第43話 Benevolence Destroyer Ⅱ

「ふぅ、終わったわね。じゃあとっととケリつけましょうかッ!」

「これで完全にトドメにしてあげるッ!」


「我が手に集え、紅き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑すいりょくの大樹よ。我が手に集え、鮮黄せんおうの大地よ。我が手に集え、金色こんじきなる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりてッ!?」


 少女は瀕死だった炎龍ディオルギアが完全回復して現れた事を忘れていなかった。だからこそ瀕死になるくらいまで削りその後に拘束してトドメ…の予定だった。


 だが次の瞬間、炎龍ディオルギアの目が怪しく光っていた。


 少女は決して慢心していたワケではない。しかしながら「終わった」と考えて油断していた。

 「やっと依頼クエスト完結コンプリート出来る」と気が緩んでいたかもしれない。



 炎龍ディオルギアは、少女がトドメの一撃の為に詠唱しているその一瞬のスキを見極めていた。そして自分の弱点属性であり、本来ならば簡単には解く事の出来ない金属性の拘束をいとも容易く打ち破ると、少女に対して爪撃を放っていったのである。

 それはまるで煩いハエを叩き落とすかのように。



ヒュゥン


ザシュッ


「ガハッ」

「う……そ……でしょ?」

「チ……ト、はんた……い」


 少女の口から鮮やかな色をした血が吹き出ていった。斯くして少女は炎龍ディオルギアの爪撃をその身に受け取り、その衝撃に因って吹き飛ばされていくのだった。




「お嬢様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁぁぁぁッ!!!」



ドシャっ


「じぃ…?」

「そっか、さっきのも、じぃが?」

「ありが……と……きてくれたんだ……ね」


 誰かの叫び声を少女は確かに聞いた。それは聞き覚えのある声だった。

 炎龍ディオルギアの一撃を受けてしまった少女は、朦朧もうろうとする意識の中で聞き覚えのある声を聞いた気がしたのである。

 そしてその声の持ち主が自分を案じてくれる家族のモノだと分かった時に、少しだけ微笑んだ後でその瞳は力無く閉じられていき、一筋だけ溢れたモノが大地を濡らしていた。




「シソーラス行きますよッ。一刻も早くお嬢様をお助けする為にも先ずはアレを止めなければなりませんッ!」

「外装変更、対魔獣戦闘用軍装・タケミカヅチ!」


「対魔獣戦闘用軍装・タケミカヅチ変更完了マデ、アト15秒」

「15」・・・・「10」・・・・「5」・・・「1」

「完了シマシタ」


「次っ!シソーラスッ、砲用意ッ!」


「砲ヲ展開シマス。展開完了マデ、アト5秒」

「展開完了シマシタ」


「装填、神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ!」


「砲身ヲ魔術砲弾用に変更シマス。変更完了マデ、アト10秒」

「10」・・・・「5」・・・「1」

「完了シマシタ。続イテ神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ装填完了シマシタ」

「照準セットノ指示ヲ下サイ」

「手動照準デアレバ発射ハイツデモ出来マス」


 シソーラスは爺から受ける全ての命令を忠実に実行していく。

 外装は悪路走破用から一転し戦闘用兵器としての装いに変わっていった。




 シソーラスの兵器運用は至極単純だ。シソーラスは「軍装」を用いると先ず下廻り一式が履帯りたいに切り変わる。


 更にトランクから後は駐退復座機ちゅうたいふくざきが構成されていく。駐退復座機ちゅうたいふくざきがあれば本来は車体が後退するのを防げるが、一般的な戦車と違ってシソーラスは重量が軽い為に、駐退復座機ちゅうたいふくざきのみでは反動を抑えきれずに車体が後退してしまう。

 その事から駐退復座機ちゅうたいふくざきからはアンカーボルトが地面に向けて射出され、地面とシソーラス自体を縫い付ける事で車体の後退を防いでいる。

 従って砲を展開兵器運用すると移動不可能になる。ちなみにその事から少女はシソーラスの事を「砲台」という認識でいる。


 その状態になってから初めて天井部分には、後方の駐退復座機から伸びた1門の砲が現れる。

 砲身長が6280mmの71口径長もあるこの砲は、魔導工学に拠って造られており、砲身内径内であればとなっている。要はピストルの弾丸でも撃てるという事だ。(今までにそれを実行した事は言わなくても分かると思うが……無いを通り越して有り得ない)


 更には多種多様な通常砲弾の他に、様々な種類の「砲弾」を撃ち出す事も可能という、チート級兵器でもある。

 だからこそ戦争屋なら1家に1台ならぬ1シソーラスだ。まぁ余談はさておき。


 尚、通常砲弾以外の特殊砲弾を撃つ場合には、それに応じた専用変化を行い壊れないように設計されている。



 先程爺が装填を指示した「神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ」は概念魔術を使った魔術砲弾である。

 「神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ」は日本神話に登場する一振りの刀の名であって、現存は確認されていない。


 そしてこれは先の「魔槍展開・美女降臨ゲイ・アイフェア」のようなエセ神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテムの「概念ファンタスマゴリア」の模倣ではなく、神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテム概念ファンタスマゴリアを模倣したな概念魔術と言える。

 拠って神刀展開・生殺天羽イツノオハバリが正統であるならば魔槍展開・美女降臨ゲイ・アイフェアは異端である。



 シソーラスはその車内に魔術を砲弾として蓄えておく事の出来る宝玉を3つ抱えている。それは「魔術であれば蓄えておける」と仕様の表記があったのだが、極大アルティメッ魔術ト・シリーズは実験の結果、宝玉内に蓄えておけなかった過去があるがこれは余談だ。


 拠ってシソーラスの宝玉の最大火力は概念魔術になるだろう。まぁ、威力だけならそれを超える魔術がないワケではないが、それだと魔術である必要もない事から除外しておく。



 少女はその過去に、「せっかくなら」と神造エンシェントユニ兵器ーク・アイテム概念ファンタスマゴリアを完全に模倣する為に試行錯誤を繰り返した事があり、そうして出来上がった内の1つが神刀展開・生殺天羽イツノオハバリである。

 だからこそ、その威力は折り紙付きだ。



 ちなみにシソーラスが魔術砲弾として撃てば、その宝玉内に蓄えられている魔術の術式は失われる。拠って宝玉に魔術を再度装填しなければ、その宝玉からは何も撃つ事が出来なくなる理屈になるが、それは当然と言える。

 結果としてシソーラスを砲台として魔術砲弾運用するなら、戦略的な運用に於いては3発が限界という事になる。

 何故ならば4発目からは魔術を再度宝玉に「装填」しなければならなくなる。拠って、それをするならば直接敵に対して撃ち込んだ方が早いので、これもまた当然の事と言えるだろう。



「いきますよ、シソーラス」

「照準、炎龍ディオルギア直上20m」


「照準セット、完了シマシタ」

「オート発射、スタンバイ完了」

「イツデモ発射可能デス。御指示ヲ」


「術式展開、神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ。シソーラス、発射用意!」

「てーーーーッ!」


「対ショック性能最大」

「反動ニ御注意下サイ」


ドッッッッッゴオオォォォォォォォォン


 シソーラスの砲から轟音と共に撃ち出された「神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ」は、放物線を描いて狙いを付けた場所まで飛翔していく。


 撃ち上げられた「神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ」は炎龍ディオルギアの直上に到達すると、巨大な刀となって、そのまま炎龍ディオルギアの肩から下腹部に掛けて貫通しそのまま大地に突き刺さっていったのだった。



ごごごごごぉぉおおおぉぉぉぉん


グッグギャーーーッスグギギギグギギギャーッ


 炎龍ディオルギアは4度目になる絶叫を奏でながら必死にイツノオハバリの拘束を解こうと暴れていた。然しながら「蛇殺し」と「火の神殺し」という2つの概念を模倣もほうしている「神刀展開・生殺天羽イツノオハバリ」は、炎龍ディオルギアにとっては「天敵」とも言える概念ファンタスマゴリアである事から、それは容易ではなかった。


 炎龍は古龍種エンシェントドラゴンであり、龍種ドラゴンは蛇ではないし、炎龍は火の「神」でもないが類似の特徴を持つ為に概念ファンタスマゴリアは適用される事になる。



 簡単に言ってしまえば、「概念」とはエラく曖昧なものだったりするのだ。ドンピシャに対しては絶対的な力を誇る上に、類似する場合にも効果を適用する。

 適用される効果は100%ではないにしろ、それは力を削ぐ事デバフには変わりない。

 だけれどもそれはデバフに限らず、概念を用いたバフも同様に効果を齎してくれる。



 拠ってその概念ファンタスマゴリアの効果は、「イツノオハバリ」の拘束を解く為に暴れている炎龍ディオルギアの、イツノオハバリしていったのである。

 即ち炎龍ディオルギアは自身と大地を結び付けている、イツノオハバリに対する能力無効化デバフを受けた事から、拘束を解けずジタバタと暴れる事しか出来なくなったと言い換えられるだろう。



「シソーラス、次いきますよッ!」

「続いて装填。APFSDS」


「砲身ヲ通常砲弾用に変更シマス。変更完了マデ、アト10秒」

「10」・・・・「5」・・・「1」

「完了シマシタ。続イテ、APFSDS装填完了シマシタ」

「照準セットノ指示ヲ下サイ」

「手動照準デアレバ発射ハイツデモ出来マス」


 爺が装填指示した徹甲弾はその名称をAPFSDS(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot)と言う。

 または装弾筒付翼そうだんとうつきよく安定徹甲弾あんていてっこうだんとも呼称される戦車砲弾だ。


 この砲弾は運動エネルギーに因る貫通と破壊を齎す徹甲弾であるとされている。初速は約1500m/sにもなり、そこから発生する現象に因って貫通力が非常に高いのである。

 射出された砲弾は超音速で飛翔し「侵徹」という現象を引き起こす。「侵徹」の説明は省くが、それによって少しの穴からでも内部に侵入し被害を与える事が出来るのだ。

 更には命中時にそこを起点として、大規模な衝撃波が発生し2次被害をもたらしていく事から、地球で起きた戦争時には「人道的ではない」と危険視された事もある。


 本来は装甲の硬い戦車を撃ち抜く事を意図して開発されているが、対する炎龍ディオルギアはそれ戦車以上に硬い。従って徹甲榴弾や並の徹甲弾では貫通力が心許ない事から選んだ砲弾だった。

 そして砲弾が炎龍の装甲を突き破りさえすれば、身体内部から破壊出来るメリットもあるので、多少値段が張るがそれは仕方のない事だ。


 然しながら、どの程度の硬さなのか実際のところは分からないのが事実だった。だから爺は先ずヘッドショットを狙わずに、正中線生物の身体的急所上を狙う事にしたのである。



「照準、炎龍ディオルギア鎖骨間中央」


「照準セット、完了シマシタ」

「オート発射、スタンバイ完了」

「イツデモ発射可能デス。御指示ヲ」

「シソーラスいきますよ。APFSDS、発射用意!」

「てーーーーッ!」


「対ショック性能最大」

「反動ニ御注意下サイ」


ドッッッッゴォォン


どごぉぉぉぉぉん


 再びシソーラスの砲門が火を吹き轟音と共に砲弾が射出された。撃ち出されたAPFSDSは、「弾体」と呼ばれるダーツの矢のような部分のみを残して、残りの部分は切り離されて落下していく。

 従ってその弾体のみが炎龍ディオルギア目掛けて飛翔していった。


 約1500m/sの速度で射出された砲弾は、1秒も掛かる事なく炎龍の首の根本部分に突き刺さっていた。

 単体は完全に貫通するような事はなく、突き刺さり内部で止まった砲弾は2次加害である大規模な衝撃波を引き起こし、炎龍ディオルギアの身体の中から爆発するという形で姿を現していったのである。

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