第10話 Penetrate Hunter Ⅰ

「さてと、コイツも拘束して……っと」


 「見事エクセレント自爆オウンゴール」をキメた獣人は、再起不能になった腕の痛みに耐え兼ねた様子で意識を失っていた。結果として拘束時に暴れられる事もなく、作業が捗ったので助けられた。

 本人としては災難だろうが、そんなのは知ったこっちゃあない。


 然しながら少女は拘束時に、先程までの2人同様に魔術に拠る結界も張っておいた。

 何故ならば少女のセブンティーンは「3人乗りだから」だ。その為に捕獲した犯罪者を全て乗せる事は出来無い。

 かと言って男達が乗ってきた不審車を拝借する事はもっと出来無い。

 それ不審車は押収する大事な証拠品なのだ。



 公安が雇っている「サポーター」と呼ばれる「何でも屋」に後を任せて連行して貰う手もあるにはあるのだが、放置するのは大変宜しくない。

 何故ならばもっと厄介な魔獣の存在があるからだ。


 拠って少なくともサポーターが来るまでは安全を保っておく必要がある。犯罪者とは言えど、わざわざ魔獣の腹を満たしてあげる必要など微塵もないし、それならば捕縛した意味すらない。

 獣人達によって一突きの元に殺害された2人ならどうかとも思うが、そもそも魔獣は人畜有害なのだから餌付けをしてやる義理はないし、当然の事ながらその話し自体が人道的ではない。

 自然の摂理食物連鎖よりも人道的か否かが問われるのだから仕方がないだろう。



 結果としてわざわざ拘束後に結界まで張り、魔獣の餌食にならないようにしているのだった。

 そしてそれは殺害された2人も同じ事であり、更に付け加えるならば、袋に入れられたままでまだ中身の確認も出来ていない「商品」達も同じ事だ。



 そんな少女の行動に異を唱える影が近付いていたのを少女は知っていた。

 認識阻害インヒビションの羽織りを纏って様子を窺っていた時に、少女に気付かず真横を通過していった存在。

 犯罪者達とっていた時に遠巻きにその様子を窺っていた存在。

 性悪妖精種コボルト小鬼種ゴブリンしてや鬼種オーガなんかより、よっぽど強力で凶悪な力を持った存在。



 それはそもそもの話し、この辺りに元来棲息せいそくしていていい魔獣ではない。恐らくだが元々ここら辺には、先に男が「調査済み」と話していた魔獣が棲息していたのかもしれない。

 だが、魔獣の縄張りは直ぐに変わる。



 縄張りの主は……。


「自分より強い個体が現れたら?」


「自分より個体は弱くても群体ぐんたいで現れ、その群体が自分よりも強かったら?」


 その時が来ると縄張りの主は「逃げる」か「殺される」かの2択の内のどちらか一方の選択を、迫られるのだ。

 そうやって魔獣達の縄張りは直ぐに変わっていく。


 それこそ龍種ドラゴンのような絶対的強者が主になっていなければ……だ。



 少女が先程確認していた魔獣は「魔犬種ガルム」だった。

 人間界に於ける目撃例は年に1回あるかないかとされ、主に文献ぶんけんの中でのみ知る事が出来る魔獣。本来の棲息域は死者の国とも冥界とも言われ、番犬と称されている魔獣。

 知性が高く獰猛どうもうな大型の狂犬で、群れを形成して行動する為に、稀に発生した際には国力をあげて討伐対象になるくらい厄介な魔獣。



 少女としては今まで魔犬種ガルム狩りハントに加わった経験が無い事から、今この場で襲われた場合に勝てる相手なのかどうかは分からなかった。

 だから出来れば既に依頼クエスト完結コンプリートしているので、依頼クエストと関係のない戦闘は出来るだけ「避けたい」と言うよりは、「」と考えていた事の方が強い。


 だがもしも、実際に戦闘に陥り魔犬種ガルムとの実力差に拠って依頼クエストの成功条件は既に満たしているので早々に逃げる事もといった考えは既に持っていた。

 そうすればそれこそ早く寝れるからだ。まぁ、その場合は多分、サポーターも逃げるだろうから、依頼クエストは失敗になるかもしれないが……。


 しかし、欲を言えば人間界では滅多にお目にかかれない魔獣だから、それガルムの素材が欲しいと言うのはハンターとして当然のさがだった。

 それでも人間の3大欲求たる「睡眠欲」は満たされてナンボとも言えた。



 その時だった。少女の睡眠欲求を満たすまいと、アラームがバイザーから鳴り響いたのである。



「デバイスオン、ソードモード!」


 少女は満たされない欲求に対して不満を覚えていたが、そもそも身の危険を知らせてくれるアラームに対しては、呼応するしか身の安全は保障されない。(呼応しても身の安全が保障される保証はどこにもないがそれは余談)

 拠ってデバイスに命令を飛ばし、モードを汎用魔力刃ソードに設定する事でマナに拠る刃を展開させていく。

 当然の事ながら、もう片方の手には愛銃ウージーのグリップがある。


「そこッ!」


ガキっ


 少女はタイミングを合わせ、振り向きざまに左手の汎用魔力刃ソードで斬り付けていった。

 然しながらその刃は少女に対して噛み付こうとした、魔犬種ガルムの牙で止められていた。



 デバイスの汎用魔力刃ソードはそこまで斬れ味がいいとは言えない。

 時間をかけマナを多量に編めば……なんてことも無い。


 要は刃こぼれせず、(マナがなくならない限り)「永久に使える剣」と言うだけのシロモノであって、斬れ味といった性能は鍛造した武器に遠く及ばない。

 ただし、ただ鍛造の武器では完全に物理攻撃しか出来ない事から、アストラル体への攻撃は意味を為さないというデメリットは存在する。

 その点汎用魔力刃ソードはそのデメリットを克服しているが、マテリアル体を持つ魔獣相手では火力不足は否めないのは事実だった。



グルルルッ


「まったくもうッ!仕方無いわねッ!」

が過ぎるわ…よッ!!」


タラララッ


 少女は刃に噛み付いている魔犬種ガルムに対し、右手に持っているウージーの銃火をゼロ距離から浴びせていく。



きゃうぅん


「コイツだけとは思えないわね。まだ他にも潜んでいそうよね?」

「デバイスオン、索敵モード」


 銃火を浴びた魔犬種ガルムは力無くその場に崩れていった。少女は急ぎ体勢を立て直すとアラームの機能は残したまま、索敵モードで周辺にいる魔獣ガルムの戦力の状況を確認していく事にした。



「1匹目は斥候せっこうってところかしら?アタシの周りを囲む様にあと14匹。結構な群れのお出ましね?全く厄介だわ」

「まぁ、大規模な群れじゃなかっただけマシね」


 少女は索敵の結果を口から小さく漏らしていく。それは出来る事なら深い溜め息すら漏らしたい「結果」だった。


 然しながら少女は深い溜め息でネガティブになる事を良しとせず、飽くまでも前向きに心と思考を切り替えて「戦略」を描いていく。




 魔犬種ガルムは狩りの獲物に飽きていた。この森にまう事になった彼らにとっての「餌」は、余りにも貧弱で、余りにも歯応えが無かったのである。

 だから彼等の縄張りにこの地に、無断で踏み込んできた闖入者ちんにゅうしゃに対して期待していた。




 少女を取り囲んでいた魔犬種ガルム達は、少しの個体で集まりグループを作ると、分かれて3方向から少女を狙う事にした様子だった。


 付け加えるならば、少女が銃火器を使う事を理解した魔犬種ガルム達は1ヶ所にまとまらず、それぞれの個体同士の距離を広く取った上で、少女の周囲を駆け巡っていた。

 要は少女を中心に円を描くように徐々に距離を詰めていたのだ。



 少女は正直なところ悩んでいた。これらの魔犬種ガルム達の行動は、「戦術」と言うべき物であり「賢過かしこすぎる」からこそ悩ましかった。


 通常の魔獣であれば「戦術」は疎か「作戦」すら立てる事はない。拠って「戦略」も立てられない。

 それは即ち野生の本能のままに獲物に向かっていくだけと言える。

 更に言えば勝てないと分かれば即座に逃げていく。


 それが魔獣のいや、生物としての生存本能と言えるだろう。



 それを踏まえるとこの状況は「非常にマズい」と言う結論に達する。

 だからこそ少女は悩んでいた。


 何故ならば強化魔術エンチャントはとっくに切れている。

 単調な攻めで数匹倒せば生存本能から逃げていく魔獣のそれとは、、新たに強化魔術エンチャントを掛け直す時間も取らせてはくれないだろう。

 そして何よりも、隙を見せれば全方位から襲って来る事が容易に想像出来ていた。



 だからこそ少女が採用するべき戦術は、1つしか考え付かなかった。それは「先制攻撃」である。

 相手が戦術を使い数で優るのであれば、少しでもその優位性アドバンテージを奪っておく必要がある。

 故に少女はその考えに至るや否や迅速に行動した。


 目を閉じ体勢を低くし両手の力を抜き、汎用魔力刃ソードとウージーを力無く構える。


 そして、放った。



「豪炎の型ぁぁぁ!」

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあッ!」


ざしゅざしゅざしゅざしゅ / タラララララララララッ



 少女は紡いだ声と同時に自分の全方位に向け、「実」の剣撃と銃弾の乱舞を巻き起こしていく。

 幾重にも及ぶ剣撃と弾幕が、少女を中心として周りにいる魔犬種ガルム達に向けて放たれていった。



 少女に対し円を描きながら徐々に近付きつつあった魔犬種ガルム達の群れは、思いもよらない攻撃に剣撃の間合いの外まで直ぐに距離を取っていく。

 然しながら何匹かは剣撃に巻き込まれた様子だった。

 更に何匹かは突如として始まった少女からの攻撃に対して錯乱さくらんし、統率を失い少女に対して特攻していった。


 少女は錯乱し向かって来た魔犬種ガルムに対して冷静に対処していく。

 拠って少女に単騎で各々向かっていった魔犬種ガルム達は、その牙も爪も届ける事は出来ずになます切りにされウージーと言う名の鈍器で頭を潰されていった。


 数の優位性アドバンテージを奪うと考えた少女の作戦は成功した。


 更に付け加えるならば、錯乱せずに無事に距離を取っていった魔犬種ガルム達は銃弾にさらされていく。

 だが、先の「豪炎の型」の影響もありウージーは直ぐに弾切れとなった為に、銃弾で倒せた魔犬種ガルムは少なかった。



 少女の先制攻撃に拠って魔犬種ガルム達がその数を減らした頃、数を減らされた魔犬種ガルムが浮足立ち戦線が膠着し始めたちょうどその時……。


 少し遠い場所から遠吠えが聞こえた。

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