第55話 Unscrupulous Tester Ⅰ

 クリスの目に映る景色が豹変ひょうへんしていく。先程までの狭い部屋とは「全く異なる場所」としか、表現のしようがない。拠って、この変化は実際に味わった人以外には、分からないモノとも言えるだろう。

 だからこそこの部屋のビフォーアフターを同時に見せられても、同じ場所だという事はきっと信じられないに違いない。


 更に言えば今回作り変えられていったトレーニングルーム内の様相は、クリスが前回入った時とも



 そこは草原が広がる大地だった。拠ってモノトーンの世界では無い。

 そこは澄んだ青色の空があり綿菓子の様な白い雲が浮かんでいた。拠って単一色で塗り固められた世界では無い。


 風は吹いていないから草木は揺れていないが、足元には草のフカフカした感触がある。匂いはしないが、それは自分の中にある今までの記憶が思い出させていた。


 ここは紛れもなくと。


 ここにはそこで実際に生きているかのような、生き生きとした植物がある。それらは現物と見間違うかのような色彩で、手で触れれば感触まである。

 緑、橙、青、白、茶色、自然界に様々な色合いが、複雑に絡み合う現実世界そのものだった。




『なっ?これが、あのトレーニングルームなのか?』

『これが作り物なのか?にわかには信じられないな』


がさがさっ

がささっ


『なんだ?せっかく此の身が感激しているのに無粋な連中だな?』


 クリスは自分の想像を遥かに超えた世界の様相に対して、様々な感情を持った。それは感激であり驚愕であり、歓喜といった感情だった。

 しかし一方でクリスの感じている感激とは関係のないところで、は静かに活動を開始していた。


 先ずクリスの前に立ちはだかったのは、性悪妖精種コボルトの群れである。




「ねぇ、聞いていい?」


「いや、聞かないで。アンタの言いたいコト、なんとなく分かるから」


「うん、それじゃ聞かないけど、あのコってさ、天然?」


「はぁ。聞かないで。お願いだから」




 性悪妖精種コボルトはハイエナのような顔立ちで、身体は非常に毛深い。性格は臆病だが狡猾な上に残忍。

 強いモノには屈して、弱いモノはとことん甚振る性質を持っている。


 特徴として、手に武器を持っている時は二足で行動するが、武器を持たない時は四足で行動し、四足時の敏捷性AGIは高い。付け加えると集団行動による集団戦術を採用する事が多い。

 然しながら自分を守る為なら仲間の犠牲もいとわないので、その為に集団行動を取っているのかもしれないと推測されている。

 それは安全第一の集団行動原則ではなく、自分第一主義世界の中心に自分のみの為にある集団行動と言えるだろう。



性悪妖精種コボルト如きこれでッ!』


しゅぱんっ


 クリスは性悪妖精種コボルトの群れに対して、邂逅かいこう早々に龍鱗剣スライスナーヴァで一閃した。これは既に長剣ロングソードを抜き身にしていたクリスに分があった。


 性悪妖精種コボルトは自分よりも性質の為に、出会い頭の攻撃は怯ませる効果がある。

 逆に自分達よりも弱いモノと気付くと容赦無く襲ってくる。


 結果としてクリスが一閃で薙ぎ払った事で、群れの何匹かはそれに巻き込まれていた。巻き込まれた事に拠って致命傷を浴びせられた性悪妖精種コボルトは、黒い霧になって霧散していった。


 本来であればそれで性悪妖精種コボルトの群れは追い散らせるのだが、それは飽くまでも現実リアルでの話しだ。これはプログラムなので、性悪妖精種コボルト達は恐れを知らずにクリスに向かっていった。



『な、向かって来るのか?コイツら性悪妖精種コボルトじゃないのか?』


グきーッ グききーッ


『ちぃッ!それなら向かって来い!全力で散らしてくれるッ!』


 現実リアルとは違う性悪妖精種コボルトの動きにクリスは戸惑ったが、スグに気持ちを切り替えていく。クリスは性悪妖精種コボルトから繰り出される攻撃を躱すと、横にぎ返す刃で更に薙いでいった。

 そこら辺は片刃と違って諸刃なので返しやすく、見事なまでに性悪妖精種コボルト達は霧散させられていく。



 クリスは迫る攻撃を躱しながらも、連続で放つ剣閃で性悪妖精種コボルトを1匹また1匹と散らしていった。クリスの剣撃は更に続く。

 1匹を袈裟けさ斬りにした後で逆袈裟に刃を滑らしていった。更には向かって来る性悪妖精種コボルトを蹴り飛ばすと馬乗りになって、鋭い突きで串刺し散らす。

 一人一殺ひとりいっさつならぬ一振一殺ひとふりいっさつで、確実に性悪妖精種コボルトは数を減らされていったのである。


 その闘い方はやり方であって、誇り高い騎士の闘いと言うよりかは剣豪と呼ばれるサムライや、泥臭い冒険者の闘い方と言えるだろう。村の中で獲物を狩っていたのだから、血なまぐさい闘い方が見に染み付いているのだろう。


 こうして全16匹いた全ての性悪妖精種コボルト達はクリスに一撃も入れる事無く、綺麗サッパリ黒い霧になって霧散していった。



『なんだ、容易たやすいな。これがハンター試験か?』




「うわッ!カッコイイ。凄いね何このコ!」

「中規模の群れなのに秒殺だよ秒殺!」

「小規模の小鬼種ゴブリン相手よりも早いんじゃない?」


ばこんッ


「うっさい!黙って見てなさいッ!」


「痛っててて。す~ぐ暴力に頼るんだからぁ」


ぎろッ


「な・ん・か・言・っ・た・か・し・ら・?」


「ききき、気のせいじゃないかな?きのせい、木の精、トレンティアかなぁ?あははッ」


ばこんッ


「木精霊はドライアドよ。ウィルが言ったのは樹人族トレンティアだわ」


「痛てて」


「まぁ、普通の志願者なら、あれでも充分脅威なんだけどね。でもま、既に軽戦士ライトウォリアのジョブと同じクリスじゃ物足りないよね?」


軽戦士ライトウォリア!?凄いね!ハンターになる前から上級職持ってるなんて!!流石は龍人族ドラゴニアだねッ!」

「天性の戦闘能力センス持ちかぁ!天然じゃなければもっと良かったのにねッ!」


「それは言わないで。アタシもなんとなく分かってたけど、改まって言われると流石に辛いの」


 2人の漫才は放っておく事にするが、容易く性悪妖精種コボルトを退けたクリスに対して少女は不敵な笑みを浮かべていた。

 何故ならばモニターの中では次なる魔獣がクリスに襲い掛かろうとしていたからである。



「さっ、クリス。次からはそんなにはないわよ」


「なんか、セリフがいちいち悪役なんだよなぁ……」


ギロっ


「何か言ったかしら?ウィーぃルぅ?」


 少女はニッコリと満面の笑みでウィルを見詰めていた。

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