第6話
「待っていたよ、そんなに濡れて…。大丈夫かい?」
今更何だ?とただ驚く事しか出来ない。断罪された後に、その元婚約者が断罪者の元へ来る話なんて聞いた事が無い。
惨めな私を笑いに態々隣国まで?
「それよりも、中に入れてくれないか。こう、雨だと話も出来ないし。」
鬱陶しそうに、雨を払う彼を見てこんな奴だったのか、と感じた。
最初に心配そうな声をかけたが、それは私に対してでは無い。自分を心配して欲しいからだ。
あのまま結婚しなくて良かったのかもしれない。色々あったが、浮気を正当化するような奴である。
怒りはもう無いが、話す事は何も無い。
「…いえ、わたくしはお話する事は有りませんわ。どうぞ、お幸せに。」
そう言って彼から距離を取り、避けて家に入ろうとした。
ただでさえ気分は最悪なのに、嫌なものを見た。
「ち、ちょっと待って!こ、このままで良い!話を聞いてくれ!」
ザーっと雨が少し強く降り出したが、お構いなく私は軒の下で振り返る。
この家を気に入っていたが、知られてしまったので移り住まなくてはいけないかもしれないな。
まぁ、聞くだけは聞いてやろう昔のよしみで。
体調が優れない、早く寝たい。
「この家は君が僕との別荘に買ったと聞いたよ!僕はあの女に騙されていたんだ…。サラ、ここで俺とやり直そう!」
デルタはバチャッと雨の降る地面で土下座の様な形で膝と手を付く。
両親が私を心配して余計な事を言ったのだろう。
まるで悲劇のヒロインの様だ。
ゴロゴロと雷が燻る音が聞こえた。
私は今、きっと酷い顔をしている。
あんな風に人を蔑み、嘲笑い、汚い物を見るような目で私を見ていたではないか。
それが、どう転んだらこうなるのだろうか?
「残念ながらわたくしは今、一般人です。それに、今はこちらの国の戸籍を取っております。なんの利益もない一般人と他国のお貴族様との婚姻等、出来るはずも御座いません。お引取りを。」
当たり前の事を言ったのだが、彼はスクッと立ち上がると何故かフッと笑った。
「君がそんな冗談を言う子だったなんてな。これから沢山愛してあげるよ。俺だって、こんなに改心したんだ。さぁ、家に入れてくれ。」
そう言って彼は何故か家に入って来ようと歩き出した。
ぞくりと気味の悪い悪寒がして、話が通じなくて混乱してしまう。
ーーバリバリ、ドォーーーーーン!!!
すると、彼の真横に雷が落ちた。
幸いにも、当たる事も通電する事も無かった。
こんなにも、タイミングの良い雷が有るのか…。
「ひぃっ!!」
デルタが少し怯んで後ろへと後退る。
「わたくし達は結ばれない運命なのですわ…。ほら、天もお怒りですもの。」
私がニヤリと笑ってそう言うと、まるで知っていたかのように今度は、彼の目の前に物凄い音と光で雷が落ちた。
恐る恐ると目を開くと、前に雷が落ちた穴が開いているのを見たデルタの顔はサーっと青くなる。
「ば、バケモノ!!」
ひぃっと悲鳴を上げ、捨て台詞を吐くとスタコラサッサと逃げて行った。
デルタにとっては、タイミングの良過ぎる雷は私が操っているように見えたのだろう。
最後まで残念な人だ。これに懲りて、流石にもう来ないだろう。
やっと家に入れた私は、風呂に入り身体を温めた。
そして、一息付くと鏡の前に立つ。
ーーコンコン
「…貴方なんでしょう、エルディ。」
鏡にノックするのは変な感じだが、その鏡に額をくっ付けて目を閉じる。
まだ約束の時間よりは早い。答えてくれる確証も無かったが、私はエルダーンを呼んだ。
「…近いな。」
いつも見ている彼の顔を見ると安心してしまう。
近いと言われたので離れると、彼は恥ずかしそうに違う方向を向いていた。
「見ていたの?」
私が問うと、彼は渋々といった感じで頷く。
「ふふ。貴方、心配性だったのね。」
「そ、そんな事は無い。」
「だけど、良かったの?神がしてはいけない行為なんじゃないの?」
「…あぁ、反省文を沢山書くさ。」
「そう…。ありがとう、助けてくれて。」
彼に会うと泣いてしまうかもしれないと思った。
だけど、意外にも私の心は晴れやかだ。
「ねぇ、エルディ。」
「なんだ?」
「私の記憶、無くして欲しいの。今すぐに。」
そう言って、私は朗らかに笑った。
「サラ?」
「ふふ、驚いた?昨日の今日だもんね。でもね、決めたの。分かってしまったの。」
「分かる?」
「”内緒”。だから、もし今後こんな事が有っても私を特別扱いしないでね。反省文何枚も書く神様なんて変だもの。」
私がクスクスと笑うと、エルダーンは驚いた顔をしていた。
そして、光が弾けると彼が目の前に現れる。
「エルディ、お話出来て楽しかったわ。私の話し相手になってくれてありがとう。」
「あぁ。」
「貴方の事が好きよ。」
「…知ってる。気付かないフリをしていた。」
「ふふ、やっぱり。気付いていたのね、悪い神様。」
エルダーンは私の額にそっと指を二本くっ付けた。
あ、これから記憶が無くなるんだ。なんと分かりやすいのだろうか。
「さようなら、エルディ。」
「…またね、サラ。」
私、ちゃんとさよならを言えたかしら。
貴方、私の事好きだったでしょう?
その言葉を私は飲み込んだ。言う必要なんか無いんだ。
彼は、私を覚えていてくれるんだもの。
そこで私の意識は遠のいた。
ひんやりとした何かに包まれた気がしたけれど、もう何かは分からなかった。
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