第42話 Benevolence Destroyer Ⅰ

「ちょっとちょっとなんなの、アレ?」

「もう、反則よ反則!チートじゃないけど、反則よッ!」


 少女は驚きを隠せなかった。いな、それ以上の恐怖すら感じていた。


 炎龍ディオルギアは自らを炎で包み込んでいく。そもそも炎龍自体が「炎」をつかさどる龍である事から、火に対する抵抗レジストは高い。

 それでも火に対する抵抗は高くても「無効化」では無いだろう。

 そんなコトはありえない。拠って自分の身にまとえば必ずその身は「焼ける」のが当然だった。


 炎龍ディオルギアは纏った炎にその身を焼かれる事になっても、少女からの攻撃を防ぐ事を選んだのだ。

 更に炎龍ディオルギアは翼を再びはためかせると、再び空へと舞い上がっていく。



 少女はそんな想定を一切していなかった。古龍種エンシェントドラゴンは魔獣とは一線を画す存在とされるが、扱いは魔獣であり生物に変わりはない。


 本能に縛られる生物である以上、自傷を伴った防衛など聞いたこともない。そんな事をして下手をすれば死ぬ事すらもあり得るのだ。

 自殺をする魔獣の話しなぞ聞いたこともない。


 「あるハズがない」拠ってその気持ちは変わらないし変わりようがない。

 本能に支配された魔獣が、自己の本能を否定する事なんてあり得ないのだから。


 だが身を護る為に目の前の古龍種エンシェントドラゴンは、自傷を伴う防御をしている。それは凄く異質だが、それに因って少女は攻撃をする手段を封じられたに等しいのである。


 炎龍ディオルギアが身に纏っているのは、炎龍が放っただ。火は当然の事ながら現象であって物質ではない。

 だから質量を持っているのであれば、それは火球と言うよりはどちらかと言うと熔岩に近いのかもしれないが、どちらにせよ超高温の鎧である事に変わりはない。


 恐らくは近寄るだけでヒト種である少女の皮膚は焼けただれ、肺は機能しなくなるだろう。銃弾を放っても当たる前に融解するか、燃え尽きてしまうかもしれない。

 せめて高火力の魔術が使えれば戦局は変わるだろうが、炎龍ディオルギアがそんな時間をくれるとは思えなかった。



 炎龍ディオルギアは近寄るだけで少女に対して、熱に拠る攻撃が出来るようになったワケであり、付け加えれば翼で羽ばたく行為はそれだけで周囲に火炎弾を撒き散らす事にも繋がっていた。

 更に少女が距離を取れば、息吹ドラゴンブレス容赦ようしゃ無く吐いてくるので、詠唱している時間も余裕も何1つとして無くなってしまったのだった。



「こうなったらデバイスで魔力弾を撃つくらいしか攻撃は出来ないわね。それに精霊石も有効そうなのがあるにはあるけど……」

「焼け石に水ならぬ、焼け石に金じゃあどうにか出来る気がさらさら起きないわ」

「少しの間だけでも動きを止めてもらえれば策はあるんだけど、この状況じゃ牽制しながら様子見が限界よね」


 少女が現在持っている上位の精霊石は、火が3個に木が2個。土が1個と金が2個でそして水がゼロである。


 この場合だが火に対する弱点属性は金しかない。だが物理的に超高温の鎧を纏っている事から、金属性では融解させられる気しか起きない。

 弱点属性ではないが物理的に土属性を使って、超高温の鎧を剥ぎ取れれば使い道も出てくるかもしれないが、現状ではなんとも言えなかった。

 先程は奇襲だったから使えた「竜巻アーストルネード」も飛び回られれば効果を全く期待出来ない。

 結果として打つ手は全く無い、手詰まりとしか思えなかったのである。



 このまま周囲を焼け野原にし続けて飛び回っていれば、いつか自分の炎に焼かれて炎龍ディオルギアは焼失するだろう。それを待つ以外に討伐は難しそうだった。

 その前に鎮痛と強化魔術エンチャントが切れて少女の方が明白だが……。




 少女の元に突如として「バシイッ」という音が耳に入って来ていた。それは何かが炎龍ディオルギアに直撃した音だった。


 少女はその音を聞き付け炎龍を見ると、何かが直撃した場所の炎の鎧は崩れていたのだった。更には少し経ってから「タタァーン」という音が遥か彼方より響いて来ており、響いてきたのはどうやら狙撃音のようだ。

 が、炎龍ディオルギアに当たった後から、遅れて聞こえてきた様子である。



「狙撃?一体どこから?その前に音が後から響いてくるって、どういう事?」


パシイッ

パシイッ

パシイッ


グガガアァァァ


パシイッ


 少女は混乱していたが、狙撃はその後も立て続けに炎龍ディオルギアに対して命中していく。


 更には炎龍に対しての狙撃が命中した場所は、炎の鎧が剥がされ着弾付近から徐々に凍り付き始めていったのだった。それは通常弾ではあり得ない現象なので推測出来るのは1つだけだ。

 恐らく弾頭にスカディの精霊石を用いた精霊石弾を用いて、何者かが狙撃しているのだろう。



 合計で15発。これが炎龍ディオルギアに着弾した精霊石弾の数だった。

 それに拠って炎龍ディオルギアが纏っていた炎の鎧は、上腹部から下腹部にかけてそのほとんどががれ落ち、その身体は凍り付いていた。


 付け加えると翼も一部分に着弾した様子で凍っているのが分かった。その為に飛ぶ事の安定性が取れなくなった様子でフラフラとしていた。




 狙撃銃スナイパーライフル・AWM(Arctic Warfare Magnum)はボルトアクション式の狙撃銃で、最大射程は1500mにも及ぶ。

 放たれる弾丸の初速は約900m/sであり、放たれた弾丸は音よりも速い超音速となって飛来する。

 その事から着弾地点までの距離があれば、着弾後に銃声が聞こえるといった現象を引き起こすとされるのだった。



 炎龍ディオルギアを狙撃した者は、通常弾ではなく精霊石弾と呼ばれる特殊な弾丸を使っていた。精霊石弾は通常弾を加工する事で作るコトが出来る、特殊な弾丸である。

 製法は企業秘密とされている事が多い為に分からないが、弾頭部分に精霊石をという事だけは公表されている。

 拠って着弾すると、その混ぜ込まれた精霊石の効果を対象に引き起こす事が出来るのだった。



「誰が、やるなら今ね」

「まぁでも、ありがとッ」


 少女は剛龍の剣エルディナンドソードを片手持ちから両手に持ち替えると、構えてそのまま空を駆けていく。

 そしてそのまま炎龍ディオルギアの炎の鎧が剥がれた腹を目掛けて突撃していったのだった。



「喰らえッ。破竜の型あぁぁぁぁ!」


グギギッ


「どぉだッ。更にこれならッ!」

「豪炎の型ッ!うららららららららッらーーーぁぁぁぁぁッ!」


グギィガアァァァァァァァ


 剛龍の剣エルディナンドソードの切っ先が、凍っている炎龍ディオルギアの腹に当たったその瞬間に少女は型を放っていった。

 斯くしてゼロ距離から放たれた不可避の刃は、瞬時に炎龍ディオルギアの身体を斬り刻み、引き裂いていく事になる。


 炎龍ディオルギアはゼロ距離から放たれた「破竜の型」に拠って、開腹させられる事になったのだ。

 執刀医はモチロン少女だが、当然のコトながら医師ではない。



 話しを戻すと少女は更にその後の「豪炎の型」の連撃に拠って、開腹した穴を拡大しながら腹から背に向けて強引に貫通していく。


 こうして通算3度目となる炎龍ディオルギアの絶叫が響き渡っていったのだった。



 少女は一連の動きで腹に開けた大穴を、背中側に飛び出したが、背中側はまだ炎の鎧を纏っている為に、急ぎ速度と高度を上げて距離を取っていく事になった。


 炎龍ディオルギアを貫通した少女の全身は、髪の毛の先からブーツの先端に至るまで返り血で真っ赤に染まっていたが、そんなコトを気にしている余裕は無かったのである。



「肺をちょっと焼かれたかしら?息が苦しい。でも、やるなら今がチャンスね!」

「デバイスオープン、精霊石ノーム、ガンに宿れ!」

「バーストッ!大地讃頌アーストルネードおぉぉぉぉぉ!」


どごごごおぉぉぉぉぉ


グルッググググググオオォ


「今度は墜ちないのね?それじゃ墜ちたくないなら、ッ!!」

「デバイスオープン、精霊石アウラ、ガンに宿れ!」

金鎖剛刃ダブルクロスチェインッ!」


 ガンから大質量を持った土の竜巻アーストルネードが、本来の使われ方とは違う使われ方で、再び炎龍ディオルギア目掛けて襲い掛かっていった。


 上空から大質量の竜巻アーストルネードを浴びせられた炎龍ディオルギアの炎の鎧は、見事に消失させられていき、それと同時に周辺の火災は鎮火していった。

 だが炎龍ディオルギアは学習したのか、今回は墜落せずに上空に留まっていたのである。


 拠ってダメ押しの1発で少女は炎龍を拘束する事に決めた。

 汎用魔力銃ガンから放たれた「金鎖剛刃ダブルクロスチェイン」は炎龍ディオルギアを剛刃で刻みながら、その身体を締め上げていったのである。

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