#4 技術と、知識

 あれから数日経ったある日の早朝、母がまだ隣で眠る中誰かに肩を大きく揺らされ目を開けた。


「おはようトモキ、今日から早速特訓だ!」

「お父さん……? う、うん」


 まだ頭が回りきっていないが身体を起こし、開ききらない瞼を擦りながら身支度を済ませる。

 窓から外を見ると日の出直後で、時間にすると朝の五時辺りだろう。寝巻から着替え冷たい水で顔を濡らし、完全に目を覚まさせる。


「準備できたよ、お父さん」

「そうか! モニカを起こさないように林まで向かうぞ、まだ三歳のお前を叩き起こしたとなれば叱られてしまうからな」



 歩くこと数十分、街を出た先には遠くまで広がる草原の大地までやってきた。自分が住んでいる王都が遠く見える。


「ここまで来れば、魔法を使っても迷惑にならないだろう」


 父はそう言うと、体を伸ばして体をほぐし始めた。


「お父さん魔法ってどうやって使うの?」

「いいだろう。まずは父さんの魔法を見せよう」


 父は僕の前に手を広げる。するとそこから水が突然溢れ出したのだ。


「凄い! これがお父さんの魔法なんだ!」

「今のは少し魔法とは違うなぁ。魔法を使うための力をそのまま出したんだ」


 父はそう言うと、再び手を前に広げる。

 すると今度は、手から溢れ出してる水が形を成していき、剣の形状へと変化した。そして、それがビュンと勢いよく飛んだのだ。

 初めて見る魔法に思わず感嘆の声が出る。


「この前トモキが使った魔法は、多分さっき父さんが出した水のようなもので、まだ使と思うんだ。これをしっかりと魔法にしていくのを目標にするぞ!」

「うん! 僕、頑張るね!」

「ガッハッハ、その意気だ! まずは、この前図書館でトモキが使った魔法を父さんにも見せてくれ」


 僕は、この間と同じ手順で魔力を手の先へと集め、それを球体の形状へと変化させた。


「うおっ!? こ、これは……」


 驚きの声を上げる父をよそに、図書館の時とは違い、目一杯の魔力をつぎ込んだ。そして、ゆっくりと目を開けると、その光景に自分自身も驚いてしまう。


「おぉっ!?」


 この間図書館で生成したものよりも明らかに大きい白銀色の玉が生成されていた。しかし、驚くべきはその大きさよりも圧迫感のようなものだ。

 近くにいるだけで息苦しくなるような感覚がある。


「これが、無属性の魔力!? こんなに魔力、人が扱えるのか……?」


 父は何やらぶつぶつと呟き、口をあんぐりと開けて呆けてしまっている。


「これ、やっぱり普通じゃないの?」

「普通な訳ないだろ……!!」


 父は僕の問いにそう答えると、何かを思い出したようにハッとして、僕の元へと駆け寄る。


「トモキ、体の調子は大丈夫か? 息がしにくかったりフラフラしないか!?」

「うん! 全然大丈夫だけど……」


 父は僕の肩を揺らしながらそう問いかけてくる。どちらかと言うと父のせいでフラフラになりそうだ。


「そ、そうか。もし息苦しくなったり具合が悪くなったら、すぐに魔法の練習をやめるんだぞ。魔力が少なくなってる証拠だからな」


 父の忠告に僕は黙って頷く。


「それじゃあ、次は他の元素でも同じことをできるようになろう。体の中に別の元素を感じることはできるか?」

「できるかは分かんないけど、やってみる!」


 僕は目を閉じて集中し、さっきとは違う元素の流れを探す。

 そして、体の中心から足のほうへと流れる力を手の方向へと集め、そこからは同じような手順で魔力を球状へと変えていく。


「来いっ!!」


 僕は再びありったけの力を込める。

 次の瞬間、全身に尋常ではない熱を感じて思わず目を開ける。


「ッ――!?」


 隣で父が息をのむが聞こえる。


「これは…… 火!?」

 

 そこには煌々と燃える灼熱の火球が現れていた。しかし、少しずつ火の勢いは弱まり数秒で消えてしまう。


 再び僕は目を閉じ火の元素を魔力に変え、手の先へ集約する。そして、図書館で読んだ魔法原書の内容を思い出す。


「順句で速度を付与して、廻句は…… 三回でいいや」


 先程は制御を全くせずに構築した魔法だったが、今度は速度と回数を与えてある。


「行けッ!!」


 僕は空に向かって手を伸ばし、魔力を注いだ。すると、手の先の魔力が熱量へと変化し、三発連続で空中へと放たれた。


「三歳でこれは…… 初めてだな」

「お父さん、これ凄い?」

「あぁ! トモキは天才だぞ! ガッハッハ!」


 そうは言っているが、父の顔は若干引き気味だった。恐らくだが、自分の年齢で行える魔法のレベルを超えているに違いない。


「しかし、息子がここまで才能溢れているというのは父として鼻が高いものだな!」

「お父さん……」 


 父は僕の頭を撫でて喜んだ。

 しかし、僕は転生してきた元三十五歳のおっさんだ。薄ら前世の記憶があるのではなく完全に記憶や意識を引き継いでいる。

 そして僕の魔法の才は転生して来た事による物だろう。


「これなら、もっと高度な魔法を……。いやいや、折角全ての元素が扱えるのだからそちらのトレーニングをするべきか……」


 別に隠すようなことではないだろう。僕だって好きでこうやって転生してきてるわけではない。

 だけど、心のどこかで両親を裏切っているような気がして不安感が胸を襲う。


「どうしたんだトモキ! 浮かない顔をして!」

「……なんでもないよ!」

「そうか? しっかり今の自分に自信を持つんだ、トモキはこれから『世界を救う存在』になる事だってできるんだぞ! ガッハッハ!」


 世界を救う存在とは勇者の事だろうか。


「お父さん、世界を救う存在って?」

「実は魔族の王、魔王が復活したみたいなんだ。大昔、魔王を倒した人達を皆は勇者って呼んでるんだ。そういう人になることもできるかもしれないって事だ」


 やはり魔王の復活は確定的な様だ。そして、僕がこうやって異世界に転生した事も魔王を倒す為だろう。


「僕ね、もし魔王が悪い事をしてるのなら許しちゃいけないと思ってるんだ」


 僕がそう言うと、父はどこか寂しそうな顔をした。


「そうか……。トモキが本気で勇者になりたいと思えばきっとなれるさ。でも、他の人を守る事も大切だが、まずは自分を一番大切にするんだ。これだけは忘れるなよ」


 父は一度大きく息を吸い、原っぱに座り込んで話を続けた。


「魔王がすぐに攻め込んできたりはしないだろう。けど、この平和があと何年続くか分かんない、皆が心配しながら生きてるんだ」

「そうなんだ……」


 戦いに出てほしくないと言う父の気持ちはわかる。

 しかし、元居た世界の人間がこの世界で悪事を働こうとしてるかもしれないのであれば、やはり僕が対処するべきだと思う。


「おいおい、そんな心配そうな顔をするな。いざとなれば父さんがモニカとトモキは絶対守ってやるからな! こう見えても王宮直属の魔術師だったんだぞ! ガッハッハ!」


 父はそう言って豪快に笑い飛ばし、僕を心配させまいと背中を軽く叩く。


「……ありがとう。お父さん……」


 僕は父に聞こえないくらいの小声でそう言った。


「ん? トモキ何か言ったか」

「ううん、なんでもないよ! 僕に魔法と魔術もっと教えてよ、お父さんやお母さんを守れるくらい強くなりたいんだ!」


 そう言うと父は一瞬下を向き固まったが、すぐに笑顔で僕の頭を撫でてきた。


「おぉ、やる気だな! だが、もうすぐ朝ごはんの時間だ。続きは朝ごはんを食べてからだな!」

「うん!」


 そう言う父の目が潤んでいるように見えたのは、きっと朝日のせいだろう――。



 朝食を済ませ、今は父と共に図書館にやってきた。なんでも見せたい本があるらしい。


「ちょっと待っててくれ。おーい、カタリナ!」

「そんなデカい声で呼ばなくても聞こえてるし見えてるわよ。要件は昨日の本でしょ?」


 父に大声で呼ばれ、少し鬱陶しそうにカタリナが対応を始めた。


「よく分かっな! 後は水元素と光元素の基礎について書かれた本も探してもらっていいか?」

「了解よ、先に昨日の本はこれね『原書げんしょ』。五百年前の本だから、壊さないようにね?」


 カタリナはそっと一冊の本を僕に手渡した。見慣れない言語で書かれた不思議な本だ、五百年も前の物であるからそこは仕方ないだろう。


「ありがとう、これでまたトモキが成長できる」

「随分と嬉しそうねオズワルド。何か良いことでもあった?」


 カタリナの質問により、父はより一層うれしそうな顔になる。


「トモキがもう魔法の基礎を会得したみたいなんだ! なぁトモキ?」


 父の問いかけに対して苦笑いで返す。対してカタリナは僕のことをじっと見つめていた。


「ふーむ、なるほどねぇ。確かに君は他の子と比べて『特別』みたいだね、と同等くらいかしら」

「親バカはお互い様のようだな。とりあえず本の件は頼んだからな!」

「カタリナさん、ありがとうございます」


 それを聞くと満足気にカタリナは頷きその場を去っていった。ひょっとして自分が転生してきた人間だとバレた……訳ではないだろう。


「アイツも子供が出来てから随分と丸くなったものだ。おっと、そんなことより一緒に本を読もうトモキ!」

「うん、そうだね」



 職員用の個室に父と共に入り、そこで本のページを捲った……のだが。


「よ、読めない」


 僕が今まで勉強してきたこの世界の言語とは少し違う、完全に違うのかと聞かれればそうではない。文字が砕けていたり、歪な書き方をされているのだ。


「ハハハ! トモキにはまだ教えていないから読めなくて当然だ。だが、この図書館の本は半分近くはこの『旧聖歴文字』で書かれている。他の本も読めるように言語を学びながら読み進めていこう」


 いつ準備したのか旧聖歴文字の辞書も隣に用意されている。

 昔は勉強をかなり嫌煙していたが、やはり興味があるものに関係しているとなれば別。

 気合いを入れるため自分の頬を軽く叩く、それを見た父は最初のページを読み始めた。


『無、それ即ち異なる理を持つ元素。空に浮かぶ元素の五割はこの無である』


「元素って空気の中にあるんだね」

「そうだ。その元素を体の中に取り込む事で、減った元素を回復してるんだ」


 前の世界で言うところの『酸素』や『窒素』等が含まれた空気の中に、この異世界では『元素』が混ざっていると思えば分かりやすいのだろうか。


「続きを読むぞ。『無の元素は全ての可能性を持ち、他の元素では成しえない力を持つ。無限の力、その魔術をこの本に記す』」

「なんか凄そうだね!」

「無の魔術は父さんも見たことがないんだ。これは楽しみだな」


 まるで子供のように父も目を輝かせている。朝に話していたが、父も元は凄腕の魔術師。好奇心が溢れるのも頷ける。


「……? なんだこの魔術式は」

「魔法陣みたいなのが書いてあるね」


 捲る次のページには丸々一枚を使われた大きな魔法陣のようなものが書き込まれていたのだ。

 しかし何故だろう。この魔法陣から漂ってくる不思議な感覚に惹きつけられる。

 すごく懐かしいような、忘れていた何かを思い出せそうな、そんな感覚だ。


「おかしい、普通の原書にはこんなもの書かれていないはず。この本はいったい――」


 恐らく触らないよう制止しようとした父を他所に、無意識のうちに魔方陣に掌を合せていた。


「ッ!?」

「トモキ――!?」


 その瞬間、辺りが見えなくなるほどの眩い光が僕を包み込んだのだった。

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