第64話 Terrible Instructor Ⅴ

 ランチが終わると、クリスに対して伝えた通り買い物に行く事にした。少女はまだ割り切れず鬱憤が溜まっているらしく、荒々しくセブンティーンを疾走らせ敷地内を後にしていった。

 隣に乗っているクリスは面白そうにはしゃいでいたので、少女は更に得意気にセブンティーンを暴れさせていたが、それは余談というものだ。



 爺はセブンティーンを見送ると、少女が着なくなった古着を何着か抱えて自室に持っていった……。




 そしてこれは大型の商業施設で買い物を終えたあとの事。



「さてと、これから話す事は重要な事だから、ちゃんと覚えておいてね」


「重要な事?分かった。肝に銘じておこう」


「ハンターは基本的に依頼クエストの受注をデバイスで行うわ。それ以外だと直接連絡が来る場合もあるけど、クリスの場合は、暫くそれはないと思う」


「ふむふむ。デバイスの操作方法は此の身には分からないが、アルレ殿に後でご教示を頼みたい」


「ええ、モチロン。あとね、公安所属のハンターは1ヶ月あたりに完結コンプリートしなければいけない依頼クエスト数のノルマがあるの。これを守らないとハンターライセンスが剥奪はくだつされるから注意してね」


「ちゃんと覚えておこう」


「後、今日はもう夕方になるから無理だけど、明日は朝からクエストに出掛ける予定よ。そこで、クリスの実践試験をするわ。後で依頼クエストの詳細をデバイスに送っておくから、確認しておいてもらえるかしら?」


「朝から出るのか。分かった準備しておこう」


「そうそう、屋敷に帰ったらデバイスの使い方を教えるわ。買ったモノを部屋に置いたら、装備のまま部屋で待っててもらえるかしら?」


「買った物……はッ!そうだッ!買ったモノの代金はどうすればいい?此の身はお金を持っていない。支払いは待ってもらえるのだろうか?」


「今日買ったのは、クリスへのプレゼントよ。服は持ってても困らないから受け取っておいて」


 屋敷に戻ったクリスは、少女に言われた通りに装備を着装して整え、準備をし終えていた。

 流石に買い物に行く際に武器の類は置いて行くように言われたからだ。

 少女は準備の終わったクリスを迎えに行くとそのまま屋敷の地下2階にあるトレーニングルームに向かっていった。



「凄い屋敷だとは思っていたが、こんな施設まであるとは驚きだな」


「まぁ、アタシは父様から受け継いだだけだし、この屋敷の事を全て把握しているワケじゃないから他にも何かあるのか分からないけどね……。って、まぁ、そんなコトより説明をするけどいいかしら?」


「すまない。ご教示願う」


「クリスは獣人種だから魔術特性がないわよね?だから、これから先も近接戦闘がメインになるのよね?」


「うむ。此の身は剣一本しか鍛えて来なかったから、弓も不慣れだ」


「まぁ、ジョブ的にも軽戦士ライトウォリアだし、今後のジョブの方向性は追々決めていけばいいとして……。それじゃあ、本題に入るわよ」


「うむ、お願い致す」


「アタシ達が持つ、この「デバイス」は周囲のマナを自動的に集めてくれる「回路」を搭載しているの。だから命令すればそのマナを武器にする事が出来るわ」

「クリスは立派な武器ロングソードを持っているけれど、依頼クエストの途中で破損したり、刃こぼれしたら使えなくなってしまうかもしれない」


「うむ、確かにその通りだ」


「だからデバイスには武器が使えなくなった時の為に、汎用魔力刃ソードを生み出す事が出来るようになっているの」

「デバイスオン、ソードモード」


ぶぉん


「はい、じゃあ、クリスもやってみて」


「で、デバイスオン、そ、ソードモード」


ぶぉん


「お、おぉ。これが?!」


「恥ずかしそうにやってたけど、ちゃんと出来たわねッ。それがデバイスの「汎用魔力刃ソード」と呼ばれる、マナで出来た刃よ。ちなみにクリスの持つ長剣ロングソードでの攻撃は物理攻撃だけど、その刃は魔術攻撃になるの。だから物理攻撃の効かない相手にも有効打になるわ」


「おぉ!そうなのか?だが……」


「言いたい事は分かるわ。クリスが使える固有能力ユニークスキル、「龍征波動ドラゴニックオーラ」でも物理攻撃が効かない相手に対して有効だって言いたいんでしょ?」


「う、うむ。その通りだ」


「じゃあ、物理攻撃が効かない相手が数100匹いたら龍征波動ドラゴニックオーラを使い切るまでに倒せるのかしら?それが200匹だったら?300匹だったらって考えるとキリがないわよね?」


「うっ、それは無理だと思う。だが、そんな依頼クエストなんて有り得るのか?」


「話しが逸れるから詳しくは言わないけど、のよ。だからね、絶対的な時間の制約がある以上、多数の魔獣を相手にする場合には不向きとしか言えないの」


「そんな依頼クエストを1人で行う事もあるのか……。ハンターとは凄いのだな」


「よって、使わなければ倒せない相手なら兎も角、それ以外に使い過ぎてしまえば、その後に待っているのは厳しい戦いって事になるでしょう?だから、ハンターたるもの、そこら辺の石ですら依頼クエスト完結コンプリートの為には武器にする必要があるのよ。そうでもしないと完結コンプリートは疎か生命の危険性だってあり得るの」


「い、石ですら武器に……覚えておこう」


「だから剣一辺倒と言わず様々な武器を使いこなすのも、ハンターの技量と言えるわねッ!」


「な、なんだか凄まじい世界なのだな。緊張してきてしまった」


「クリスいい?その汎用魔力刃ソードは使いこなせるようにしておいた方が身の為よ。それは周囲のマナが尽きない限り、永遠に使えるからね。例え本命の武器を失っても武器には困らなくなるわ」


 多少クリスには難しい説明かとも思ったがクリスは納得した様子で頷いていた。それは1つの武器に固執する事で、これまでに生命を失ったハンターが多い事から得られた教訓なのだが、天然なクリスにもちゃんと伝わったようだ。まぁ、クリスなら本当に石を使って闘いそうだな……とは思わなかったワケではないが。



「さて、次ね。クリスは今のところ軽戦士ライトウォリアだから、汎用魔力刃ソードは難無く使えるようになると思うけど、次の方がもっと重要よ?」


ごくりっ


「デバイスオン、ガンモード」


ふぉんッ


「で、デバイスオン、が、ガンモード?」


ふぉんッ


「これがガンモードよ。汎用魔力刃ソードはマナを刃としたけど、汎用魔力銃ガンはマナを弾丸として放つ事が出来るの」


「アルレ殿、汎用魔力刃ソードの使い方は分かるが、汎用魔力銃ガンはどうやって使うのだ?」


「ふふふっ。そうね。見た目ただの筒だものね。じゃあ、見て。これが本物の銃よ」

「ここに指をかけてトリガーと呼ばれる引き金を引くと弾丸が出るの。デバイスのガンもこれと同じ機構を想像して。イメージでこのトリガーを引くのよ」


ぱちんッ


「あれは、的か?」


「見ててね」


ぱらららッ


「はい、じゃあ、クリス、やってみて」


「ここに指をかけて引く」


ぱららららららららッ


「うわあぁぁ。なんだコレは?!」


「これが銃よ。最初は驚くわよね。でもトリガーを引く感じは分かったかしら?じゃあ、次はガンでやってみるわよ」


ばしゅッ

どぉん


「凄い。此の身も、や、やってみる……。うっ。くっ。それっ。ぐっ」

「ダメだ。何も出ない」


「そっかぁ。そしたら、龍征波動ドラゴニックオーラの剣撃を飛ばすイメージを汎用魔力銃ガンで行ってみて。あ、でも、腕は振らないでいいからねッ」


「わ、分かった。やってみる!」

「でえぇぇぇやあぁぁぁぁ」


ばしゅッ


「出来たッ!出来たぞ、アルレ殿!撃てた!撃てたぞッ!!」


「流石ね。まぁ、初めてにしては上出来よッ!ところで1ついいかしら?」


「うむ」


「クリスは今まで剣の修練をしてきたんでしょ?だから依頼クエストでも終始「剣」で闘う事を望むかもしれない……。でも、魔獣だったり犯罪者がそれに付き合ってくれるとは限らないわ。その時に剣の間合いで闘わせてくれない場合もある」


「なるほど、確かに一理ある」


「だから、クリスも剣の間合い以外での攻撃手段を持たないといけない事になるの。でも逆に相手が近距離ショートレンジ戦闘の為に近寄ってくる間に汎用魔力銃ガンで攻撃出来れば、それは有利アドバンテージになるわよね?」

「うーん。その表情、納得してないみたいね?」


「此の身は常に剣で闘ってきた。だから尚更……」


「クリスいい?依頼クエストは自分の主義主張を貫く場所ではないわ。ハンターはどんな時でも生き残らないといけない。主義主張の為に死ぬのはハンターではないわ。クリスはハンターになりたいの?それとも、ハンターに憧れただけ?」


「此の身は、ハンターになると決めた!それに変わりはないし二言もないッ!」


「じゃあ、特訓しましょう!ハンターになるんだったら、やるわよね?」


「モチロンだ!特訓でもなんでも、ハンターになる為ならやってやるッ!」


「じゃあ、まだ「銃」そのものに抵抗があるようだから、汎用魔力銃ガンを使って的に弾を当てる訓練をしましょう。それが出来無ければ、明日行く予定の依頼クエストは諦めてもらうわ……いいかしら?」


「大丈夫だ、問題ない」


 クリスは「諦めてもらう」と煽り文句を言われたからには「諦める事は出来無い」と俄然がぜんやる気を出していた。


 だが、やる気とは裏腹に的に当たる気配は全くなかったのである。



 クリスが射撃訓練を始めてから数10分と経った頃になって、汎用魔力銃ガンから撃ち出されたマナの弾丸は、漸く的を掠めたのだった。



「じゃあ、今度はどんな形であれ10回連続で的に当たるまでやってね」


「くっ……必ずやり遂げてみせるッ!」



 それから暫く時間が経ち、夕方から始まった射撃訓練が終わったのは、夜も更け皆が寝静まった夜中だったと言うのは当然の事ながら事実である。

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