第50話 Polite Newcomer Ⅰ

ひゅあッ

 しゅたっ


 それは突然の事だった。そよ風を切るような音が響き何者かが屋敷の前に降り立っていた。そしてそれはアポイントも無く突然にだ。

 拠って不法侵入の不審者でしかない。


 その不審者は屋敷と道路との境界を飛び越え(文字通り空を飛んだままの状態で越えて)屋敷の玄関前に降りて来たのである。


 当然の事ながら敷地と道路との境界を監視しているカメラも効果は為さない。それは更に敷地内に設置されている他のカメラも同様であると言えた。



 唐突に来訪した不審者は玄関の扉に対してをしていく。ただでさえ広い屋敷だ。普通であればノック音など聞こえるハズも無い。玄関に通じる広間か少なくともその付近にいなければ。

 まぁその事は少し考えれば気付くと思うが、不審者は全く気付かず、ただノックをすればいいとさえ思っている様子にも見受けられる。



 だがこの屋敷の中でただ1人だけその音を聞き分けた者がいた。それは兎人族ラビティアのレミである。

 獣人種の兎人族ラビティアであるレミは、固有能力ユニークスキルである受動型能力パッシブスキルの「超絶聴覚ノイズキャンセラー」の力でその音を聞き分けていた。

 更にレミはモニタで誰もいない事を確認した後で爺の元に「てってってっ」と急いでいった。



「コンコン。お爺、いる~?」


がちゃり


「レミ?どうか致しましたか?」


「はい!誰かが来て玄関をノックしたよ?でもでも、カメラには何も映ってないの」

「レミ、怖くなったからお爺の所に来ちゃった」


「カメラに映らない来訪者ですか……ふむ」

「分かりました。当方が参りましょう」

「レミはサラの所に行ってサラの手伝いをして頂けますか?」


「は~い、分かった~」


 レミはノックではなく口で「コンコン」と言って爺の部屋の扉に向かって話していた。最近のレミはだいぶ打ち解けた様子で仕事にも熱心だが、爺に甘えている様子であり、言葉遣いは年相応と言えば聞こえはいいがメイドらしくはない。


 更には話し方がしてる事もあって、内容が内容でもレミフィルターを通すと緊張感が薄れてしまう……気がする。

 最初期に見せていた暴虐なお姫様超絶ワガママ気質は心境の変化からか、様子だ。



 サラはこの屋敷の家事全般の仕事を任されるようになった。とは言ってもまだまだ未熟な事からその大半を爺が手伝っている。

 どうやら黙々と粛々と何かをしている事が性にあってるらしい。だがホウ・レン・ソウはしっかり出来る子なので何も問題はなかった。



 レミはこの屋敷の暇人……ではなく接客の1次対応を主にしており、それ以外の時はサラを手伝っているか爺の傍にいる事が多い。

 誰か来た際には誰が来たのかモニタで確認し、次の対応を爺に聞きにくる。さすがに馴れ馴れしい言葉遣いは客の前では行っておらず、客の前では使い慣れていない変な敬語で話しをしていた。

 暴虐なお姫様超絶ワガママ気質を出されるよりはよっぽどいいが、変な敬語はそれでいて何とも言えない愛嬌があるとも言える……かもしれない。


 爺はレミに指示を出すとレミは再び「てってってっ」と走っていった。爺は護身用のハンドガンを腰に差してから玄関へと静かに向かって行くのだった。



『誰もいないのかぁ?ノックしても誰も出て来ない』

『どうするべきか。ここで待つのもなぁ。てっきり誰かは屋敷の中にいると思ってたんだがなぁ』

『致し方がない、中に入って勝手に家人かじんを待つとしよう』


 来訪者は玄関扉の横の柱にあるインターホンには気付いていない。いな、そもそも「インターホン」という装置自体を知らないのだから当然の事のように使い方も知らない。


 隔絶された未発展の文明Lvの世界にいたのだから、江戸時代の人間が現代にタイムスリップするくらいにワケが分からないだろう。



 そして再びノックの音が響いていく。だが今の状況が変わる気配は一向になかった。



 然しながら悠長に待っていられない来訪者は、扉を開けて勝手に中へと入る事にしたのだ。それが犯罪行為にあたるとは理解していない。

 自分のいた村ではそれが当たり前の行為だったからである。



『えっ?!』


『おや?』

『これはこれは、クリス様で御座いましたか?』

『どうぞこちらへ』


 来訪者クリスが玄関の扉を開けて中に入ろうと1歩目を踏み出した矢先に、クリスは頭上から迫る「悪寒」を感じ取っていった。

 だからクリスは悪寒を感じた方を振り向いたのだが、そこには殺意に塗れた爺の拳が自分の頭の直上に迫っていたのである。

 クリスは爺の放つあまりの殺気に腰を抜かして、その場にと座り込んでいった。



ちょろ


「んんッ!?///」


 一方で爺はクリスと気付いた事で殺気と攻撃モーションを瞬時に解き、咄嗟に手を後ろに組むとどこかにいってしまった。


 当のクリスは腰を抜かした結果、立ち上がる事も出来ずに玄関先に放置されていた。




『先程は失礼致しました。アポイントも無くカメラにも反応が有りませんでしたので、盗人の可能性を考えた上での行動でした。申し訳御座いません』


『い、いやいやいや、突然来た此の身が悪かったのだ。こちらこそ申し訳無い』


『さてクリス様。本日はどのようなご用向きでこのお屋敷にいらっしゃったので御座いますか?』



 放置されたクリスは暫く放置プレイのままだった。爺は広間でおもてなし用のお茶を用意していたが、クリスが一向に現れない為に玄関まで様子を見に行く事にしたのだ。

 そうしたらそこで顔を赤くして腰を抜かしたままのクリスを見付けたので、急いで手を引いて立たせると広間に連れてきたのである。



『うむ、実は頼みがあって来たのだ』



-・-・-・-・-・-・-



『此の身がハンターかぁ。ぐふふふふ。にへへへへへ』


『おい、クリス、気持ち悪いからその笑いを止めなさい』


『だってだって、嬉し過ぎてニヤけてしまうのだ。ぐへへへへ。にゅふふふ』


 クリスは住居の中でニヤニヤしながら気持ち悪く笑っていた。そんなお花畑が出来上がる季節ではないのだが、頭の中に何かが湧いていたのかもしれない。




 そして更にちょっと話しは戻ってそれは昨日の事だ。



『親父殿!此の身は結界の外にいく!そして、ハンターになろうと思う』


『ぶほぉっ。げほっげほぉっ。クリス?一体何を言っている?』


『汚いぞ、親父殿!全く子供みたいな親父殿だな』

『だが、ハンターになると言うのはそのままの意味だが?何か問題でもあるのか、親父殿?』


『いや、だってな、お前……』


『親父殿は此の身がハンターになるのは反対なのか?』


『ッ?!』

『ふんッ、勝手にしろ!』


 ダフドが今後の村の方向性についての話し合いから帰ってきた直後で、喉を潤そうとお茶を飲もうとしていたところにクリスがやって来たのだ。

 ダフドはクリスのその行動に、「かつてのクリスに戻ったのか」とホッとしながらも、何も言わずにお茶を啜っていく。


 然しながらクリスが唐突に話した内容はダフドにしてみれば、青天の霹靂とも言えるモノであり、飲もうと思って口に含んでいたお茶を全て



 ダフドは突如としてクリスが決めた自分の将来に対して、文句の1つもないワケではなかった。だがクリスの目には覇気が戻っており、死相を浮かべた「病的な被写体」から明るくなった表現を見た途端に、考えていた文句はどこかへと旅立ってしまったのだった。



 クリスの意思は、決意から行動までの時間を取らせなかった。クリスはダフドに打ち明けてから迅速に行動し、次の日には荷物を纏めながらずっとニヤニヤして奇妙な笑いを上げていた。

 それをダフドに咎められても変わる事はなく、周囲の住人からはクレームがダフドの元に寄せられていたがこれは余談である。




『この村を出ていく決心はついた様じゃな?』


『はい。お世話になりました』


『ならば、行くが良い。ここにはもう、2度と戻って来られなくなるが、世界は広い。見聞けんぶんを広め、自分の居場所を作り上げなさい』


 クリスは荷物を纏め終えると長老の元へと挨拶に行き、そのまま旅立つつもりだった。

 だから挨拶を終えて洞穴から出てきたクリスの顔は、照り付ける眩しい陽の光の元で輝いていた。



『特に皆に別れは要らないな』

『じゃあ、行くかッ!』


ばさっ

 ばしぃ


『痛っ!誰だッ!此の身の頭を後ろから叩くのはッ!』

『あっ、親父殿?』

『それに同朋のみんな』


『なぁにが、「皆に別れは要らないな」だッ!この親不孝娘めッ!』

『それにしても親であるオレにまで何も言わず出て行こうとするとは、随分と勝手な娘だな。はぁ』

『ほら、見てみろッ!アイツも草葉の陰で泣いているぞッ!』


『なんとッ?!お袋様が!どこだ?どこにいるんだッお袋様?』


ばしぃ


『いるかッ!いてたまるかッ!』

『ほれクリス、忘れ物だ』


『親父殿、これはッ?!』


『1度はお前に授けた物だ。出ていくからといって置いて行かれても困る。これらも一緒に持って行け』


 2人の父娘漫才が終わりダフドがクリスに手渡した物は、炎龍討伐戦の時に少女に渡そうとした物。

 然しながら少女に断られダフドがクリスに渋々渡した物達だった。


 クリスはそれらがこの村の「宝」である事を知っていた。だからこそ自分の都合でこの村を出ていくのだから、その「宝」を返すのが礼儀だと考えた上で住居に置いて出てきたのだ。



 クリスは改めて「村の宝」を渡され受け取る事にした。それは「光龍こうりゅうお守りアミュレット」と「龍鱗剣りゅうりんけんスライスナーヴァ」という長剣ロングソードの2つだ。

 それらの「宝」を受け取ったクリスは、ダフドや同朋達の事を見詰め翠色の瞳を潤ませていた。



『それじゃあ、行ってくる』


『クリスも達者でなッ!』 / 『頑張ってこいよっ』 / 『救世主様に宜しくなッ』


『一人前のハンターになって、この村にまでお前の勇名が轟いて来る事を期待してるぞッ!』


『みんな、親父殿……』

『あぁ、ありがとう!』


 クリスの顔は既に曇っておらずその表情は晴れやかだった。ついさっきまで潤んでいた瞳すらもう曇っていない。空はクリスの表情を反映するかのような秋晴れだった。

 同朋達の応援と気持ちのいい風を目一杯広げた翼に受け取ったクリスは、大空へと羽ばたいて行ったが見送ってくれた同朋達の事は一度も見ずに、ただ前だけを見て飛んで行ったのだった。



 クリスの門出を見送っていた龍人族ドラゴニア達は、気持ち良さそうに飛ぶクリスの事を見えなくなるまで目で追い掛けていた。



『本当にバカ娘め……』

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