第6話 Fastest Communicator Ⅳ

『はい!それじゃこの石は貴女に返すわね。この石はそんな、端金はしたがねの対価にしていい程の価値では無いでしょう?大事にしていなきゃダメよ』


『貴殿はこの石がなんだか知っているのか?』


 女性は石の事を知っていそうな口振りだった少女に対して問いを投げていた。初めて会話したその女性の声は、りんとして響いていた。

 音域は少女とは正反対で決して高いとは言えないが、しっかりと筋が通りハキハキとしている。いわゆると言えるかもしれない。

 いや、女性だから決して褒め言葉にならないかもしれないが、それはご愛嬌だ。



『それはドラゴタイトの原石。別名・龍鱗石りゅうりんせきでしょう?龍種ドラゴンの体内で生成される、この世で最も貴重な輝石きせきの1つよ。違ったかしら?』

『えっとところで、貴女は龍人族ドラゴニアよね?えっとそうだ!名前を伺ってもいいかしら?』


『クリスだ』


クリスでいいのかしら?一応、後で書類として残すけど、その名前で問題ない?』


『あぁ、此の身はクリスで問題ない』


『分かったわ、ありがとう、クリスね。ところで、この石は龍麟石で間違いはなかったかしら?』


 この2人の会話はキャッチボールのように、ハツラツと繰り広げられていった。然しながらその場に誰かがいて、2人の会話をもし聞いていたとしても何を言っているかは理解出来ない事だろう。

 そういった言語に拠る会話だった。時に戦争すら巻き起こすのだから、ひとえに言葉の壁とは恐ろしいものと言えよう。



『さて、本題に入っていいかしら?今回は一応、公安のハンターとしてこの依頼クエストを受けてるから書類を作って提出しないといけないの』

『だから応じられる範囲でいいから質問に応えてもらえるかしら?協力してくれるわよ…ね?』


『あぁ、出来る限りで良ければ協力しよう』


 少女は有無を言わさずに「協力しろよ」と目で訴えていた。それをクリスが察知したのかは分からないが、協力を取り付けられたので話しは先に進むだろう。


 拠って少女はクリスをセブンティーンの助手席に誘導して、乗車させ中で調書を書く事にした。しかし少女が運転席に乗り込むと、セブンティーン自体は低いエグゾーストノートを奏でながら自動走行で動き出していった。



『名前はクリスで良かったわよね。えっと、住所はどこ?』


 少女は狭い車内で職務質問をしていく。


 その結果、少女がクリスから得た話しを纏めていくと……。


・国外からの密入国であった事

・身分証明書のたぐいの一切を持っていない事


 上記2点を筆頭にその他諸々の事も判明していった。それが良い事か悪い事かは、まぁ想像に任せるしかないのだが……。

 後者である事はどうにも否めないだろう。



 公安にいる並のハンターであれば即逮捕して留置場に入れ、上からの判断を仰いでいた事だろう。それが新人なら尚更のコト、オドオドしながらテンプレ通りの行動しか出来なかっただろう。

 それがであり、留置場に入れて取り調べを受けさせるのが本来の流れだ。

 だが少女は敢えてそういった形式上の対応はしなかった。


 それはひとえにめんど……ではなく、少女の流儀に反するからだ。



 根拠としては、少女が知る限り龍人族ドラゴニアという種族がといったことにというものだった。



 そもそも龍人族ドラゴニアは獣人種と呼ばれる生態系に入っている。多くの獣人種は現状に於いて、密猟のき目に遭っていた。

 その「憂き目」を遠ざける為に、多くの獣人種は「人目につくような行動は避ける」という認識を少女は持っている。



 だが目の前のクリスは違っていた。言葉が通じない国に、そこで言葉の壁が原因で

 だから少女は当然の事のようにに落ちなかった。



 このままクリスを「保護」という名目で、その大義名分を以って公安に連れて行っても一向に構わない。だが、そうしたくない「何か」が少女の心の中で少女の心を掴んで離さなかった……。

 まぁ一言で言ってしまえば、所謂いわゆる「好奇心」と呼ばれるヤツだ。



『クリスは何をしにこの国に来たの?』


『人を探しに来た』


『人?』


『うむ。その人を村に連れて帰らなければ村が滅んでしまう。だから、此の身はここに来た』


 好奇心から形式的な職質をやめ聞いてみたものの、ちょっとだけ後悔が生まれた瞬間だった。

 内容がと判断した結果だ。

 クリスの顔付きは次第に険しくなり、その口から紡がれる言の葉が重くクリスにのし掛かっているのだと少女は感じた。



『この街にその人がいるの?』


『それは分からない』


『えっ?分からない……の?』

『そ、それじゃ、手掛かりとかその人の名前とかは分からない?よければ、その人探しをアタシが手伝うけど?』


 少女は優しく言の葉を紡いでいく。だが一方で、そんな言の葉を紡ぎながらも「この件人探しは時間が掛かりそうだ」とも感じていた。

 然しながら「乗りかかった船だ」と考え直す事で、割り切る事にしたとも言い直せる。



かたじけない。だが…手掛かりは全く無い。名前も分からない。その昔、此の身の村を救ってもらった事がある。それだけが唯一の手がかりだ』


「はぁ、まぁ、仕方ないわね」

『ところで話しは変わるけど、今日はどこに泊まるのかしら?特にアテが無いなら一緒に来てもらえる?これからアテもなく人探ししても効率が悪いし、もうじきわ』


『此の身は野宿を考えていたのだが……。その…金も持っていない…し……な。先程はどうしようもなかったのだ、村を出てから何も食べるコトが出来ず、良い匂いにつられてしまい、気付いたらもう……』


『その件はもう大丈夫よ。気にしない気にしない』

「ちょっと金額には驚かされたケド」


『ん?何か言われたか?』


 少女はクリスと会話していく内に、気配をクリスの表情から感じ取っていた。

 それと同時に本当に情報が無さ過ぎて、探し人は見付かる気がしない……と心の中で溜め息混じりに改めて思っていた。


 よって、話しを逸らすことにした。重苦しい雰囲気はどうにも苦手だからだ。

 だが、重苦しい雰囲気からは脱却出来なかった。ネガティヴ陰キャ体質がクリスの本性なのかもしれない。



『これからクリスは直ぐにでも探したいって言うかもだけど、暗くなれば心配ごとが増えるから今日はもう人探しはやめてくれないかしら?』

『それにアタシはもう1件依頼クエストがあるから、今日は貴女の人探しを手伝えないのよ』


『此の身に心配事など何も無いのだが?』


『クリスになくたって、アタシにはあるのッ!』

「まったく、よくよく見たら、なんなのあのカッコ。アタシにケンカ売ってるとしか思えないじゃないッ!ふんす」


 少なくとも少女の見立てではクリスの人探しは、「時間が掛かりそう」という結論に達していた。その為にと言われても無理な事は自明の理と言える。

 だから、体良ていよく今日のところは、人探しを諦めてもらおうという魂胆だ。


 そして、更に付け加えるならば例え少女が依頼クエストを受けていなくても、事を考えれば捜索は出来ないと言わざるを得なかった。

 更に付け加えれば、クリスのカッコは豊満な身体ワガママボディを全面にいると言うか、と表現出来るカッコだ。

 よってこのまま放置して別の被害が出る事を少女は懸念したのだった。

 いや、当然のコトだが、この場合の被害者はクリスではない。



『明日なら依頼クエストは受けていないから、まるっと1日、クリスに付き合える。だから、今日は旅の疲れもあるだろうし安心出来る場所で疲れを癒してもらって、人探しは明日からってコトにしてもらえないかしら?』


『う、うむ。善処しよう』


 少女は多少なりとも感じがする言葉選びだったが、飽くまでも正論を並べてクリスに対して言の葉を紡いでいった。


 一方でクリスは正論に対して返す言葉を探せなかったコトから恭順するしか解答出来なかった。




『着いたわ。今日はここに泊まってもらえるかしら?部屋は1部屋空けて貰ってるし、食事もちゃんと出るわ。後、費用は一切掛からないから安心してッ!』


『そうなのか?それはありがたいが……』


『あッ!あと、言葉の壁は安心してね!この施設はデバイスを所有してるからちゃんと言葉も通じるハズよ!』


 少女はクリスを心配させないように言葉を選んで紡いだ。

 当のクリスはただ単純に初めて見るコンクリート製のビルに対して驚いていた。

 まぁ、驚きのあまりに何かに心配している風を装ってしまい、少女は懸念を取り払おうと頑張っていた。



 少女は始めクエストを受けた時から保護施設に預ける事に決めていた。だから公安でミトラ受付嬢に頼んで、1部屋空けてもらうように依頼した。

 よっぽどの事が無い限り公安で保護するような事は、しない腹積もりだったのだ。

 それは獣人種関係の依頼クエストにはセンシティブな問題があるからと言える。


 なので、公安で保護すれば色々と厄介な事が起こりかねない。

 お役所とは「」という認識を、少女は少なからず今までの経験から学習してきているからだ。




「こんにちわー。誰かー?いませんかー?」


「いらっしゃいま…せ?あら?貴女様はいつぞやの!」


 ハンターとして仕事をしている以上、依頼クエスト内容に拠っては相手をするのはとはいえない。その相手が人になることも満更では無い。

 ただしそれだけ多数の相手をすればする程に、相手の顔も名前も必然的に覚え切れなくなるものだ。


 拠って、「いつぞやの」と言われたところで「誰?」と思いながらもそれを言えるワケもなく、ただただ話しを合わせて流していく。



 取り留めの無い話しの後で「公安から連絡してもらって、1部屋頼んでると思うけど?」と、少女が要件を伝えると受付の女性は、「今日はどちら様がお泊りですか?」と返してきた。


 少女は「こちらの女性よ」と言の葉を紡ぐとクリスを受付の女性の前にのだった。



「この人は獣人種だから、アタシ達の言葉は伝わらないわ。何かある場合は必ずデバイスを使ってね」


 少女はとても大事な事を伝え、その言の葉を受けた受付の女性は「かしこまりました〜」と営業スマイルを作っていた。




 施設を出る前に少女はクリスに対して自分の連絡先を書いた紙と、多少のお金統合通貨を渡しておいた。

 クリスは連絡先はともかく、お金統合通貨の受け取りに関しては拒否していたが、『何かあった時にこのお金でアタシに連絡して』と少女に言われた為に渋々受け取る事にした。


 施設側に対しては「明日の朝に迎えに来るから、それまでクリスを宜しくお願いします」と伝え、「何かあったらここへ」と自分の連絡先を渡しておいた。




 少女は施設にクリスを引き渡すと急いでセブンティーンへと戻る。

 クリスとの意外と時間を喰ってしまっていたからだ。

 次のクエストの詳細にあった時間までは、後1時間を切っていたから焦りがあったとも言える。


「今日のクリスの件の報告書、ちゃんと書いてる時間あるかなぁ?」

「はぁ、なんで報告書なんて書かないといけないんだろぅ?」


 少女はセブンティーンに乗り込み心配そうな表情で呟くと、セブンティーンは低いエグゾーストノートを奏でながら再び動き出していった。




 この国は「神奈川国」という1つの国である。惑星融合が起きた後の「日本」という国は、度重なる戦争や内紛等のいさかいが元で法治国家として成立が難しくなっていった。

 そして時代の変遷へんせんを経た結果、旧日本国の旧47都道府県は多少の領地の変動はあるものの、各々が1つ1つの「国家」として独立していった。


 そしてそれと同様の事が旧地球上の世界各地で起きており、旧地球時代の国名=現在の国名を維持している国はごく少数の限られた国だけとなっているのも事実である。



 一方でハンターが台頭するきっかけを生み出した「魔獣の襲来」に因って、人々の生活様式はそれまでと比べて

 何故なら各国の政府は大部分の魔獣が活性化し始める時間=夕方になると、翌朝の日の出に因って魔獣達が鎮静化するまで、国内全ての建造物に魔術防御を施した結界で敷地内を覆う事を義務付けたからだ。


 更に付け加えるならば、物理防御と言う名の鋼鉄製の壁を用いて敷地内を更に覆う事も追記し「努力義務」とした。鋼鉄製の壁は飽くまでも義務ではない。

 それは費用も非常に高額になるからで、そこまで国は面倒見れなかった。

 拠って鋼鉄製の壁を設けるかどうかは、その建物のオーナーの判断とされた。


 それらの事から外出先等で帰りが夕方を過ぎると、問答無用で強制的にという事案が多々発生したのだ。

 拠って緊急避難場所と言う名の保護施設が随所ずいしょに設けられていった。

 少女はこの保護施設にクリスを泊めさせたのだ。



 セブンティーンは先程までと変わらない、心臓に響くようなエグゾーストノートを奏でながら既に陽光のなくなった峠道を疾走はしっていた。

 だがそんな重低音の爆音を奏でるセブンティーンの中で少女は仮眠していた。


 よくもまぁそんな状況下で眠れるモノだと思われるかもしれないが、ハンターたる者いつ会敵するか分からない事から、休める内に休む事が出来なければ生命を失う事にもなり兼ねないのだ。拠って、少女に於いてもそれは例外ではなく、寝れるように訓練してあった。


 そんな事から次のクエストの場所に到着するまでの間、セブンティーンを自動走行に切り替え休息も踏まえて仮眠を取っていた。

 それは先程まで店主を追い込んでいた悪魔的な笑みを微塵も感じさせない、天使の寝顔だった。



-・-・-・-・-・-・-



 時刻は17:00を過ぎた辺り。各建造物はもう既に人の出入りを

 今はその昔から「逢魔おうまが時」と呼ばれる時刻。

 これを過ぎれば完全に日没になってしまう。


 そしてそれは同時に、魔獣達が闊歩かっぽする時間帯になるという事を指し示している。



 あと数分で橙色オレンジの太陽は完全に見えなくなるだろう。

 空は紫色へと移り変わり、橙色オレンジの太陽とのコントラストは綺麗だが同時にはかなくもあるそんなマジックアワー。


 少女はちょっとだけセンチメンタルな考えを思い付き、そんな自分に対して「くすッ」と微笑わらうと微睡まどろみの中へと堕ちていった。



 セブンティーンはそんな少女の行動を意に介する事はしない。よって忖度もしない。

 ただただ低いエグゾーストノートを刻んで、既に誰も居なくなった道路をひたすらに疾走はしり抜けていくだけだ。


 今夜の狩場クエストの舞台に向かって。

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