第49話 Rumbling Executioner Ⅴ

『まだ、落ち込んでいるのか?』


『あぁ、おやじどのか、ほっといてくれ』


『放っといてくれと言われてもなぁ……』


 クリスは少女が帰ってしまってからというもの、気が落ち込み食事も喉を通らなくなっていた。ダフドは日に日にやつれていく、そんな娘の姿が見ていられなかった。

 拠ってダフドは事ある毎に、否、事が無くても話し掛けていたが、クリスは全てにおいてやる気を失くしており、ダフドは無下に扱われるだけだった。



 クリスは住居の部屋に閉じ籠もり出てこようとしない。生憎と住居は簡易的なモノなので、ガラス窓もないし各部屋には扉もない。

 更にはライフラインのインフラなんてあるハズもないので、住居内の灯りはロウソクの火か焚き火だ。

 だから閉じ籠もっても閉じ籠もっている感じはしないが、食材の狩りや炊事洗濯などをするワケでもないので、引きニートである事に変わりはなかった。




『クリスの事で、族長は気に病んでいるのか?』


『あぁ。これじゃまるでダメな父親だ』

『アイツが生きててくれたらこんなにも悩まなかっただろうか?』


『死んだ嫁の事を考えても始まらんだろう?』

『今はクリスに何かしてやれる事を探さないと』


『あぁ、そうだな』


 このままではクリスに続きダフドまでやつれていく気がしていた龍人族ドラゴニア達は、事ある毎にダフドに話し掛けていた。だがそのダフドもクリスの事で、頭がな様子だった。

 拠って族長としての仕事は手付かずになっていた。




『長老殿!このままでは族長父娘おやこが可哀想です。見ていられません。何とかしてあげられませんか?』


 2人を見ていられなくなった龍人族ドラゴニア達は、長老の元へと次々に駆け込んでいった。そしてそれらの陳情は日に日に増えていった。

 結果として長老達もしていた。



 龍人族ドラゴニアの若い衆は、「。どうにかして2人に」と必死に考えていった。



 だから先ず考えた。「クリスが元気になればダフドも元気になる」と。


 次にこう考えた。「クリスは救世主様に何も言えなかったから元気を失った」と。


 そして結論。「救世主様ををもう1度この村に呼べば良い」と纏まった。



 だがここで1つの問題が持ち上がっていく。



『あの救世主様は、どこに住んでいるのだ?』


『そうだ、確かにそうだッ!』


『誰か救世主様の居場所を知っているか?』


『一体誰が救世主様の居場所を知っているんだ?』


『救世主様の家を知ってる者が1人だけいるぞ!』


『それは、誰だ?その者に救世主様を連れて来てもらおう!』


『そうだそうだ!』


『で、それは誰なんだ?』


『クリスだ』


『じゃあ、クリスにもう1度、救世主様を呼んで来て貰えばいいじゃないか?』


『そうだそうだ、それがいい!』


 結果として目的の為に手段を確認する為の話し合いは、手段の為に手段の確認へとすり替わり、最終的に結論を出した。

 それはもう堂々巡りであって、本末転倒としか言いようがなかった。




『クリス!もう1度、炎龍ディオルギアから村を護ってくれた救世主様を、ここに連れて来てくれ!』


『此の身が救世主様を、もう1度この村に?』


 堂々巡りの本末転倒な結論をクリスに伝えた者がいた。クリスはその言葉にほんの一瞬だけ元気を取り戻し、明るい表情になっていた。




『馬鹿者ッ!お前は何を言っているのじゃ?我等が「おきて」を分かっているのか?』


『もちろん存じております』


『では何故クリスがもう一度、救世主様を迎えに行くのじゃ?』


『な、何故それを?』


『何故も何もクリスが我等の元へと挨拶に来おったからじゃ』


『それで長老殿はなんと応えたのです?』


『「そんな許可は出しておらん」と言ってやったわ!』


『なんでそのような事を言ったのです!』


『ならば聞く。クリスに掟を破らせるつもりじゃったのか?』


 長老が大声で叱責しっせきしていた。それはもう怒るのが当然と言えるが、怒られている側は何故怒られているのか分かっていない。

 堂々巡りで本末転倒な解答を正解だと思い込んでしまったのだから、仕方ないとは言えるがそれでも無知過ぎるとも言える。この場合、無知な事は罪であり、賛美されるような事ではないからだ。




 龍人族ドラゴニアには「掟」がある。それは「自分達の存在を隠している認識阻害インヒビションの結界よりも外に出てはいけない」というモノである。


 だがそんな掟にも例外があり、それが炎龍ディオルギアの襲来の時だった。炎龍襲来に因って困窮こんきゅうした龍人族ドラゴニアの長老達は、族長の娘だからこそ例外として「救世主の捜索」に向かわせた経緯があった。


 だが例外は飽くまでも例外であって、ホイホイ出せるモノでも出すモノでもない。種族存亡の危機に瀕する状況ならいざ知らず、内容が内容だけにそんな下らない例外を許可して前例を作るワケにもいかなかった。

 それ故に「掟」を破る事を助長する発言をした若者が、叱責しっせきされているのは当然の事だ。



『ですがこのままでは、クリスだけでなくダフドまで死んでしまいます』


 若者は怒鳴られ叱責されても諦めなかった。諦めようとはしなかった。だからこそ長老に対して食い下がっていった。

 ちなみに、クリスはまだ死んでいない。そう言う風に聞こえなくもない表現だった。



『そこまで言うなら分かった。少しクリスと話しをしてみよう』




『お前は何時いつまでそうしている気じゃ?』


『ちょうろお……どの?』


『このままじゃと、お前達父娘が死んでしまうと若い衆から詰め寄られてな、様子を見に来たワケじゃが……まぁ、なんと言うか酷い有様じゃな』


 クリスの様子を見に来た長老は、その絶句していた。質素な造りの家で散らかる様な物は何1つとして無い。だから部屋の中が散乱しているワケではない。

 然しながらクリスに対しては「散らかっている」としか表現が出来なかったのである。



 「心ここにあらず」と表現した時に、「心がここに無い」ならことになる。村以外のどこかへとのだと。

 それは自然と「散らかった」のか自分から「散らかした」のか、それとも誰かに「散らかされた」のかは分からないが、既にクリスの心はどこかへと「散らかって」いる様子だった。


 そう表現する事しか出来ない有様だった。顔からは生気が薄れ表情は希薄で、体内の覇気は消え失せている。

 クリスは「病的な被写体」としか表現出来ない程に死相を浮かべていた。



『クリス、お前はハンターとやらになる気は無いか?』


 クリスを見ていられなくなった長老はおもむろに問い掛けていったのだった。

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