第5話 Fastest Communicator Ⅲ

「貴女が通報者の方かしら?」


「ひゃッ。は……いッ。そう……です」


「驚かせてごめんなさいね。公安から来たハンターだけど、通報者の方で間違いないわよね?えっと、エノモト・リカさん?」


 突如として声を掛けられた通報者は身体を一瞬だけビクっとさせていた。そんな彼女に対して少女は言の葉を優しく紡ぎながらハンターライセンスを見せていく。


 少女から紡がれた内容と少女が手に持つハンターライセンスに対して、多少混乱している様子でエノモトは目を白黒とさせていた。



「えっ?貴女が公安の?あ、はい、そうです。私がエノモトです。あのお店で口論があって、それで通報しました。店主が刃物を持ち出して女性のお客さんに今にも襲い掛かりそうでしたので」


「うんうん、じゃあ、現場はあそこでいいのよね?」


「はい、あのお店です」


 通報者のエノモトは早口で捲し立てるように少女に伝え終えると、何やら戸惑った様子でしていた。


 何故にエノモトがしているかは、少女には皆目見当もつかなかった。しかしと今回の依頼クエストには関係無い事だと割り切って、エノモトに対して言の葉を紡いでいった。



「分かったわ、ありがとう!エノモトさん、貴女はもう帰っていいわよ。後はアタシが解決するから……」

「あぁ、そうだった、そうだった。忘れる所だったわ」

「通報のご協力感謝します!えへへ」




「まったく何度言えば分るんだ!!カネだよカネ、マネーだ、ゴールドだ、ゼン(統合通貨)だ!!こんな変な石じゃなく自分で食った分のカネを払えって言ってるんだッ!!」


 聞こえてきているのは店主と思わしき人の怒号どごうだ。


 少女はエノモトの元を離れ店の方に少し近寄ると、店の前で2人が言い争い、(と言いながら一方的に店主が怒鳴っている感が強い感じの言い争い)をしているのを陰ながら見ていた。


 既に通報から30分以上経っている。更に店の前で店主が大声で怒鳴っている事から少ないが、野次馬やじうまも集まっている様子だった。


 拠って少女は今のこの現状の把握をする為に、様子をうかがってみる事にした。



 怒鳴っているのは店主だと思われる。身長は180cmくらいだろうか?大柄な男で横幅も広い。

 余り若くは見えないが、老けているようにも見えない。

 だから見た目だけで判断して壮年そうねん(40歳前後)あたりの世代だろうと解釈した。


 右手には包丁を持っているが振り回す気配は今のところ思える。

 手に持っている包丁は脅しのつもりだろうか?あの体格であの剣幕なら、並の人間ならば肝を冷やす事だろう。


 左手には何か小石のような物を持っているが、距離が離れている事から肉眼では確認し辛い。



「デバイスオン、スコープモード」

「さてさて、左手の持ち物は何かしら?」

「へぇ、かぁ……。じゃあ、デバイスはオンのままの方がいいわね」


 少女は声を張り上げず小さめの声量で言の葉を紡いでいく。それでもデバイスはちゃんと認識してくれる。

 「優秀!」と褒めてあげたいが、それは今は非常に余談過ぎると言える。


 少女から投げられた命令に拠ってバイザーはスコープモードとなり、少女はズームをかけた事で店主が左手に持つ小石を確認する事が出来ていた。


 少女は自分が見た小石から、店主の前にいる女性の種族を判断しデバイスは必須と判断したのだった。




 店主が放つ怒号は声が張られており、少女がいる場所までちゃんと耳に届いて来ている。だが一方で正面に立っている女性の声は、当然のように聞こえては来ない。


 先程まで少女がいた場所から遠目に見ている限りに於いて、店主の前にいる女性は身振り手振りで何かを伝えようとしている事だけは分かっていた。


 そしてズームで見た時の女性の表情は困惑している様子が見えた。だがうかがえた表情の中に包丁を持った巨漢の男性に、おびえているような様子は見えなかった。


 その為にもう少し情報を得ようと考えた少女は、更に近寄ってみる事にしたのだった。



 近寄っていくと怒鳴り声は相変わらず聞こえている。しかしその他に聞き慣れない言語が耳に入って来ていた。


 要するに言葉の壁が今回の騒動の発端であると言えるだろう。依頼書にもあったが店主と口論になっている女性は、見た目からしてヒト種ではない様子だ。


 身長は対峙している店主と比べても遜色ない程に。髪は肩甲骨にかかるくらいに長く、明るめで艶がある翠色をしているが束ねられてはいなかった。

 肌の色は健康的に日焼けしたくらいに黒く、露出が多めの装備から覗いている豊満な胸元ワガママバストは少女にを持たせた程だ。

 なのでパッと見すると亜人種のダークエルフ族ダークエルフィアに見えなくもない。


 然しながらダークエルフ族ダークエルフィアと、似ても似つかない特徴が他にあった。

 それが頭と背中に……である。


 頭には魔族デモニアの特徴にも似ている角が2本生えている。さらに背中には龍種ドラゴンの特徴にも似ている翼が生えていた。


 そして種族としての特徴ではないだろうが、端正な顔立ちが勿体無いとも言える程の傷痕が左頬に4本奔っている。

 それは何かの魔獣に引っかかれた引っかき傷にも見えた。



 ダークエルフ族ダークエルフィアエルフ族エルフィアといった種族の「耳が長い」といった種族固有の特徴はないので、確実にそれらの種族ではないだろう。

 しかし「ハーフ」であればそれらの特徴は出ない事も多いから、100%違うとは言えないかもしれない。


 まぁでもそれは、子供が作れればハーフ…の話になる為に余談である。



 話しは戻るが店主の前にいる女性の言わずもがな……だ分かるハズも無い

 その為に仲裁役として依頼クエストを受けた以上、少しでも情報が欲しいのは事実だ。だが様子を窺っていた少女が、飛び出さざるを得ない状況は直ぐにやって来てしまったのだった。



 それは意思疎通が出来ず業を煮やした店主の怒声が一気に張り上がり、包丁を持った右手が振り上がったからである。




 店主が包丁を振り上げた瞬間、その場に少なからずいた野次馬からは「ひッ」と悲鳴の前段とも言える音声が口から漏れていた。

 少なくとも流血沙汰になれば、それから続く音声は「キャー」とか「ギャー」とかだった事だろう。


 だが振り下ろされた右手からは、「パシッ」と乾いた音だけがしていた。


 何故ならば少女は様子を窺っていた場所から飛び出し、振り上げた店主の右手首を掴んだからだ。



「なんだぁ?テメェはぁ?」


ぶぉん


パシっ


「へぇ、なかなかいいパンチじゃない!」


 店主は鬼種オーガのような形相で、掴まれた自分の右手を見たその後で掴んでいる少女の方を振り返っていく。

 それと同時に店主は身体をひねらせ、小石を握っている左の拳を、右手を掴んでいる少女の顔面目掛けて浴びせたのであった。


 店主が少女に拳を見舞った瞬間に、周囲の野次馬から「ひッ」と再び声が漏れていた。

 だが少女は自身の左手で店主から放たれた拳を掴んでいたのだった。


 野次馬からすれば流血沙汰を抑えようと止めに入った、少女が店主に因って殴られたと映った事だろう。



「それにしても、随分と短気な店主さんねぇ?アタシじゃなければ今のパンチはもらってたかもね?」

「あと、大きなお世話かもしれないけど、そんな短気を出してたらお店、続かないわよ?お客さん店で待ってない?大丈夫?」


「お、大きなお世話だ!!て、手を離せコノヤロウ!!」


「あっそう。アタシの忠告を大きなお世話って言うんなら、こっちも話しを聞いてあげる義理はないわよね?にひっ」


 少女は顔面に飛んできた拳を掴んだまま、店主に向かって言の葉を投げていた。

 そんな少女の口元は不敵に歪んでいた。

 通称、悪っるい顔である。


 少女の言の葉を受けた店主の顔はみるみる内に赤くなっていった。何故ならば少女は掴んだ店主の両腕を引っ張った上に、そのか細い脚からは予想だに出来ない程の脚力で固定していたのだから。


 尚、少女と店主の身長差は20cm以上ある事を踏まえると……。

 完全にキマっている事になる。要は首が締まっている状態……と言えるだろう。



「ギ、ギブ……」


「あら?もう降参?じゃ、仕方ないわね。はい」


どさっ


「げほっげほっげふぉっ」

「テ、テメェは一体……」


 店主は苦しそうに顔を歪めながらせ返っていた。しかし突如として現れた自分よりも遥かに年下で、尚且つ背の小さい()小柄な少女に対して、腕力では負けても虚勢だけは負けじと強がっていた。



「公安から来たハンターよ。はいっ、これがハンターライセンスね」

「近隣の善意の方から、「この店で口論が発生しており店主が口論をしている」と通報があったの」

「だからアタシが来たんだけど、この状況はもう聴取しなくても平気そうね?」


 少女はハンターライセンスを提示しながら言の葉を紡いでいた。

 その表情は微笑みをたたえているが、当然の事ながら目は微笑わらってなどいない。



「この状況で。これってもう、既に貴方は被害者じゃないわよ?」

「それに野次馬もいるし決して言い逃れは出来ない状況なんだけど、このまま恐喝きょうかつ及び殺人未遂の容疑で問答無用で逮捕されてみたいかしら?」


 少女はハンターライセンスを仕舞うと、店主の手にある包丁を指差した上で口角の端を歪に少しだけ上げていく。

 それはなんと言うか弱者を甚振いたぶるような、だったと形容するのが適切かもしれない。



「それに付け加えるならば、貴方からだし、アタシも公安から依頼クエストを受けてここに来ている以上、公務扱いになるの」

「だからそれの執行妨害で逮捕も可能なんだけど……。でもまぁ、礼状取るのも面倒めんどいから、証拠は出揃ってるし、全部まとめて現行犯逮捕されてみるってのはどう?」


「ひ、ひぃぃぃ」


 少女は悪魔的な笑みを崩さず、今度は意地悪そうにニヤニヤと更に甚振る様な笑みを浮かべている。

 更には多少の嘘も交えて挑発気味に、店主に対して言の葉を投げていく。然しながら、目は微笑わらってなどやっぱりない。

 強いて言えば獲物を追い詰める肉食獣のようでもある。


 さてその結果、先程まで赤かった店主の顔はみるみる内に青ざめていった。




「さてと、はいッ!手を出して?」


「ひ、ひぃッ」


からんっ


「包丁は凶器でもあるけど、この包丁は貴方の商売道具でしょう?それをそんな雑に扱ってはダメよ!」


すっ


「はい、どうぞ。これは返すわ。大事にしないと包丁が泣くわ」


「あっ」


「「手を出して」って言ったのは貴方の両手に手錠を掛けて拘束するって意味じゃないわ。貴方が左手に握っている、そこの女性から渡された石を見せてと言ったのよ」


「ほへっ?」


「もう1回言わないと分からないかしら?」


「ふへっ?は、はい。こちらです」


「よろしい。じゃあ、見せてね」

「へぇ、これはこれは。ふむふむ。やっぱり」


 店主は拘束されると勘違いした結果、慌てて手に持っていた包丁を道端みちばたに投げ捨て、両手を少女から見えないように隠した。


 まぁ、それはイヤらしい言い方をした少女に非があるだろうが、少女としてはのだからまぁ、タチが悪いとしか言えない。

 あの話しの流れからすれば、誰だって勘違いするだろう。


 だから言うなれば、「落として上げて、ムチとアメで1作戦」とでも言えるかもしれないが、そんな作戦名はただの蛇足だ。


 散々落とされた挙句に拾い上げられた店主は抵抗する事も虚勢を張る事もやめて、安心した様子で少女に素直に従っていた。

 だから、1度は投げ捨てた包丁すらも受け取っていた。

 更には左手の小石を少女に渡す。



『この店主さんの言い分をアタシが解決してもいいかしら?』


『っ?!』


こくんっ


 少女の口から女性に対して紡がれた言葉は、2誰も理解出来ない言語だった。


 何故ならばヒト種ではないこの女性に向けた、彼女の故郷の言葉だったからである。その言語を以って少女は問い掛けた。

 全てはバイザーの持つ翻訳機能の賜物たまものと言えるだろう。


 少女から郷里きょうりの言葉で話しかけられ女性は多少なりとも面食らっていたが、その提案に乗るしかないと瞬時に判断した様子で頭を1回だけ縦に振った。



「さて店主さん?1つ提案なのだけれど良いかしら?アタシが、この方の代金を立て替えて払います。だから、この石は持ち主に返してもいいかしら?」


「あ、あぁ、それならぜんぜん構わない。むしろ大歓迎だ。代金は統合通貨で1500ゼンだが、大丈夫か?」


「うっ、けっこう食べてたのね。普通の家庭の1ヶ月分以上の生活費で食事されて、お金がありませんじゃ、確かに激怒するのも分かるわ」


「だ、だろ?だからオラは悪くないだろ?なっ?なっ?」


「まぁ、仕方ない…って言うと思った?」


「ふぇッ?!」


「だからね、短気は損気って言うでしょ?こういったトラブルは大事になる前に早めに公安に連絡する事ッ!これからちゃんと出来るかしら?約束出来るなら今回は見逃してあげるッ」


ぶんぶんぶん


「約束する、約束する。短気は出さねぇ。これからはちゃんと公安に連絡する」


「よろしい。はい、じゃあこれ、代金ね」


ちゃりん


「ひい、ふう、みい…。確かに15枚。1500ゼンだ。毎度ありッ!」


「はぁ。流石に経費じゃ落ちないわよね?まぁ、いっか」


 少女が出した提案は想定外だったらしく驚いた表情を取りながら、口をだらしなく開けていた。


 逆にその金額を聞いた少女も口をと開けるハメになった。


 この時代、一般家庭に於ける1ヶ月あたりの平均収入は1000ゼンくらいなのでその金額の異常さが分かるだろう。さらにこの店主の店は高級小料理屋などではなく、

 ただの定食屋でそんな金額を食べる方が、としか言いようがない。


 だがこの小石は、その金額よりも遥かに値が張るコトを少女は知っていた。

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