第35話 Flame Creator Ⅱ

 少女は討伐戦を急ぐ事にした。ダフドの話しを聞く限りでは明日の早朝には炎龍は動く可能性が非常に高い。そうなれば被害の拡大は目に見えて明らかだ。


 現時刻はもう既に昼を過ぎているが、今から急いで向かえば夕方には炎龍ディオルギアの棲家に着くだろう。しかしそれだと少女が今までに構築した戦略が完全に崩れる事になる。

 更に夕方を過ぎれば魔獣が出現する危険性も出て来る。


 少女は急ぐ事を決めた上で決断を迫られていた。



『仕方ないわね。ちょっとアタシは席を外すからクリスは準備を進めて。装備の確認と、セブンティーンから持って来て欲しい物があるんだけど。いいかしら?』


『承知した』


 少女はクリスがセブンティーンに向かった後でデバイスを使ってどこかに通話していた。そして通話が終わると暫くして、クリスはLAMを3本持って帰って来た。



『これでいいのか?』


『えぇ、そうよ。クリスありがとッ』


『それにしてもあのセブンティーンはなかなか優秀だな。「らむ」と言ったらスグに出てきた。この村に来る前に走った時も色々な車とすれ違ったが、他の車もみんなあんな感じなのか?』


『それはどうかしら?』

『そもそもセブンティーンは「特別仕様車」だからねッ!』


 少女はクリスの他愛もない質問に応えウインクを返していた。だが「特別仕様車」と言われてもクリスとしてはサッパリだったが、特には気にならなかった。


 最終的に少女が下した決断は「これからスグに炎龍討伐戦に向かう」という事だ。それに拠って少女が前もって立てていた戦術は白紙に戻った。

 一方でクリスには、まだ戦術と戦略の大事な部分は何1つ話していない事から向かった先現地で話す事にした。



 少女は出掛ける間際にダフドに対して耳元で話しをしてその話しが終わるとクリスと共に早々に炎龍の元に向かっていった。


 クリスは不思議そうに『親父殿と何の話しをしていたのだ?』と少女に尋ねたが、『打てる準備は色々としておかないとねッ』と返されるだけだった。




 2人は空から炎龍の棲家へと向かっていく。せめてもの時間短縮の為だ。太陽はあと2時間もすれば陰り始めるだろう。

 そうなれば魔獣とまみえるリスクも背負わなければならない。


 炎龍の棲家を監視しているガルムファミリア達からは特に現時点に至るまで連絡は無い。それならば炎龍ディオルギアは中にいてくれているのだろう。

 炎龍がどこにも行かずその棲家で寝ている今が、絶好の好機チャンスかもしれない。



「今夜は長くなりそうだな」



 少女のバイザーには1つだけ大きな光点がある。それは炎龍ディオルギアが在宅中という事を示している。


 少女は洞窟から少し離れた場所に着陸した。クリスも少女と同様に降り立っていく。

 ここからだと炎龍ディオルギアの棲家である洞窟の、



『じゃあ、説明するわね』


『お願いする』


『先ず、クリスには援護射撃を行ってもらおうと思ってる』

『さっきクリスに持ってきてもらったLAMを使ってねッ!』


『此の身にも使えるのだろうか?』


『大丈夫よ。タイミングとやり方さえ間違えなければ使えるわ!』


 少女は先ず、クリスにLAMの使い方を教える事にした。少女の目論見もくろみではクリスが炎龍ディオルギアに与えられる有効打は、現状の装備では「ない」を通り越して「あり得ない」からだ。

 それは龍人族ドラゴニアに伝わる長剣ロングソードを装備しても変わらないだろうと推測出来る。

 それ故にLAMの使い方を覚えて、炎龍ディオルギアにダメージを与えてくれた方が戦略の幅が広がると考えたのだった。


 それにLAMが扱えれば炎龍ディオルギアの正面にわざわざ立つ必要がなくなる。それは少なくともクリスの生存確率を上げる事に繋がるだろう。


 そんな少女の思惑通りに、クリスはLAMの使い方を必死に覚えていく。そしてクリスは少女から2本のLAMを渡され、「炎龍ディオルギアがあの出入り口から出て来たら1本目のLAMを撃つように」と言われたのだった。



『炎龍はあの出入り口は使えないのではなかったか?』


『そぉね。本来ならば使えないと思うわ』


『それなのにあの出入り口から出て来ると断言出来るのか?』


『えぇそぉよ!じゃあさ考えてもみて?』

『目の前に獲物がいてそれを追い掛けるのにワザワザ火口から外に出てたら逃しちゃうでしょ?』

『だから絶対に追い掛けてくるのよッ!』


『だが、その話しだと誰かがが獲物役をやる必要がある。貴殿がそれをやるつもりか?』


『えっ?何を言ってるの?そんなの当たり前でしょッ?!』


『ほ、本気なのか?』


『えぇ、モチのロンよ!それにアタシが行って炎龍を怒り狂わせるつもり』

『そうすれば身体のサイズ的に出られなくても無理に出ようとして絶対に出入り口で詰まるわ』

『相手が動けなくなったら、それって結構いいマトでしょ?』

『だからアタシに策アリ…よッ!!』


『……分かった。ところで、らむの2本目はいつ撃つのだ?』


『1本目は出て来た直後。それは牽制のつもりもあるから必ず。2本目は炎龍の動きが止まったら機会を見て撃って』

『もしも出入り口で詰まったらその時でもいいし、強引に外に出て来たら動きが止まった時でもいいわね』

『でもここからじゃ多少距離があるからもうちょっと近寄りましょうか!』


『う、うむ。分かった』


 こうして2人は洞窟の更に近くまで歩を進めていく。理想は身を隠す事が出来て、更にLAM着弾までの時間が比較的短い場所だ。そんな距離感で身を隠せる場所を探していった。

 推定で出入り口まで直線距離にして200m。前方に比較的大きめの岩があってしゃがみ込めば隠れる事も出来る。

 そんな場所が想定外にも早く見付かったのだった。



 LAMの有効射程は目標が動かない静止物であれば500m。だが今回は静止物ではなく動く事が想定される。それならば目標までは、なるべく近い方がいい。

 しかし近過ぎると相手が相手だけに生存確率が一気に下がる。拠ってマトが大きいから、ある程度の距離があっても問題はないと判断した。



『クリスはここの岩場に隠れて、炎龍ディオルギアが出て来たらLAMを撃って。撃つ前にプローブを伸ばすのを忘れたら駄目よ』


『心得た。必ず完遂してみせようッ!』


『じゃあ、行ってくるわね』


 少女は最後のLAMを担いで出入り口に向かっていった。少し遠いがクリスの隠れている位置からでも、少女の小さな背中がちゃんと見えていた。




 少女のバイザーは暗視モードにしてある。その為に灯りがなくて真っ暗な洞窟の中を、難無く進む事が出来ていた。


 洞窟の中腹辺りまで来ると1度だけ索敵モードに切り替え、炎龍の様子を窺う事にした。バイザーに映し出される光点の位置は先程までと変わっていない。

 それは即ち棲家の中で炎龍ディオルギアは、寝ている可能性が高いという事になるだろう。少女は再び暗視モードに切り替えると洞窟の中を進んでいく事にした。



 少女は洞窟内を探索しながら進む。ここに来るまで洞窟内で身を隠す事が出来る場所は幾つもあった。

 討伐戦が開始したら優位性アドバンテージを取る為にも、戦闘領域の下調べは重要だ。そしてそれは自分の生存確率を上げる事にも繋がる。

 物理的なトラップ類は急いだ為にセブンティーンの中でお留守番中だが、魔術的なトラップは仕掛けようによっては仕掛ける事が出来る。



 少女は入念に調査をしながら進み、少女の視界の先にあるカーブを曲がったその奥に光が入り込んでいるのが見えた。ゴールは限りなく近い。それに伴って少女の心臓の鼓動は増していく。

 少女は1回深呼吸をして息を整えると再び歩き出す事に決めた。そしてそれは炎龍ディオルギアとの対決の火蓋ひぶたが切られる事と、同義だったのである。

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