第36話 Flame Creator Ⅲ

「いたわね。やっぱり寝ている。それにしてもデカい!あそこまでの大きさだと、アタシが洞窟の中を逃げても追い掛けて来てくれないかもしれないわね」

「でもそれだと作戦が台無しになってクリスが慌てふためいちゃうから。めいっぱい怒らせて付いてこさせないとッ!」


かちゃ


「ッ!?ちッ。駄目ね。位置が悪過ぎる」

「頭に風穴開けるのが手っ取り早かったんだけどなんであんな寝方をしてるのよッ」

「まぁ仕方が無いか…。それなら、翼の付け根か、脊椎せきついを狙うしか無いわね」

「じゃあ、いくわ…よッ!」


 少女の本来の狙いは頭だった。マトとしては小さいが当たれば生物にとっての致命傷は避けられないからだ。

 だからこそプローブを伸ばし息を潜めて照準器を覗き込んだが、残念ながら少女の位置からでは頭は狙えなかった。


 狙えないのであればワザワザ起こしてまで狙う必要はない。死ぬワケにはいかないので、そんなハイリスクな戦術は取れない。従って次の目標は機動力の奪取になる。

 脊椎を狙えば機動力は大幅に奪えるが、翼が無事なら飛ぶ可能性がある。拠って空を飛ぶ事の出来る龍種ドラゴン相手だと、飛ばれるのが一番厄介と言える事から、少女の選択肢は「飛行能力をもぎ取る」一択になっていた。


 少女は狙いを頭から右の翼の付け根に切り替えると、躊躇ためらう事無くトリガーを引いていく。



ぼしゅうッ


 軽い破裂音と共に少女の後方にカウンターマスが排出される。排出されたカウンターマスは広範囲にキラキラと拡散していた。

 だが、そんな事を悠長に眺めている場合でもないのは当然のコトだ。


 一方で少女の正面では弾頭が照準器で指し示していた場所に目掛けて、放物線を描き飛翔していく。弾頭は内部のロケットモーターに点火し速度を上げると、今も就寝中の炎龍ディオルギアの右の翼の付け根に見事着弾したのだった。



どごぉッ

どおぉぉぉぉぉぉん


グッギャアァァァァァァァス

グルルルルォッス


 炎龍は辺りを見回していく。突如として沸き起こった自分の身体の痛みに対して、現状の理解が及んでいない。それ故に自身に何が起きたのか調べようと周囲を見回していったのだ。

 その様子を見た少女は自分に向けて注意が向けられていない今を、好機チャンスと詠唱を始めていく事にした。



「我が手に集え、光の力よ!我が敵を穿うがつ牙となりて、疾走はしれ!光閃剛槍スフィア・ランス!」


「我が手に集え、鋼の力よ!我が敵を穿つらぬけ!鋼重剛槍クリスタル・ランス!」


「我が手に集え、水の力よ!我が敵を刻め!氷柱鋭刃アイシクル・ブレード!」


どごごごごごごごごごご


 鈍い音が洞窟内に響いていく。少女が放った3つの属性魔術はLAMでダメージを負った翼の付け根付近に追撃の一手を与えていったのだった。



 炎龍は言わずとも火属性の属性龍である。本来であれば火龍と評されるのが正解だが、他の五大龍ペンタドラゴンと比べてその力が強大である事から火龍から炎龍に格上げされた経緯がある。拠って中位でありながら上位に片足を突っ込んでいると言われている。


 そんな炎龍だが属性的な弱点は存在する。基本属性は隣り合う属性に対しては相反する為に強い。

 逆に隣り合わない属性に対しては弱い。(光属性と闇属性は除く)


 拠って基本属性は木火土金水の5種である事から火属性の隣は木と土になる。従って少女は炎龍ディオルギアに対して弱点属性の金属性の鋼重剛槍クリスタル・ランスと、水属性の氷柱鋭刃アイシクル・ブレードを使ったのだ。

 ちなみに光属性の光閃剛槍スフィア・ランスも、火属性の弱点となり得るので補足しておく。



 LAMに拠る攻撃と3つの属性魔術を浴びた炎龍ディオルギアは無傷ではないものの、討伐せしめる程のダメージでも無かった。そして周囲を見回していた炎龍ディオルギアは、魔術が飛んで来た先に少女の姿を見付けていた。


 炎龍は痛みに我を忘れ、怒りに我を忘れ腹の減り具合などを気にする事無く怒り狂っていったのである。



ボッ……ボッ…ボッボボ


「嘘でしょッ!?」

「ここで、息吹ドラゴンブレスを吐くつもり?」

「仕方ないわねッ!デバイスオン、ガンモード。続けてデバイスオープン、精霊石スカディ。ガンに宿れ」

「くそッ!間ーにー合ーえーーーッ!バーストッ!!凍盾征製ダイヤモンドダストォォォお!」


 炎龍は怒りのあまりに自身の最大の切り札である、息吹ドラゴンブレスの前兆を取っていた。少女はそれを見るやいなや焦りながらも対抗策を急遽全力で撃つ事にしたのだ。

 そうでもしなければ灰も残さずに消滅する運命になるから仕方がないと言えるだろう。



 少女の精霊石魔術ダイヤモンドダストと炎龍の息吹ドラゴンブレスは少女の方が一瞬だけ速かった。その一瞬で少女は救われたと言えるかもしれない。



 水の上位精霊石の力を借りてデバイスのガンから放たれたダイヤモンドダストは、目の前のその空間を極低温の世界に創り変えていく。それに対して炎龍は、超高温の息吹ドラゴンブレスを極低温の世界の中で吐いた。


 一瞬の差は歴然だった。先に息吹ドラゴンブレスを吐かれていたら最大火力の息吹ドラゴンブレスを相手にしなければならなかった。

 そうなってはいくら水属性が弱点属性とは言っても火力差は歴然だ。


 だが逆に先に凍盾征製ダイヤモンドダストで極低温の世界を創った事で、息吹ドラゴンブレスの威力は半減していた。何故ならば物を燃やすには3要素が必要だからだ。



 可燃物-酸素-熱源のいずれか1つを消せば火は消える。炎龍の息吹ドラゴンブレスは超高温の火炎放射器と同じであり、酸素がなければ継続して燃やし続ける事は出来ない。

 拠って凍盾征製ダイヤモンドダストで創られた世界は酸素を液化させ、更には凝固させていった。更には炎龍ディオルギアから熱源をも奪っていく。


 結果として極低温の世界に超高温の炎は存在出来なかった。然しながら吐き出された直後の息吹ドラゴンブレスは超高温であり、凍った酸素を瞬時に溶かしていく。

 拠って奪われた熱源は瞬く間に回復していく。


 結論、その威力は半減する形で、


 異質で強力な2つの力は、お互いが存在する矛盾を打ち消す様に異常燃焼に因る小規模な爆発を幾重にも巻き起こしていく。

 その連続する小規模爆発の衝撃と振動は洞窟内を崩落させていったのである。



「がはッ」

「痛ったぁ!もうッ!痛いじゃない!痛てててて」

「やっぱり流石にノーダメージってワケにはいかなかったわね」

「でも、そうしたらここにいたら危険だわ。ここから急いで離れないと」


 少女は間近で起こった爆発の衝撃に身体を持っていかれ、壁に勢い良く叩き付けられていた。身体中に鈍い痛みがはしっている。だがここにいれば崩落に巻き込まれるのは明白だった。

 だからこそ痛みを押して急いで戦線から離脱する事にしたのだ。炎龍がこの程度で討伐出来るハズもないし、一時戦線離脱しても再びまみえる予感はあったからだ。



 一方で炎龍は混乱している。攻撃を受けた事もそうだが、少女が放った凍盾征製ダイヤモンドダストは炎龍の熱源を奪った事で末端に行けば行く程に、炎龍ディオルギアの身体を容赦無く凍り付かせていた。その事が炎龍の行動を不自由にさせている。

 更には自分の棲家が崩落を始めた事も追い打ちを掛けていた。


 凍り付き不自由な身体は混乱していたから、手っ取り早く炎で焼いた。崩れゆく棲家から逃げる為に翼を広げ羽ばたいたが、混乱してる事とは関係なく飛ぶ事は出来なかった。

 何故ならば翼の付け根がLAMの一撃に因って抉れており、飛ぶ力が奪われていたからだ。




 クリスは迷っていた。少女が洞窟に入ってから既に20分近くが経過しようとしている。

 クリスがいる位置からは太陽は見えないが、辺りは次第に薄暗くなってきていた。それは夕暮れ時で日没が迫っている事を示している。



 途中で1度、外まで爆発音が聞こえ叫び声の様な音が響いて来ていた。それから幾ばくかの時間も経たない内に、今度は幾つかの爆発音が聞こえた。



 それからはずっと大地が揺れている。少女はLAMを1本しか持って行っていない。だが起きた爆発は複数回。

 それがクリスに違和感をもたらしていた。


 然しながら少女の指示は「ここで炎龍ディオルギアが出て来るのを待つ事」であり、「出て来たらLAMを撃つ事」だ。なのでどうしようもない違和感を覚えながらも、心細くなりながらもクリスはひたすら待っている。



『ん?何かが近付いて来ている!?』


ウウゥゥゥ

ウオォォォォ

グルルルルゥ


 クリスは何かの気配を感じ取っていた。それは速いスピードでクリスに向かって近付いて来ている。


 クリスが振り返るとそこには、いつの間にか少女のガルムファミリア達が集まり唸り声を上げていた。


 ガルム達はクリスの後ろを向き一様に唸っている。クリスは敵の気配を察知し担いでいたLAMを優しく地面に降ろすと、「すらっ」と長剣ロングソードを抜くのだった。




 空は紫色のマジックアワーとなって辺りには既に夜のとばりが降り始めている。その闇に乗じて何かが集まって来ていたのである。


 クリスは長剣ロングソードを握り締めている。クリス達の周囲には既にマジックアワーの薄い光を浴びている何かが、目を赤く光らせながらクリス達獲物を見詰めていた。

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