第7話
「サラちゃぁん、今度デートでもどう?」
何度この会話をしているだろうか。
しつこいが、憎めないなと毎回思う。
「ふふ。私、今は仕事が恋人なの。仕事にフラれたら考えてあげるわ。」
「ちぇーーー、今日もお堅いぜ!!」
そう言って肉屋のニックは借りたい本を借りて去って行った。
引き際がサッパリしているので彼の事は嫌いにはなれない。
同僚の皆でクスクスと笑い合う。
婚約破棄をされてからこの土地に来たが、本当に良い人ばかりだ。
「サラちゃん、一度くらいデートしてあげたら良いのに。」
「あれは演技ですよ。彼、本命が別の子だって私知ってるんです。」
「まぁ、それは良い事を聞いたわ。からかってやらなきゃ。そろそろ上がり?」
「はい、これで今日は終了しました。お疲れ様でした。」
そう、私のような平々凡々な適齢期過ぎの女は当て馬なのだ。
でも、ニックの事を知っているとイラつきもしない。
手際良く締め作業を行うと、皆に挨拶をして帰路に着く。
ここに越してきて一年が経った。
貴族令嬢だったが、そんなに豪勢な暮らしをしていた訳でも無いし、一通り何でも出来てしまったし、周りが優しくて困る事は無かった。
越して来た時は絶望に打ちひしがれていたが、案外どうにかなるもんだ。
でも何故か、家に帰って鏡で自分を見る度に不思議な気持ちになる。
一人暮らしにも慣れてきたはずだ。なのに、心にぽっかりと大きな穴が開いているようで。
何かが決定的に抜け落ちている気さえする。
婚約破棄されたばかりなので、恋愛や結婚話はこりごりなのだが、周りは恋愛の話や結婚の話ばかりだ。
平民になったといえども、そろそろ…といった感じなので寂しいのだろうか。
「…やっぱりデート受けとくべきだったかしら?」
そう考え、なんだか可笑しくてクスクスと思い出して笑ってしまう。
全くその気にならない。
ニックと意中の彼女は、私はお似合いだと思っているからだ。
ニックさえ勇気を出せば上手くいくのに。と思うとやきもきしてしまう。
本当は恥ずかしがり屋で、本命には中々言い出せない彼の幸せでも祈ってあげようか、それは良いかもしれない。
私は、近くの教会へと向かう事にした。
ここは元々私が結婚式を挙げようと思っていた場所だ。
そんな思い出が有るので来る事も無いだろうと思っていたのだが、今日はなんだか気分が良い。
教会自体は各方面のステンドグラスから光が差し込み、大理石の床が様々な色でキラキラと輝くとても美しい所である。
そんな教会に一目惚れをしたから、この土地を選んだのだから。
教会へと足を運ぶと、教会の前で清掃をしている神父が居た。
「神父様、お祈りをしたいのですが入っても宜しいですか?」
「はい、どう…ぞ。」
私の声に振り返った神父は、カランと箒を地面へと落とす。
すると、何故か私の心臓が狂った様に跳ねた。
「?、大丈夫ですか?」
動悸かな?と神父が落とした箒を拾おうと手を伸ばすと、パシッとその手を掴まれた。
「ありがとうございます。…お嬢さん、貴女が汚れてしまう。見ない顔ですが、お名前は?」
「サラです、この近くに一年程前に越して来ました。」
「エルディです、エルディとお呼び下さい。」
よく見ると、彼はとても見目が良かった。なんだか手を掴まれている事が恥ずかしかったので、スっと彼の手から自分の手を退けて箒を取る。
「近くなのにご挨拶が遅れてしまってすみません。宜しくお願いします、エルディさん。」
汚れる事は別に良いのだ、私は出来るだけ印象良く笑って箒を渡した。
ご近所付き合いは大事だ。
ードクンッ
ぐるりと血が遡る。
光が弾け、記憶の雨が私に降り注いだ。
「…エルディ?」
キラキラとした記憶と共に彼の名前を呼ぶ。
すると、彼は私を力一杯に抱き締めた。
「サラ、迎えに来たよ。いや…、違うな。僕がこちらにきてしまった。」
エルダーンの胸は早鐘を打っている。
そして、温かかった。
何が起きているんだろう。
「僕は今、君と同じ”人間”だ。諸々の責任を取ってね、神を辞めて来た。」
「えぇ!?」
神を辞める事なんて出来るのかと驚きが勝ってしまう。
しかも、消したはずだった記憶が全部戻って来た。
前世の記憶も、彼との記憶も。
全くもって意味が分からない。
「まぁ、そんな事は良いんだ。色々処理に時間がかかって、遠回りをしてしまった。
それに、ここに君が来てくれる確証も無かった。
あの時の返事をさせてくれ。僕も、君が好きだ。」
「え、ええ!?」
「急いでしまった事は分かってる、でも早く伝えたくて。」
美形の顔がズイズイと近付いてくる。まさか、神という枷が有ったからまともだったのか?と私はパニックに陥っているのだが、彼はお構い無しだ。
「か、考えさせて下さーーーーい!!!」
恥ずかしさが限界を超え、私は家へと駆け出してしまう。
貴方と語った、あの家に。
数年後、この小さな教会で美しい男性と瞳の綺麗な女性が結婚式を挙げた。
彼等はとてもお似合いで、幸せそうだったと誰もが語ったという。
~Fin~
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