第20話 Hectic Searcher Ⅰ

 次の日の朝になって、少女は獣人3人を連れて公安に出向く事にした。その目的は当然の事ながらマムへのお目通りである。


 然しながらセブンティーンでは4人は乗れない為に、少女はもう1台の愛車・シソーラスに全員を乗せ目的地に向かっていった。



 シソーラスは少女の愛車の1台であり、スポーツタイプのセブンティーンに対してシソーラスはSUVタイプだ。用途としては人数の運搬及びオフロードの走破、そして何よりも魔獣との戦闘用及びその支援に使っている車と言える。


 セブンティーン同様の自立型人工知能を保有しており、自動走行は勿論可能である。セブンティーンのようにトランクスペースに虚理きょりんだ空間こそ無いが、室内空間の収納スペースには所狭しと銃火器が収まっている。


 また最大の特徴として挙げられるのが外装に対して虚理を用いている事である。

 それは即ち真理:虚理=物理:魔術のあらゆる攻撃手段を問わず、を有している事を示す。


 更に付け加えると虚理による外装は、用途に応じて変更が可能になっていた。


 それらの事からシソーラスもセブンティーン同様に特別仕様車である。通常使用時は特に外装を変えないものの、悪路走破用や対戦闘用等の外装を用いる事で、幅広い用途で使う事が出来る1台となっている。


 ただし難点があるとすれば人工精霊が積載品の管理をしてくれるセブンティーンに対しシソーラスは、

 拠って積載品の積み込みから撤去に始まり、搭載している砲弾や弾薬の管理や装備の点検・清掃に至るまで全てマンパワーが求められる事になる。


 まぁ実際のところは主に爺がたった1人で管理してくれているので、少女はほとんど何もしてはいないと言える。




 4人を乗せたシソーラスはセブンティーンとは少し趣きの変わった、地響きのようなエグゾーストを刻みながら目的地である公安に向かって走っていく。

 だがその車内では4人が何も話す事なく、各々考え事をしている様子だった。



-・-・-・-・-・-・-



『ねぇ2人とも、ここで働かない?』


『『ここ?』』


『えぇ、ここよ。この屋敷でって事よ』


『この屋敷は今、アタシと爺の2人で暮らしているんだけど、こんな大きい屋敷に2人で暮らしているから使われていない部屋が可哀想でしょ?』

『そしてこの屋敷の管理は全て爺に任せてあって、掃除から何から色々と大変だと思うの』

『だからアタシとしては少しは爺にも楽をさせてあげたいから、2人ともこの屋敷に住み込みでメイドとして働いてみない?』

『あっ!モチロンちゃんとお給料も出すし、お休みも取らせてあげるわ。どうかしら?』


『『……』』


『もしも2人が自分達の故郷にって言うなら引き止められないけどね』


 少女が2人に提案した内容は爺の事を慮っているように聞こえるが、実のところは


 突然親元から引き離されこの国に連れてこられた上で……

 もう親元へは帰れないと理解した上で……

 それでも生きてはいかないといけない上で……

 生きていく為には金銭が必要になる上で……

 まだあどけなさが残る女の子2人に、本来ならば求められる事ではなかった、現実働く事の辛さを突きつけるのは残酷過ぎる。


 だけども本来ならば現状維持でも屋敷の運営は出来るし、余計なメイドを雇う必要もない。その事は本人達も今は分かっていなくても追々気付くハズだ。

 だからそれを、様にする為に爺を使


 それだけの話し。


 一方で2人の事を助けたいと切に願っているのは事実だから、「帰る」にしても「残る」にしても最大限のバックアップは行うつもりでいた。

 だから尚更、「残る」なら再び同じ目に合わせない為にも屋敷にいた方が安全安心とも言えた。



 そんな想いがある事を理解していないであろう、サラとレミの2人は当初困惑した顔をしていたが、しばらくすると何やら吹っ切れた顔をして、2人揃って『宜しくお願いします』と言って少女に頭を下げた。



 少女はそれを見て2人に屈託の無い笑顔を向けると、『こちらこそッ』と言の葉を紡ぎ2人に手を差し出していく。

 2人は差し出された少女の手を取り握りしめていた。


 爺はその様子を影から、誰にも3人に気付かれないようにそっと見ていた。




 その後で少女は2人に爺を改めて紹介し、爺には2人の仕事の指導を頼んだ。爺はそれに対して快く「かしこまりました」と伝えると、奥からバイザー2つとメイド服を、2着持って出て来たのである。



『きゃーーーッ!ナニコレ?!2人ともすっっっっっっごく可愛いんだけどッ!!』

『もうずっっっっっっとこの屋敷にいていいからねッ!!』


『く、苦しい…です』 / 『苦しいわよ、じゃなかった、苦しいです』


「それにしても爺もいいセンスしてるわねッ!」

「それじゃあ爺、後は2人の事をお願いねッ」


 少女は着替えてきた2人を抱きしめながら盛大に褒めちぎると、爺には小声で紡ぎウインクをしてその場を後にしていった。



 少女の屋敷に今いる全員が顔を初めて合わせたのは、昨夜の夕食の時だ。


 クリスはメイド初心者のサラとレミの不慣れな様子を見て首を傾げつつも、「あんなに小さいのに真面目に頑張っているんだな」と心の中で呟いていた。


 一方で少女は夕食で全員が集まっている時を見計らって、『明日、全員で公安にいくわよ』と言ったのである。


 爺は「当方も一緒にで御座いますか?」ときょとんとした顔をしていたが、少女は驚いた表情で「あッ」と漏らした後で手を急いで横に「ぶんぶんぶん」と振ると、「アタシとクリスとサラとレミの4人で」と言い直していた。


 その光景にその場にいた全員の顔が綻び、笑みが溢れていった。

 そこにいる全員が誰一人として血こそ繋がっていないが、のようだとも言えた。




 シソーラスは公安のゲートで1度止まった。そしてゲートが開き切るのを待ち、完全にゲートが開くと再び動き出していく。

 シソーラスは4人を公安のエントランス前で降ろすと、抑揚のない声で「行ッテラッシャイマセ、マイ・マスター」と話し、駐車場に向かって自動で走っていった。



 公安の受付は2Fにある。受付にはいつも通りにミトラがいた。



「先日はありがと、ミトラ」


「はにゃ?」


 少女はミトラに対して話し掛けていく。先日の保護施設の件でお礼が言いたかったからである。



 ミトラは猫人族キャティアで体毛がオレンジと茶、そして黒の3色に分かれている。本人はそれがトレードマークと話しており、更にはサラサラなショートヘアがボーイッシュさを醸し出している実に可愛らしい女性だ。



 然しながらミトラにもサラ同様に、密猟に遭った被害者としての過去がある。ミトラがハンターによって保護された時にミトラは、郷里くにへ帰る事を強く望み、国はその望みに応えるべくルート上の各国と様々な調整を行い送還ルートの策定をした。

 その甲斐あって保護されて暫く経ってから、ミトラは郷里くにへ向けて送還されていく事になった。


 だが送還されていってからその数日後にミトラは、この国に戻って来る事になったのである。何故ならばミトラの住んでいた郷里くには既に失くなっていたのだから。


 失くなっていたと言っても魔獣に滅ぼされたというワケではなさそうだった。かと言って野盗や盗賊に襲われたという感じでもなかったそうだ。


 結論としては、恐らく新たな密猟の手から逃れるべく郷里くにを捨て、「新天地に引っ越した」のとされたが、ミトラは「自分は捨てられた」と考えた様子でふさぎ込んでしまい、食事も喉を通らなくなり日に日にやつれていった。


 それを見兼ねたマムがミトラを必死に説得し、更には公安で雇う事を決めた為に今に至るのである。



「今日はどうしたの?マムに用かにゃ?」


 今ではもうミトラの声はハツラツとしている。ミトラは看板受付嬢(?)としての地位を確立し、神奈川国公安の顔であると自称する程までに元気になっていた。


 またその端麗たんれいな容姿と分け隔てなく誰とでも接するミトラは、公安のハンターや公安に出入りする人達からとても人気があると少女は小耳に挟んでいる。


 少女は自分がミトラを保護したが、無事に送還出来なかった事を当時はとても悔しく思っていた。その一方で一時的に塞ぎ込んではいたが、新しい環境に溶け込んで早々に言語も覚え、仕事にも慣れてくれたミトラを見てると心が穏やかになる思いだった。


 然しながら語尾や話す言葉の至るところに「にゃ」が付くのは、猫人族キャティアの特徴ではない。バイザーの翻訳機能を使えば、ミトラの猫人族キャティアとしての言葉の中には「にゃ」は付いていない。

 その事からミトラがヒト種の言葉を覚える時に間違って覚えたか、が付いたのだろうと考えられる。


 だがしかし!!その「にゃ」付きの話し方は結構評判がいいらしい。そしてそこがちょっとだけ少女には悔しい。



「今日はマムへのお目通りと、それが終わって時間がある様なら、後ろの2人の戸籍を作ろうと思って来たの」

「ミトラ、ところでマムの予定は空いてそう?」


「それは平気そうにゃのら」

「でも戸籍課3Fに行くにゃら、あーしからも連絡しとくにゃ」

「えっと、1人はサラちゃんであともう1人は兎人族ラビティアの女の子であってるかにゃ?」


「えっ?!ちょっとミトラ、それって?」


「後ろのダークエルフ種ダークエルフィア?ん?耳がにゃがくにゃいからハーフ?のお姉さんの分は作らにゃいのかにゃ?」


「んんっ?ダークエルフ種ダークエルフィア?あぁ、クリスは亜人種じゃないわ、獣人種よ。でも戸籍はいいの」


「それにゃらいいのにゃ」

『サラちゃん、後で話しをしようね~』


『えっ?』


「ちょっとちょっとミトラ今日はどうしちゃったのよ?」

「ミトラ、あなたもしかして……」


「まぁまぁ、それは置いといて、今は早くマムの所に行くにゃ」


 サラは急に名前を言われ驚いた表情を見せていた。だがそんなサラの驚きをミトラは意に介さず、更には少女の質問にも応えずにマムの所に早く行くように急かしたのである。


 4人はそのままマムのいる最上階に向かう事にしたが、その背中を見送るミトラの表情は曇っていたと言える。

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