第31話 Humble Battler Ⅲ

 山中の鬱蒼と茂る森の中。切り拓かれた一角で「ぱちぱち」と弾ける音が響き渡っている。

 盛大な焚き火の光は周囲を明るく照らしていた。その光を囲み愉快に笑う声や楽しそうな話し声が聞こえて来ている。

 美味しそうなご馳走が周りに並べられており、辺りには食欲を掻き立てられる香ばしい匂いが充満していた。


 魔獣がいればその話し声と匂いに釣られて寄ってき来そうなものだが、今のところ魔獣の姿は微塵みじんも感じられない。


 そうこれは、言わずもがなだが「宴」である。



-・-・-・-・-・-・-



 炎龍を逃れた者達は焼け焦げた村を捨て、新たにその山中の奥にある鬱蒼とした森林地帯に住まいを移していた。


 少女とクリスはクリスの父親の案内の元に、無事に新たな龍人族ドラゴニアの村に来る事が出来ていたのだった。


 村に辿り着くと1つの洞穴ほらあなへと2人は案内された。そこには龍人族ドラゴニアの長老達が5人座っており、その威厳あるたたずまいにクリスは緊張していた様子だ。

 一方で少女は緊張すらしておらず逆にガチガチになっているクリスの姿が滑稽で仕方がなかった。



『そなたが、クリスが連れ帰った者か?クリスには、以前我らが村を救ってくれた恩人である救世主殿を連れ帰る様に厳命しておいた筈じゃが?』


『クリスの代わりにちょっとアタシから良いかしら?』


『よかろう。話すが良い』


『貴方達が言っているその「恩人」は既に4年も前に亡くなりました。これが、貴方達の恩人の遺品「剛龍の剣エルディナンドソード」です』


『なんだと、そんなッ』 / 『おぉ、確かにアレからは剛龍の力が』 / 『なんと救世主殿は天に召されていたのか』


『鎮まれ。まだ話しの続きがありそうじゃ』


『貴方達の村を救ったのはアタシの父様で、父様はハンターをしていました』

『父様の死後、アタシは父様と同じくハンターになって、今回、クリスに会った事で、炎龍ディオルギア討伐の依頼クエストを請負い今ここにいます』


『そうか…我々は貴殿の父君に救援を求めたかったのじゃが、既に亡くなられておるとは…。残念な限りじゃ』

『じゃが、貴殿にあの憎っくき炎龍ディオルギアが討伐できるのか?残念じゃがまだ幼い貴殿に倒せるとは到底思えぬが…」 / ぴきッ


『うむ、そうだな。幼過ぎる』 / ぴききッ


『チビっ子が死に急ぐのは見てられん』 / ぴきぴき


『死に急ぐならせめて色々な経験を積んでからでも遅くまい』 / ぶちッ


『あわわわわ。こ、此の身がなんとかせねば』

『ちょ、長老殿ッ!聞いて下さい。この者は此の身を凌駕りょうがする程の力を持っています。「固有能力ユニークスキル」を使った此の身ですら足元にも及ばなかったのです!』


『なん…じゃと?』


『お前如きが未熟な「固有能力ユニークスキル」を使ったところでそれを倒しても強者とは言えまい!』 / ざくッ


『そもそも、「固有能力ユニークスキル」は秘するものだ。軽々しく使うとは何事かッ!』 / ざくざく


『炎龍は我らが同朋の猛者もさ達が束になって掛かっても傷1つ付けられなかった相手ぞ?それをヒト種の小娘如きが倒せるとは到底思わぬ!』 / ざっくし / ぶちぶち


『だあぁぁぁア!もうッ、いい加減にしてくれないかしらッ!』

『さっきから言わせておけば言いたい放題言ってくれちゃって!!』

『確かにアンタ達は狙われているし被害にも遭ってるかもしれない!だけど、こっから先、炎龍ディオルギアを倒す為に生命を掛けるのはアンタ達じゃないわッ』

『それに、本来ならばアンタ達は見放されていたのよ?それをクリスがどんな気持ちでいたかを知らないでッ!』

『あぁ、もうッ!本当にイライラするわね!兎に角、これ以上、文句を言うなら、炎龍の腹に収まる前に、アタシがアンタ達に引導いんどうを渡してあげるッ』


『そ』

 『そ?』


『れ』

 『れ?』


『と』

 『と?』


『アタシは幼くないし、チビっ子でもないし、ペチャパイでもないし、カレシだっていないッ!!』

『そんな事は関係ないッ!関係ないんだからッ!!関係ないんだからーーーーッ!!!』


 少女の怒りは臨界に達していた。ハンターとして冷静沈着且つ穏便に、事を済ませなければならないのは分かっていた。だが我慢がならなかった。

 クリスが神奈川国まで腹を減らしながら必死に辿り着き、トラブルを起こした上に生命がけで決闘したりもした。同朋達の事を本気で心配して涙も流していた。

 だから尚更それが許せなかった。


 拠って少女の言い分は途中までは怒りに任せていたものの、良い話の部類に入る(かもしれない)だろう。でもそれから先はただの暴走だった。

 いや、少女にとってはコンプレックスに対する正当防衛だったのかもしれない……が。

 盛大な自爆が紛れ込んでいたのもまた、事実と言えよう。




『はーはっはっはっ!まったく威勢がいい嬢ちゃんだッ!ヒト種にしておくのはもったいねぇくらいだな!』

『どうだ?オレの嫁になんねぇか?カレシいねぇんだろ?』

『オレは胸の大きさや背の大きさで人を判断しねぇ!嫁になるならちゃんと愛してやんし可愛がってやんぜ?』


『はぁっ?ちょ///アンタ初対面の女性に何言ってんの?』 / 『何を言っているか親父殿オヤジどの!?』


『キサマ、誰がここに入ってきていいと?』


『あ?何言ってんだ?』

『あんだけ大声張り上げてたら中で何かあったと思うのは当然じゃねぇか!だからもしも何かあったならこの村にとって長老様老害達の身の安全を第一に考えるのは当然じゃねぇか?』

『だがな、今話していた内容ん中に気になる事がちらほらあったな。そこんとこ、ちぃっと詳しく聞かせて貰えねぇか?』


 少女はクリスの父親に対して神奈川国で起きた事や近隣諸国の判断などを話した。

 長老達は事あるごとに何かを言い掛けていたが、全てクリスの父親ので何も言えず遮られ大人しくさせられていた。



『そうか、そんな事が。それはそちらの事情も知らずに大変迷惑を掛けてしまった様だな』

『それに先程の長老達の物言いもかんさわる所があったと思う。申し訳無い事をした』

『だが改めて言わせて欲しい。貴殿の協力に感謝する!オレはこの龍人族ドラゴニアの族長をしているダフドだ。ダフドラージ・フォン・ハルムデンだ。長ったらしいから、ダフドでいい』

『ちなみに、こいつはオレの娘のクリスリーデ・ハイン・ハルムビンだ』


『おおお、親父殿親父殿!!こここ、此の身の真名を明かさないでもらいたいッ!』


『なんだ、クリスリーデ!可愛くも愛らしく気品のある良い名前じゃねぇか』


『改めて宜しく!ダフド族長。あと、クリスリーデも宜しくねッ!』

『それにしても意外と可愛らしい名前だったのね。ふふふ』


『き、ききき貴殿まで……。くっころぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』


 ダフドから紡がれたのは衝撃の事実だった。それに拠って少女の中に燻っていた先程までの怒りは、どこかへと微塵も残さず旅立っていた。


 然しながら少女はクリスを見て『クリスがねぇ』と、色々な意味にワザと聞こえる様に呟いていた。


『くっころ……』


『さぁさ、今日はもう日が暮れるからな、どちらにせよ動けないだろう?ささやかながら宴の準備をしている。こっちへ来てくれるか?』

『あぁ、長老様老害達は来なくてもいいぜ!皆が恐縮しちまうとわりぃだろ?料理は運ばせっから有り難く賞味してくれッ!』


 ダフドはクリスと少女を連れて長老達の洞穴を出ていった。洞穴の中に残された長老達の表情は、怒りに燃えているようにも映っていた。




 ダフド達は和やかに会話をしながら宴会場へと向かっていたが、そんな矢先の事。



「そう言えば、あれ?なんかアタシ、忘れている気がする」

「ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


『どうした貴殿よ?親父殿にどこか触られたか?』


『おい、クリスリーデ!オレは紳士だ。相手が望んでないなら触ったりはしない!!』

『ところでどうした、嬢ちゃん!!何かあったのか?』


『親父殿、お尻を触ったのか?貴殿よ、親父殿にお尻を触られたのか?』

『親父殿、そこに直れ!親父殿の介錯は此の身が行う!!』


『大丈夫よクリス』


大丈夫だいじょばない!!そんな女性にだらしがない親父殿では、お袋様ふくろさまが草葉の陰から泣いてしまう』 / ぐさっ


『いや、触られたワケじゃなくて、ちょっと手が触れただけだから』 / ぐさぐさ

『それにそれは蚊に刺されたと思って忘れるから大丈夫よ』 / ぐささ


『えっ?ちょっとあの、さっきのはいきなり上げられました大声に驚いて当たってしまっただけであって…。あせあせ』


『本当に大丈夫よクリス。男の人に触られたのが初めてだっただけだから驚いちゃって///』 / かちゃ

『それにさっきの声はちょっと忘れ物を思い出しただけだから』

『ってクリス!!どうしたの?長剣ロングソードに手をかけて!!』


『ここで親父殿を斬って此の身も腹を掻っ捌いて草葉の陰で泣いているお袋様に申し開きを!!』


 それから暫くの間、少女は暴走気味のクリスを宥めるのに時間が取られた。その事から少女は真面目過ぎるクリスを、揶揄からか控えようと心に誓ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る