ある神のお話
それは何でもない、いつもと同じ日だ。
多くの資料に目を通し、不備の無いようにする。
いつからこの仕事をしているのだろう。
いつの間にかこの界隈でのトップになってしまっていた。持っている”星”が大きく、他の星への影響が大きいというのも有るだろう。
この仕事はやりがいが有る。
平常心を心掛けないといけないのは大変だが、人間とは愛しいものだ。
中々上手くいかなかったり、ルールが厳しく決められていて、それを破り、度が過ぎると星を滅亡させてしまう事態にもなるので気を付けないといけない。
人は僕達の事を”神”と呼ぶ。
だが、覚えていた。その昔、僕は人間だったと。
もっと詳しく言えば、暗い宇宙の始まりに生まれた創造主が、沢山の星と色々な生き物を作った。
そして、その中で作り上げた”人間”の中から僕達は選ばれる。
それは、ある日突然だ。
「エルディ!このパン配達に行っておくれ!あんたは顔が良いから、ご指名だよ!」
「母さん、デカい声でやめて…。行ってくる。」
母から籠を奪い取り、配達へと向かうので靴紐を結び直す。
僕はしがない市民のパン屋の夫婦の元に生まれた。兄弟は五人。一番上の長男だった。
いつものように、見目が良いからと何故か指名をされるので配達に行かされる。
父と母は何故自分達からこんな子が生まれたのかと不思議に思ったらしいが、二人とも物事を深く考え過ぎないお気楽な性格だったので可愛いから良いか、とえらく可愛がってくれた。兄弟も仲が良く、皆等しく愛されて育った。
でも、父と母どちらかに似ている兄弟が少し羨ましかった。
年齢を重ねても色恋沙汰にはとんと疎く、将来の夢も無い。漠然と自分がパン屋を継ぐのだと思っていた。
一応将来の為に何人もの女性と付き合ってはみたが、結局「貴方は皆に優しい。私だけ見て欲しかった。」と言われ、よく分からないまま別れる事が多かった。
向こうから言ってきたのに、僕が責められるのは意味が分からなくて恋愛の真似事をする事さえ億劫になっていた。
パンの配達が終わり、とぼとぼと家に帰っていた。
配達した先々でいつもより捕まってしまい、疲労困憊だ。
何故老人はあんなにも話が長いのか。
すると、不思議な感覚を覚える。
歩いているのに、浮いているような。
薄暗い夜道で、小さな声で誰かに呼ばれているような。
キョロキョロと見渡すけれど、何かは分からない。
しかし、いつの間にか知らない美しい池の傍に居た。
ぞくりと背筋が凍る。ここは、何処だ?
そう考えた時には既に遅く、池の水が大きな手に変わり、僕を掬う様に包み込んだ。
反射的に目を瞑り、息が出来る事に気付いてそろりと目を開ける。
「おかえり、エルダーン。」
そこは世にも美しい庭園だった。
見た事も無い草花で溢れ、色とりどりの木々が話をしている。
そこにある小さなガゼボの前で一人の女性が僕を待っていた。
知らない名前を言われたが、それが僕のここでの名だと言う。
女性はガゼボに僕を招くと事情を説明してくれる。
ここは”天界”と呼ばれる所で、貴方は選ばれた存在だと。
天界に適合した肉体のみが、天界で働く事が出来る。
本来は魂だけが天界へ出入り出来るのだが、魂は次への輪廻転生を行う準備がある為働く事が出来ない。
天界は迷える魂を次の元へ送る道標であり、ここでは天界で働ける肉体を持つ者で有るのが最低条件である、と。
ここに居る間は歳を取らない。好きなだけ働く事が出き、期限は無い。
ルールは有るのでそれには気をつけねばならないが、星の運営はとても面白いものだ。
もし、仕事に飽きたら後継者を置けば、生まれ変わって人間に戻る事が出来る。ここでの報酬は生まれ変わる際、自分の行先を選べる事だ。
まぁ、飽きる事は殆ど無いよ。とケラケラと笑いながら言われた。
「家族にさよならさえ言っていない。」
なんだか腹が立った。
いきなり連れてこられた理由は分かったが、選ばれた人間だからって言われても何も嬉しく無い。
「おっと、言い忘れていた。君は既に死んでいる。と、いっても仮死状態なのだけれど。」
よくよく聞けば、天界と適合出来る身体は云わば地上では”不治の病”と呼ばれるもので、地上で住むには適していないのだという。
天界で働く事により徳を積み、仮死状態にする事で不治の病を克服する事が出来るのだとか。
こちらに連れてこられる際は本当に一分一秒を争う事態に陥っているからだ、と彼女は言った。
進行が早い者もいれば、遅い者もいる。僕はその遅い方だったと。大概は子どもの間にこちらに来る事が多い。
最初は戸惑うかもしれないが、このまま死んで次の生を待つか、ここで働くかは僕次第だと。
ただ、ここで働ける者は本当に少ないので出来ればやって欲しいらしい。
愕然とした。
そして、直ぐに理解した。
ここに来たのはちゃんと意味が有って、自分はもうあそこには居られ無いのだと。
「自己紹介が遅れていたが、私が創造主だ。ようこそ、我が愛しの子よ。」
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