#7 試験と、学園
飛竜種の一件以来、僕は魔法についてより深く調べるようになっていた。父の図書館で魔術書を読み漁り、知識を蓄えて実践に移す。この反復。
そして繰り返して数年が経過し、今日この日を迎えた。
「トモキ、忘れ物ない? ちゃんとお弁当とかペンとか」
「ガッハッハ! モニカは心配性だな、トモキなら大丈夫に決まっているだろ!」
「父さん、母さん……」
今日は『王立勇者育成学園』の入学試験だ。最終試験まで残れば自動的に今日から晴れて学園の生徒となり、寮での集団生活となる。
父の推薦もあり、僕は三次試験からの参加となっている。僕のためにここまでしてくれたことに頭が上がらない。
「うっ…… もうトモキと一緒にこの家で住めなくなると思うと」
「モニカ、たかだか寮だから好きな時に帰ってこれるだろ。そこまで心配することじゃない」
涙を流す母を慰めるように父はそう言っているが、かくいう父も寂しそうな表情を浮かべている。僕自身も寂しくないかと聞かれると寂しいに決まってる。
転生したとは言え十年間、僕にずっと愛情を注ぎ続けてくれた今の両親と離れるのは正直辛い。
「僕、頑張るよ。だって、父さんと母さんの自慢の息子だから!」
「トモキ……」
「ガッハッハ! それでこそ俺の息子だ!」
僕の髪がクシャクシャになるまで父は僕の頭を撫でてくれた、母は僕を暖かい身体で抱きしめてくれた
「トモキ、行く前に父さんの話を聞いてくれ」
父は僕の肩を持ち目を見て話す。
「きっと、お前は俺が知らない何かに片足を突っ込んでるのかもしれない。だが、トモキが何を選んだとしても父さんや母さんは、お前の味方だからな」
「……ありがとう」
父は僕にそう言って送り出してくれた。きっと僕が何かに巻き込まれていることに気づいていたのだろう、それもきっと前から。
だが父はそれでも僕を快く送り出してくれた。ありがとう、この世界を救えるくらい立派になった姿を見せるから。
◇
両親との別れを済ませ、学園へ向かうため馬車に揺られ小一時間が経つ。今まで寡黙に手綱を握っていた
「お客さん、本当に良かったんですか? ご両親と離れて暮らすことになるというのに」
「いいんです。僕にも夢がありますから」
「なるほど…… それは私が口を挟むのは野暮というものでしたね」
御者はそう言ってまた口を閉ざしてしまった。出発する時に号泣する母を見れば、それは心配するだろう。
「ではお客さん。私から一つ『
「吸血鬼って、あの生物の血を吸うっていう知性種の魔族ですよね?」
魔族の図鑑で読んだ程度だが、かなり高い知性を持つと言われる魔族だ。赤い瞳を持つこと以外は人間や妖精と見分けがつかない程の異質な魔族だという。
だが、生物の血液を生命源としている生物でましてや魔族。どうして、そのような存在が教員として学園にいるんだろう。
「えぇ、奴ら血は吸わないとか言っているんですけどね。お客さんは吸血鬼には十分注意してくださいよ」
「ご心配ありがとうございます」
「まったく、吸血鬼はいつになったら絶滅するんだか…… おっと独り言を失礼しました。到着ですよ」
馬車がゆっくりと止まった。窓の外を眺めると、そこは学園の校門前でも賑やかな町の繁華街でもなく山間の峠道の畦道だった。
「お客さん、着きましたよ。王立勇者育成学園前です」
こちらを振り向きながらそう言った御者の言葉に僕は驚き、数秒間思考がフリーズした。
「えっ? ここで間違いないんですか?」
驚く僕を見かねて、御者は窓のほうを見ながら遠方の山を指差した。
「あの山の山頂にある城が王立勇者育成学園です。この先からは学園の規則で生徒が自らの足で進まなければならないのです」
確かに入学パンフレットにそんなこと書かれてた気がするけど、まさかこんな遠いなんて思ってもいなかった。
よく見ると、脇道の腐りかけた木製の看板に『王立勇者育成学園』の文字が書いてある。
ここから学園を目指すのだろう。更に目を凝らせば、山道を米粒ほどの大きさの人が登って行ってるのが見える。
「では、お客さん。ご武運を」
「御者さんも、お気をつけて」
軽く会釈をして御者はその場を去っていく。それにしてもかなり距離がある、山頂にある学園までどれだけ時間が掛かるか計り知れない。
「いやいや、大丈夫! 僕ならいける」
何度か頬を叩いて自分なりに気合いを入れる。これから僕の新しい道が始まるんだ。
◇
歩き始めて一時間辺りが経過しただろうか、子供の大きく泣く声が聞こえ始める。
「うわーーーん! パパー、ママー!」
「うぅっ……」
そろそろ山の中腹辺りに差し掛かるだろうか、山頂の学園もより大きく見える。思うところがあるとすれば道中うすぐまる子や泣いてる子が増えて来たことだろう。
僕は転生して来たから精神面はある程度補えている、足が痛くても我慢して歩みを進められる。
だが、普通の子供にとっては地獄も同然だ。
終わりが見えないような距離を歩いているのだ、無理もない。
「でも、きっとあと少し。頑張れ、頑張れ僕!」
だけど、僕はこんなところで止まらない。強く気を持つんだ。
◇
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか、数時間以上は歩いている気がしている。だが、その甲斐あってついに山頂。
「や、やっと着いたぁ!」
下ばかり見て歩いていたから気づくのが遅れたが、大きな
「おめでとう。よくここまで辿り着けたな」
「え? あ、ありがとうございます。これ受験票です」
「助かるよ。……ん? 君はオズワルド館長の息子か、話には聞いてるよ」
受験票を見た教員はこちらをまじまじと凝視してきた。確かに館長の息子とは言えそんなに珍しいものだろうか。
「君、ただの坊ちゃんかと思えば結構肝が据わってるんだね。君のような子ばかりならねぇ」
「あの…… それが何か?」
「いやいや、こっちの話。君は見事試験会場である学園に到着した、次は筆記試験と実技試験が残ってるから頑張ってくれ。これ一時的な学生証と学園の見取り図、なくさないようにな」
軽く一礼して学生証と見取り図を受け取りその場を去る。自分の名前が学生証には既に書かれているところを見ると事前に準備されていたものだろう。
そしてついに学園の内部へと入る。内装は一件して城のそれではあるが、いくつもの通路や教室が目に入った。ここも普通の学校と変わりはないのだろう。
「さて、見取り図からしたら次の筆記試験会場は――」
「遅れる遅れる――!」
『え?』
背後からもの凄い衝撃が来て思わず倒れてしまう。誰か走って僕にぶつかって来たようだが。
「いてて……わわ! ごめんなさい、お怪我はないですか?」
「大丈夫、君こそ怪我はないの?」
「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
透き通るような白い髪でボブヘアーのその少女は翡翠色の輝かしい瞳でこちらをじっと見つめている。妖精というのもあるだろうが、あまりにも整った顔立ち故に目を合わせるのが照れくさく顔を背けた。
「あの、私たちどこかで会いましたっけ?」
その少女は、僕の顔を覗き込みながらそう問いかけてきた。
「……いや? 初対面だと思うよ」
「うーん、凄い既視感があるんですよね。あ、そんなことより筆記試験もうすぐ始まるんだった!」
彼女は思い出したかのようにいきなり立ち上がり、こちらに一礼をした。
「本当にごめんなさい、私筆記試験あるので!」
それだけ言い残して、少女はそそくさとその場を走り去った。まさに嵐のような少女だ。
自分も立ち上がり、服の埃を軽く払う。
彼女の言う通りなら筆記試験はもうじき始まるのだろう。僕も急がねばと彼女の後を追おうとしたところで、足元に何か落ちてるのに気づく。
「これって学生証? 『フクシア=トルマリン』、さっきの人だよねきっと」
学生証はなくさないように言われている。彼女もなくなって焦っている事だろう。これが無いと最悪試験が受けれないのではないか。
「ということは、急がないと!」
彼女の後を追い、筆記試験の会場となっている教室へと向かう。通路や教室が入り組んでおり、まるで迷路のような作りになっている。
これは慣れるまでは大変そうだ。
「えっと、ここだよね。たぶん」
教室の扉を開くと中には既に複数人の生徒が待っていた。友人同士で来ている者もいるのか談笑しているグループや、ここまで歩いた疲れからか眠っている生徒も居た。
そんな中で一際目立つ先程の白髪の少女。何やらバックの中を探っているところを見ると、この学生証を探しているのだろう。
僕は彼女の隣にそっと座り、学生証を手渡した。
「君、さっきこれ落としたでしょ?」
「あっ! さっきの人、ありがとうございます!」
こちらに気づいた彼女は僕の手を取って嬉しそうにぺこぺこと何度も頭を下げた。母親以外の女性と手を繋いだ経験なんて少なく、思わず手を振りほどいてしまった。
だがそんなこと彼女は気にする素振りを見せずに。
「改めまして、私『フクシア=トルマリン』と申します。これからよろしくお願いしますね」
爽やかすぎる笑顔で僕に自己紹介をしてきた。
どこか神聖な雰囲気すら感じさせる彼女の純粋な笑顔は、さっき学生証で名前を見てしまった事を申し訳なくすらさせた。
「僕は――」
自分も名乗ろうとした時、教室の扉が勢いよく開かれた。片方だけ異様に伸びた触覚ヘアが特徴的な茶髪の女性教員と、妖精族であろう青髪の男性教員が入ってきた。
入室は思ったより時間ギリギリだったようで、フクシアとぶつかっていなければ遅れていたかもしれない。
「全員注目!」
教団の真ん中まで歩いた青髪の男性教員がパチンと手をたたき注目を集めた。
「ここまで御足労だった。これから筆記試験を行う。担当の『ゼノ=モルガナイト』だ、こっちが」
「はいはーい! 『ライザ・N・サンタクローズ』、私は実技試験を担当するよ」
ゼノと名乗った男性教員に紹介され、ライザと名乗る女性教員がお辞儀をすると、一同がどよめく声が聞こえる。
僕だけが首を傾げていたのを見かねたのかフクシアが肩をぽんぽんと叩く。
「あの人、吸血鬼ですよ。あの赤い瞳が立派な証拠です。お隣の先生は私と同じ妖精みたいですけど」
少し怯えた表情の彼女は、僕に小声でそう伝えてきた。やはり吸血鬼は魔族という事もあり、嫌われ者なのだろう。
「そういえばここへ来る時に吸血鬼の教員が居るって聞いてたけど、本で見るより人間っぽい見た目してるんだね」
実際に吸血鬼を目の当たりにすると、本当に赤い目をしている事以外は外見で見分けがつかない。
「静粛に、ではこれから試験を開始する。ライザは先に実技会場で待っていてくれ」
「自分の息子にだけ甘くしたらダメだからね〜ゼノせんせ!」
ライザと呼ばれた吸血鬼教師は、ヘラヘラとした態度でそう言い、教室のドアの方へと歩き出す。
「貴様こそ、自分の弟を贔屓するような真似だけはしないでくれよ」
仲が悪いのか、明らかに険悪な空気が辺りに漂っている。こういう空気は気分が悪くなるからやめて欲しい。
「まったく、吸血鬼が何で教員に…… まぁいい」
大きなため息を吐きながらゼノは生徒が座る机の上に問題用紙と変わった形のペンを渡して回った。
「それでは開始…… と言うまではペンは持たない方がいい――」
「あわわっ!?」
隣で驚く声でフクシアがペンを床に落とした。それを見たゼノはニヤリとしながらこちらに向かって来ながら生徒全員に伝えるようにペンを見せる。
「このペンは特別でね、『使用者の魔力をインクに変換する』という設計だ。不用意に触れば魔力がどんどん減っていく」
「うへ〜趣味悪すぎなんですけど」
ゼノは落ちたペンをフクシアの隣に置き直す。彼女の言う通り非常に悪趣味な仕掛けだ、知識と本人の魔力の総量を試すのが目的ではあるのだろうが。
「うぉっ、凄いなこれ」
実際自分が持ってみると確かに奪われるような、吸い取られるような独特な気持ちの悪い感覚に襲われる。一体どういう魔術が組み込まれているのか好奇心が湧き出てくる。
「ふふ、それでは筆記試験開始!」
正直どこまで持つのか分からないが、古代武装も長時間顕現させられていたんだ。きっと大丈夫。
ここからが本当の入学試験、絶対に乗り越えてみせる。
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