第9話 Midnight Strangers Ⅲ

「さてと、これで1人。後の2人は手応えがあると嬉しいわッ!」

「さっ、いらっしゃい!アタシが相手になったげるッ!ほらほらッ!!」


 少女は少しだけ…いや、かなり気分が高揚していた。ずっとボッチで寒さと空腹に耐えながら張り込みをしていたせいで、ご立腹だった事のが出来るから……と言うと聞こえが悪いが、まぁその通りである。



「何モンだテんメェ!オレ達の邪魔をすぅんじゃねぇ!」


「何モン?アタシのコト?アタシはハンターよッ!」


 獣人が語気を荒げて吼えていた。だが変な訛がある為に多少マヌケなようにも聞こえるが、そこは気にしてはいけない。


 一方で少女はその獣人の怒声に対して真面目にも、獣人に速攻を仕掛けていった。



 複数の強化魔術エンチャントを掛けていた少女の体術は強力だった。先にアクロバティックな回し蹴りローリングソバットを喰らった獣人は、未だに戦闘態勢に入れていない。その為に少女が速攻を仕掛けた相手は、「最初に袋を担いでもういた獣人に対して1人」だった。


 少女は素早く間合いに入ると前宙しながら獣人の頭頂部目掛けて、回し蹴りを繰り出していく。



「でやあぁぁぁぁッ!」


どんッ


「グぬッ!」


「せぇのッと!」


どかっ


「ぐアッ!」


 獣人は咄嗟に両手を頭上でクロスさせ頭をガードしたが、その強力なかかと落としのような回し蹴りの衝撃に因って足が地面にめり込み、膝が保てず体勢を崩していった。


 少女はガードしている獣人に対して完全に脚を振り切り、その脚で着地する。そしてそのまま間髪入れずに、足が地面にめり込んで動けなくなっている獣人の後頭部に向けて強烈な回し蹴り延髄斬りを叩き込んでいった。


 当の獣人は回避も防御も出来ず、足に続き顔面までをも器用に地面にめり込ませて轟沈した。



 少女は倒した獣人に対しても先程のリーダー格の男と同じように、魔術に因る拘束をした上で結界を張っていく。

 その間の千載一遇の好機チャンスとも言える状況下に於いても、もう1人の獣人は動かないで様子を窺っていた。


 いや、動かなかったワケではない。と言うのが正解だ。

 本来ならば千載一遇の好機チャンスだったかもしれない。だが、そんなスキはどこにもなく襲い掛かれば即返り討ちに合う……と、本能が告げていたのだ。



「さ、お待たせ。りましょうか?」


「ったく、テんメェ何ぃモンだよ?」


「さっきも言ったんだけど、そんなに聞きたいなら改めて教えてあげるわッ!アタシは公安のハンターよッ!えっへん」


 少女は屈託の無い笑顔を向けていた。最後に残された獣人は、そのよく分からない狂気に気圧され後退りしながらも口を開いていった。


 少女は獣人の質問に対して胸を張り、声も高らかにハツラツと言の葉を投げ返した。

 その表情は先程とは打って変わって屈託の無い笑みから自信に溢れた表情になっていた。



「こんなぁマナイタドチビがッ?!」


「ぶちッ」

「ふふふふふふふふふふふフふッ」

「な・ぁ・ん・で・す・っ・て・ぇ・?」

「そっかそうよね間違いない。死にたいのね?えぇ、そうよね?死にたいんだものね、仕方ないわ。殺してあげるッ!!」


 少女はその一言で一瞬にしてスイッチが入った。少女は身長の事と胸のサイズに人並みならぬコンプレックスを持っている。

 拠ってそれらは禁句タブーであり、侵されれば後は八つ当たりから殺戮へと変わると言っても過言ではない。


 だから少女は先程とは比べ物にならない速さで、獣人との間合いを一気に詰めていった。


 然しながら獣人はその速度に反応すると、少女が獣人の胸の辺りを狙い放った回し蹴りローリングソバットに対して蹴りを合わせて来た。

 2人の蹴りが錯綜さくそうし「ドがしッ」と鈍い音が響いていく。


 拠って不発に終わった少女の回し蹴りローリングソバットに続き、脚技の連撃が次々に繰り出されていく。それはまるで百烈脚のような残像すら見える蹴りの連撃であったが、獣人はそれにも呼応して全ての蹴りに対して蹴りを合わせて相殺していった。


 幾重にも及ぶ蹴りの応酬が続いた結果として、少女はだいぶ



「へぇ、なかなかやるじゃない!じゃあこれなら、どうッ?」

「アタシに対する非礼を詫びるなら半殺しくらいで勘弁してあげるわ…よッ!」


 禁句タブーへの怒りが冷めた少女は類稀たぐいまれな格闘センスを持っている(と思っている)自分に、比肩する獣人に対して賛辞を贈っていく。

 その上で更に難易度が高く威力も高い技を(見せびらかすように)ぶつける事にしたのだ。


 少女はその場で勢いを付けて、身体を空中で横に寝るように捻りながらジャンプした。

 それは先程の蹴りローリングソバットより更に高い位置であり、獣人の頭を直上から狙った空中回し蹴りコークスクリューだった。



 流石にその蹴りに対してはとみるや、獣人は膝を曲げ体勢を低くし回避行動を取った。

 拠って少女の放った蹴りは対象が咄嗟に回避した事で、「びゅおん」と凶悪な風切音を掻き鳴らしながら空を切り獣人の頭上をかすめていった。



「て、テんメェつえぇじゃねぇえか!ヒト種がこんなにつえぇなんてあなどってたぁぜ」


シャキんッ


「格闘技で勝てないから、今度は凶器の出番なワケ?」

「なかなか対した小悪党ね。ぷぷッ」


「ヌかせっ」


 獣人は荒々しく言の葉を投げ付けながら爪を伸ばすと、少女に爪撃を連続して繰り出していく。


 獣人は連撃を放ちながらその手を休める事はなかった。しかしその全ての爪撃を躱していく少女の闘い振りから、「かなり、りぃ。逃げ切れるなら逃げた方が得策か……」と、心の中で呟いていた。



ひゅひゅひゅッ

ひゅッひゅひゅひゅひゅッひゅッ


 鋭利な爪に拠る連撃が、少女を切り裂かんと幾重にも重なって襲い掛かって来る。

 然しながら少女はその見事なまでの体捌たいさばきで、縦横無尽に襲い掛かってくる爪撃を躱しつつ反撃の機会を窺っていた。


 一方で獣人は逃げる機会を窺いつつも、という気持ちが互いに拮抗していた。

 要は優柔不断どっちつかずと表現出来るそんな状態だった。そんな中で、少女の強化魔術エンチャントの効果は徐々に消えつつあった。


 幾度目いくどめかの攻撃の後で、獣人は感覚で少女の敏捷性AGIが落ちている事に気付きこれを「勝機」だと感じ取った。これはこの時に「逃げる」事を選択しなかった獣人にとって、失策とも言えるだろう。


 少女の敏捷性AGIはヒト種の平均値より少しばかり高いくらいしかない為に、獣人種と比べればそれは低いとしか言えない。

 要は逃げるのであれば容易に逃げられたという事になる。


 然しながら「勝機を得た」と思い込み、それによって獣人は渾身の一撃を自分の出せる限りの最高速度で放っていった。



ががきいぃぃぃぃぃぃぃぃん


「な…ンダ…と?」


ぶしゅああああああ


「残念だったわね。出直して来なさい。まぁ、出直せたらの話しだけどね」


「うぞ…だ……」


ばたッ


 甲高かんだかい音が周囲に木霊こだまし響き渡っていた。少女は獣人の爪をのだ。

 だが普通にその身で受け止める事など、ハンターとは言え普通の女の子(?)である少女に出来ようハズもない。

 従って獣人の爪を受け止めた物は自分の愛銃で……だ。


 少女は獣人の動きから次に繰り出される爪撃を「突き」だと読み、背中に仕込んでいた自身の愛銃のストックで受けていた。

 ただの銃であればそんな芸当は出来無いし、強化魔術エンチャントが完全に切れていたら力負けをして弾き飛ばされていたかもしれない。だが強化魔術エンチャントはまだ完全には切れておらず、尚且つ少女の手の中にある愛銃はただの銃ではない。


 それは公安の鍛冶責任者兼発明家のドクが魔改造した、逸品とも呼べる一品だった。



 この魔改造された銃は、希少で硬度の高い金属をマシマシで使用しており、硬度だけはそこらへんの鈍器ハンマーが裸足で逃げるくらいに非常に硬い。


 結果として獣人の爪程度ごときでは打ち勝てるハズもない。拠って獣人の放った渾身の一撃は、その攻撃力の高さ故の反動に因って、自ら自慢の爪を粉砕していった事になる。

 更には粉砕された爪は獣人自身の腕に食い込み、肉を裂いて断裂させ骨をも複雑に破壊していった。


 結論として獣人が放った渾身こんしんの一撃の衝撃は、自身の腕を再起不能さいきふのうにしてしまったと言う事になる。


 これは「見事エクセレント自爆オウンゴール」とでも表現するのが、1番手っ取り早い末路と言えるだろう。

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