#6 魔術と、その先
「トモキ、お誕生日おめでとう!」
朝の身支度を済ませ、部屋を出ると母が勢いよく祝ってくれた。改めて今日が自分の五回目の誕生日だということの実感が湧く。……厳密に言えば四十回目なのだが。
「トモキも五歳かぁ、早いものだな」
「昔から大人しかったけど、更に大人びた感じがするわね! 流石は私の愛息子よ」
「ありがとう。父さん母さん」
そう言って、自分の椅子へと腰掛けた。いつもの朝食よりも少し豪華だ、僕の誕生日に奮発してくれたみたいでやはり嬉しい。
「今年からはトモキも図書館までなら一人で来てもいいからな」
「やった! ありがとう」
「うふふ。この子がまた成長していくのが楽しみですね、寂しくもありますけど」
そう話す母はどこか寂しげにも見える。
思えば気恥ずかしさから、あまり母に甘えるといった事は少なかった。精神年齢的には両親と同じか、少し年老いててもおかしくない位なのだから仕方ないと言えばそうなのだが。
「よし、今日はせっかくだし三人で魔法の練習をしよう!」
「あら! いいわね、私もトモキの魔法を見てみたいわ」
「母さんも?」
そう聞くと、胸を躍らせながら頷く。母も光元素の医療魔法の使い手、僕もいくつかの治癒魔法を教わっている。
「そういえば、聞いたか? 新しい学校の話」
「『
「学園?」
朝食を食べ進めながら両親に聞く。学校の名前は非常に興味をそそられる。
「王立勇者育成学園。魔術や剣術を学びながら、王国と『ギルド』のコネクションを通して次世代の勇者を育てていく学校だ」
「トモキもギルドの事は知ってるわよね?」
「うん。前に行ったところだよね」
『ギルド』とは自分の世界で言う所の『派遣会社』のようなものだ。都市に一つから二つのギルドが存在しており、所属する傭兵を依頼主に派遣する仲介業者のような役割を果たしている。
傭兵を派遣すると言っても魔物討伐の他に草むしりや家事代行等の雑用の依頼も舞い込んでくるんだとか。
「なんだか凄そうな学校だね、僕でも行けるの?」
「ガッハッハ! 残念だが十歳になる年からしか入学試験は受けれないんだ。あと五年は行けないな」
「うふふ、それまで勉強して一発で入学できるようにしないとね」
普通の勉強ならゲンナリしてしまうが、魔術についてならどれだけでもやっていける気がした。
「だが、トモキはまだ五歳だ。今はまだ思いっきり遊ばないとな」
「じゃあ今日はピクニックでも行きますか?お弁当今から作って」
「いいアイデアだモニカ!トモキもそれでいいな?」
「うん、お母さんのお弁当すっごい楽しみ!」
「あらあら。じゃあ腕によりをかけて作っちゃうわよ」
魔術の練習はなくなってしまったが、家族の団欒。こういう時間も悪くないかもしれない。
前の世界では親と過ごす、ましてや親孝行なんて出来たことはなかった。今の両親には目一杯の恩を返せるようにしたいな。
◇
そしてあれから数日後、僕は一人で街外れの草原に立っている。理由は一つだ。
「……今まで隠してきたけど、その学園に通うためには『僕だけの武器』が必要になる」
きっと僕なんかより凄い才能の持ち主や努力をしてきた人間が揃っているに決まってる。何も努力していない僕は埋もれてしまう。
あの男から託された力。今まで両親の目があって実際に使うに至らなかったけど、今なら。
「ふぅ……『
空へ手を翳しながら教えられた呪文を唱える。すると一瞬の閃光と共に地面に煌めく長剣が現れた。
「すっごい、本当に使える」
剣を振り回しながら使用感を確かめる。見た目に反して僕でも取り回しがしやすい重さだ、一体どういう原理で使いこなせるんだろうか。
あれからいくつもの本を読み漁り、古代武装についての情報も何とか見つけ出した。『ティルフィング』は無の元素が常に刀身を走り続けるという特徴を持っているかなり特異な性質を持つ武器だ。
「確か、
『魔力』はどんな生物にも個別で存在している『元素を魔法や魔術』に変換する力の事だ、ゲームで言うところのMPとかに当たるのだろう。当然だが、この世界はゲームなんかじゃないため数値として見ることはできない。
そこでこの顕現させたティルフィングを使う。地面に突き刺し、自分の限界を試すのだ。
「本でも読みながら、しばらく待ってみよう」
僕は持ってきた本を読みながら、限界が来ることを待つことにした。
◇
「き、消えない……」
あれから何時間が経ったのだろうか。もう日が暮れ初めてきているというのにティルフィングは未だに健在だ。本の内容が間違っていたのだろうか。
「んー、そんなハズないんだけどなぁ。魔力って皆平等に容量が決まってるって母さんも言ってたのに」
地面から引き抜きティルフィングをぶんぶんと振り回す。もしかしたら顕現させている間は魔力を消費しないのだろうか、本の記載ミスだと考えると辻褄が合う。
「無の元素って未だに分かってないらしいし、仕方ないよね。そろそろ帰らないと母さんに怒られちゃうや、『
本を片付け、ティルフィングも解除する。跡形もなくその場から消える剣、便利で強力な魔術であるのは間違いないのだが。
「まぁ、入学するまでに詳しく調べることが出来ればいいけどね」
そう独り言をぼやきながら家への帰路につこうとしていたその時。
「うわああああ!」
「た、助けてぇ!」
遠くから微かに叫び声が聞こえたような気がした。
僕は近くの小高い丘に登り、先程声が聞こえた方向へ目を凝らす。すると、大きい影が二人の人間を、しかも恐らく子供を追い掛けている光景が目に入ってきた。
「あれはまさか『
前の世界では御伽噺として話されていた空を飛ぶ、大人の背丈の倍以上はある竜、この世界では凶暴な魔族の一種として図鑑に載っている。
だが本来の生息地は山岳地帯、ここから遠く離れているのに何故だ。
僕は無意識のうちに走っていた。もちろん勝ち目など無いに等しい。飛竜種は元々熟練の冒険者が複数人集まって対応する魔族なのだ。
多少魔法への心得があるとて、子供一人の力ではどうしようもないに決まっている。
「このままじゃあの子たちは……。いや、あのローブの男も言ってたじゃないか。指名を全うしろと、魔王を倒してくれと」
その時、女の子が躓き、男の子も足も足を止める。僕から飛竜種まであと数十メートルはある。このままでは間に合わない。
「あっ!」
「フクシアちゃん!」
二人は肩を寄せて目をつぶってしまった。
「君たち、伏せて! 『
勝算のない賭けだった。
僕は目一杯の声を絞り出し、ティルフィングの展開を宣言する。
すると、飛竜種の背後に魔法陣のような物が現れ無数のティルフィングが一斉に飛び出す。突然の出来事に混乱した飛竜種が怯む隙を見せた。
しかし倒しきるには至らなかった。
「『
すかさず次の一手を打つ。
呼び出したのは古代武装の参、ハルバード。初めて呼び出したから形状がよく分からないが、とにかく今は考える余裕なんてない。
「うおぉぉおお!!」
大声で自分を奮い立たせ飛竜種へと走り、その腹へと突き立てる。
「グオォォォォォォオオ、ギェェエエエ!!」
大量の鮮血が迸ると同時に鼓膜がビリビリと震えるほどの咆哮、かなり効いている。
轟音を間近で聞いたせいで耳が痛いが飛竜種は未だに倒れていない、あと一歩だ。
「顕現 古代武装・壱!」
僕は声高らかにコールを宣言し、飛竜種の腹に刺さったままのハルバートをティルフィングへと形状を変化させる。
すると、僕の勢いに同調するかのように刀身が肥大化した。
「これで終われぇぇぇえ!」
僕はティルフィングを先程以上に強く握り全力で薙ぎ払う。
「グォオオオオオオッ!」
飛竜種は腹から片翼まで引き裂かれ、再び咆哮を上げバタンとその場に倒れた。
「勝った、のか……」
僕は飛竜種が動かなくなったことを確認し、大きなため息と共に膝をついた。
「う、うわあああん!」
「フクシアちゃん! 良かったよおお!」
飛竜種が倒れたことで緊張の糸が切れたのか、二人の子供たちは大声で泣き始めた。あんな大きな魔族に追いかけ回されたら無理もない。
「おい! 君たち、大丈夫……ってうわっ!?」
「う、嘘だろ……」
突然背後から聞こえたのは複数人の武装した大人たちだった。おそらく飛竜種の声を聞いて急いで来てくれたのだろう。
その中から一人の男がこちら側へと近付いてきて僕に話しかける。
「君がやったのか?」
「……い、いえ! 通りかかった人が――」
「お兄ちゃんが僕たちを助けてくれたんです!」
両親にこの事がバレたくない一心で嘘をつこうとしたが、助けた男の子が大声でそう言ってしまった。どうしたものかこれは、大人たちからの視線も痛い。
「俺たちはギルドから飛竜種の討伐を依頼された傭兵だ。君たちはギルドで一旦預かるよ、勿論君も」
「は、はい……」
これは先が思いやられる。
◇
空は日が暮れかけ、ランタンの穏やかな光が灯るギルドのとある一室。その中央にある椅子に僕だけが座っている。部屋の中には複数人の大柄な男たちが立っており、凄まじい圧迫感を感じる。
「俺らが怖くねぇのか? 小僧」
急に大柄な傭兵の男から話しかけられた。
ギルドへは、身元不明者や元服役者等も登録可能だ。その中にはならず者も居る事だろう。
普通の五歳児がこの環境に長時間居れば、泣き出しても何らおかしくない。
「……泣いた方がいい感じですか」
「ケッ、年齢不相応だな。お前、本当にガキか?」
僕がいやみったらしく返事をすると、別の傭兵もこちらを向いてきた。
「辞めろ。子供を虐めるな、みっともない」
やはり、五歳の子供を演じるのは今年で四十歳を迎える僕にはやはり厳しいか。
「トモキ! 大丈夫だったか!?」
「怪我はない? あなた、トモキの身体を見てあげてください」
「父さん! 母さん!」
そんなやり取りを交わしている最中、勢いよく部屋の扉が開いたと思うと両親が飛び込むように入ってきた。幸か不幸か、僕の父親は王立図書館の館長ということもあり、直ぐに情報が伝わったのだろう。
「おい、貴様ら! トモキはまだ五歳だぞ、こんな大人数で何し――」
「ちょっとあなた!」
殴りかからんばかりの勢いで傭兵へ詰め寄る父を母が制した。
「……それもそうですね。貴方たち、下がりなさい」
集団の中から一人、高らかな声が上がった。その声の主であろう女性がゆっくりと僕らの近くへと歩みを進めてきた。深く帽子を被っていて顔が確認できないが、尖った耳を見る限り妖精族のようだ。
「えっと、あなたは?」
母がその女性へと話しかけた。
「私は『アカバナ=トルマリン』。ここ『フィデス
アカバナと名乗る女性はまだ五歳である僕にも礼儀正しく一礼した。僕も釣られて礼を返す。
ギルドマスターという事は彼女がこのギルドの管理者ということになる。
「本日の要件は二つ。一つは『私の娘』を助けていただいた事への直接お礼を申し上げるためです」
先ほど飛竜種に襲われていた少女を思い返し、僕はアカバナに質問を投げかける。
「娘ってあの時の?」
そう聞くと彼女は大きく頷く。助けた女の子がアカバナの娘で間違いないだろう。
「あの子たちは、私の書類の中から調査していた飛竜種の資料を見つけて興味本位で探しに行ってしまって、結果は見ての通り。返って怒りを買い、殺される寸前でした」
「それで、あの時追いかけられてたんだ……」
「本当に何とお礼を言えばいいか。この度は本当にありがとう、トモキ君」
立ち上がり、僕ら親子に対して大きく頭を下げた。成り行きだったとは言え、人の命を救えたということに感動を覚える。
「そしてもう一つ、飛竜種の討伐報酬を支払うためです。五歳の子供では受け取りを認められないためご両親をお呼び出した次第です」
そして大量の金貨が入った袋を母に手渡した。あれだけの量、日本円にすれば十数万円はくだらないだろう。
「だいたい分かった…… だが、どういうことだトモキ、お前一人で飛竜種を倒すなんて。飛竜種は複数人で囲んで倒すのが基本なんだぞ」
「お父さんに教えて貰った魔術のお陰だよ、あの時は無我夢中だったから」
なんとか苦笑いで場を濁そうとしたが、はやり厳しいだろうか。
単独で倒すのは非常に困難とも言われている飛竜種、しかもまだ五歳の僕が一人で倒したというのは少々無理があるか。
「……ガッハッハ! 流石は俺の息子だ、才能が大爆発したんだな!」
「うふふ。でもこれからは街の外れには行っちゃいけませんからね? 次も勝てるとは限らないんだから」
なんとか押し通せたようだ、肩の荷が降りる実感が湧く。
「なんだか急いで来たからか疲れたな。モニカ帰って飯にしよう」
「あらあら、なら今日はご馳走にしましょうか」
僕は父と母に手を引かれ、その場を後にした。その時アカバナの顔を見れなかったが、これで良かったのだろうか。
だけど、今日の事は自分の大きな自信にも繋がった。あの本の男のお陰でもあるが何より、誰かの未来を守れたという実感で胸が温かくなる。
「きっと、こうやって力を使っていけばいいんだよね」
僕がこの世界に来たこと、それには何かしらの意味があるはず。だが今はただ、頭の片隅にでもこの勝利を刻み込み余韻に浸っていた。
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