第56話 Unscrupulous Tester Ⅱ

 ソレは上空から迫っていた。足にある鋭い鉤爪を立て獲物に向かって一直線に特攻して来たのだ。


 クリスは性悪妖精種コボルト達が余りにも呆気あっけなかった事から少し慢心していた。結果として上空から迫って来ている敵影の発見が、遅れたのである。



 クリスの立っている大地を影が覆う。向かって来ているソレは、太陽を背にしていた為にクリスの元に影を落としていた。そしてその影がクリスに、存在を気付かせる結果をもたらすのだった。

 然しながらここでクリスは1つの間違いを犯してしまう。



 上空から迫って来ているソレを目視しようと見上げた瞬間、影は逸れ太陽光をまともに見てしまったのだ。そしてその明る過ぎる光に拠って、クリスは幻惑され視力を奪われていった。



どごぉッ


『くっ。よく見えない。太陽を見てしまうとは不覚ッ』

『気配だけで躱すのは骨が折れる』


ぼんっ


『空から炎?!』


 上空から現れたソレの初撃は鋭利な爪撃だった。その攻撃はクリスの立っていた大地を、容赦無くえぐった事から威力の高さが窺える。

 クリスはすんでのところで躱したが、敵が放つ攻撃の手は休む事が無かった。

 先の爪撃とはまた別の何モノが、今度は上空から火炎弾を放っていた。


 クリスはまだ視力が戻っていない。かと言って攻撃しなければ敵を倒す事は出来ない。「防御は最大の攻撃」にはならないからだ。



『このまま防御に徹するのも回避に徹するのも癪だな。仕方ないっ。昇閃太陽を墜とすモノ!』


しゅぱんっ


 完全な当てずっぽうと言うワケではないが、攻撃しなければ事から、龍征波動ドラゴニックオーラ長剣ロングソードに纏わしていく。そしてクリスは朧気おぼろげながらも感じ取る事が出来る「迫り来る炎」に対し、長剣ロングソードを横に薙ぎ斬撃の刃を飛ばしていった。



 クリスが飛ばした斬撃の刃に因って、炎は切り裂かれ2つに分かれて霧散していくが、運良くもその刃は炎を吐いていたソレに命中していた。短い悲鳴がクリスにそう告げてくれた。

 しかしながら致命傷には至らなかった様子だった。


 その後も上空からの攻撃にクリスは晒されていったが、それらを躱しながら自分が取れる攻撃手段を模索していた。


 幻惑状態は治まり、クリスは何に襲われているのかを確認する事が出来るようになっていたのだった。



『こいつら、二足翼竜種ワイバーンか!?』




 二足翼竜種ワイバーンは生態系上に於ける分類では、龍種ドラゴンよりは恐竜サウルシウスに近い魔獣である。拠って「龍種ドラゴン」とは完全に異なる生態系に位置している。

 また二足翼竜種ワイバーンはただの「翼竜種」とは定義されない。何故ならば「翼竜種」という名前を持つ魔獣が、他にいるからである。



 二足翼竜種ワイバーンの攻撃手段には特徴がある。クリスに対する初撃に使っていた、強固に発達した鉤爪に拠る爪撃。この攻撃は上空から獲物を捕獲する際に使われるが、捕獲出来なければそのまま一撃離脱となる。

 その他に厄介な攻撃手段が魔術と吐息ワイバーンブレスである。二足翼竜種ワイバーンは五大属性の内から1種類の基本属性を有している。そして使える魔術はその基本属性の対人級-作戦級の魔術である。

 更にはその基本属性の吐息ワイバーンブレスを吐く事も出来る。


 近距離戦ショートレンジは奇襲メインとなる事が多い為に肉弾戦は忌避する傾向にある。通常時の戦闘は中距離戦ミドルレンジを取る事が多く、専ら自分の属性魔術と吐息ワイバーンブレスを交互に放つ傾向がある。

 拠って近距離戦ショートレンジを得意とする戦士系のジョブでは、相性が非常に悪いとされている。


 その他の特徴として龍種ドラゴン並に鱗は硬くないが、斬れ味が悪いとダメージを与えられない程には防御力は高かったりもする。一方で飛行能力は龍種ドラゴンより高く、空中戦を挑むのは専門職のジョブを持っていないと推奨はされない。

 更には小規模の群れ形成して襲って来る事から、単体ぼっちの討伐難易度はB相当なのに対して、討伐脅威度はそれを上回るのが当然だった。


 これらの事から中堅程度のハンターでは、依頼クエスト完結コンプリート出来ない事案が発生しており、意外と厄介な魔獣と言える。また、生息域としては世界各地に幅広く分布している。



『空を飛ばれていると防戦一方になってしまう。かと言って爪で襲ってくるのを待っててもラチがあかない』

『くそッ!こうなったら此の身も飛ぶしかないッ!』


ばさっ


『これなら、どうだッ!』

『でえぇぇぇやぁぁぁぁぁっ!』


 クリスは半ば手詰まりだった。クリスに攻撃を仕掛けている二足翼竜種ワイバーンは全部で3匹いる。その内の2匹はどうやら火属性らしく、火炎烈弾ファイヤーボール吐息ワイバーンブレスを交互に放って攻撃してきていた。

 そして残りの1匹が鉤爪の爪撃一撃離脱を繰り返している。


 一撃離脱を繰り返している二足翼竜種ワイバーンは魔術を使ってこないが、クリスのスキのみを突いて来ている事から、カウンターの剣撃では浅く有効打にすらなっていない。


 拠ってクリスは半ばどころか手詰まりだったとしか言えない。

 従ってクリスは二足翼竜種ワイバーン相手に空中戦を挑む事にしたのである。


 ハンターの基本装備であるブーツで行う空中戦は、出力調整の観点から見ると小回りの面で推奨されていない。だがクリスは翼があるので小回りは利く。

 拠ってクリスが選んだ作戦は、中の中くらいの策と言えるだろう。翼有人種ならではの戦術である。



 対する二足翼竜種ワイバーン攻撃対象クリスが空を飛んだ為に、3匹が3匹とも魔術と吐息ワイバーンブレスの攻撃に切り替えていった。

 二足翼竜種ワイバーンの放つ吐息ワイバーンブレスは炎が2つと水が1つだった。それらが魔術も踏まえて交互に飛び交い、クリスを襲っていった。



『なるほどなッ。だから1匹はずっと爪ばかりだったのだな!』

『空を飛べる龍人族ドラゴニアを舐めるなよッ!先ずは空を飛べないようにしてやるッ!』


 クリスは小回りが利く空中戦で、二足翼竜種ワイバーン達を翻弄ほんろうしていく。更にはすれ違いざまに二足翼竜種ワイバーンの翼を狙って斬り付けていった。




「へぇ、やっぱり凄いよ!ただの軽戦士ライトウォリアが空中戦?って思ったけど、元から翼がある種族はやっぱり慣れてるみたいだねっ!」


「そぉね。ブーツと翼はやっぱり使い勝手が変わるんでしょうね。あーあ、アタシも翼があればあんな自由に空中戦挑めるのかしら?」


「えっ?もうてっきり魔族デモニアみたいに翼を生やせるかと思ってたけど?」


ばこんッ


「な・ん・で・す・っ・て・?やっぱりスマキにしてサンドバッグにしてあげようかしら?」


「い、いや、もうさっきからスマキになってるので、これ以上スマかれると変な趣味に目覚めちゃうよ?」


ばこんッどかっばきっ


「痛い痛い痛い、ちょちょちょ、ホントにやめて。あーーーーれーーーーッ」

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