の破壊が盛り込まれる。


 拠って難易度は「討伐戦」と比べ格段に上がる事から、ソロではなくパーティーでの参加が推奨されている。複数人からのパーティーならば、結界の消滅にも破壊にも対応出来るからである。


 そんな殲滅戦を少女はクリス1人でらせようと算段していた……。



 そして、今回の殲滅対象は500匹からの小鬼種ゴブリンの群れであって、ソロなら上級ハンターでも苦戦する量だ。

 更に付け加えると依頼書には、「固有個体ユニーク」の存在が確認されていると記載があった。これらの事を踏まえ、討伐脅威度は古龍種エンシェントドラゴン以上のランクになっている。



 固有個体ユニークとは、その種族に於ける「最上位種」と呼ばれる魔獣の事だ。小鬼種ゴブリンであれば、上位種が中鬼種ホブゴブリンと呼ばれる。

 更に中鬼種ホブゴブリンが進化すると、幾つかの上位亜種へと派生していく。然しながら本来は進化する事はない。

 だが現実はそこで終わらない。


 魔獣の進化の過程は実証されていない事が多いが、特異な力を保有しているモノが特殊なエボリューショナリー進化・プログレスで、生まれる事がある。それが「最上位種」とされる。

 一方で更に付け加えると「最上位種」は、に注意が必要だ。



 「最上位種」は魔獣の種類に因っては複数種確認されているが、1つの「群れ」に於いて複数の「最上位種」が確認されると言った事案は無いとされている。


 然しながら記録の中に拠れば、小鬼種ゴブリンの「最上位種」として確認されたモノは今までに複数ある。

 「小鬼の王種キングゴブリン」「小鬼種の王ゴブリンロード」「小鬼種の帝王エンペラーゴブリン」「災厄級小鬼種ゴブリンディザスターなどが今までに確認されているが、今回はどの「固有個体ユニーク」がいるかまでは分っていない。


 更には「固有個体ユニーク」の存在が確認されていて尚且つ、大規模な群れがある場合には上位種並びに上位亜種が複数種いるという事に繋がる。(中規模以下の群れの場合には上位種並びに上位亜種はいない場合が多い)

 「固有個体ユニーク」を国の頂点とするならば「将軍」や「指揮官」と言った「軍隊」同様の組織が成立からだ。


 拠って「固有個体ユニーク」の存在が確認されている依頼クエストは、最大限の装備と信頼出来るパーティーで臨んでも完結コンプリートが難しい事がある。

 それ故に、ごく一部の上位ハンターにしか出回らない高難易度依頼クエストとも言える。


 ちなみに固有個体ユニークの討伐難易度は、Sランク以上である事が多い。

 更に討伐脅威度は固有個体ユニークの他に中規模以上の群れがおまけで付いてくる為に、SSランク以上になる事もザラである。


 拠って今回の依頼クエストは、仮のハンターにやらせるような依頼クエストではないと断言出来る。

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