#3 魔法と、歴史
母の開いた最初の一ページ、そこには魔法の歴史について書き始められていた。
『
「ねーお母さん。今って聖歴何年なの?」
「今は聖歴六百三年よ。だいたい今から五百年くらい前のお話かしら」
また五百年前だ、ここまで様々な文書に魔族と人間の戦争の記録が残っているのならば、やはり勇者や魔王も単なる御伽噺ではないのだろう。
『魔族を指揮していたのは、憎悪や悲哀といった負の感情から誕生した『
本当に魔王が憎悪や悲哀などの負の感情から生まれると言うのだろうか。真実だと仮定すると、火山噴火や地震などと同じで定期的に復活や新たに発生するというのも頷けるが……。
『これを危惧した『
どういう事だろうか、旧約魔導学では五百年前の戦争時に使用された勇者の魔法と現在の魔法が全く違うと説いてたのだが。
「歴史はここで終わってるみたいね。次は魔法の使い方についてみたいよ」
そして次のページを開くと、大きな図式と共に細かな説明が書かれていた。
『魔法の基礎は体の中にある
どうやら六大元素とやらは僕らの体の中に存在してるようだ。そして、決まった手順というのは三句制御の事だろうか。
『六大元素は『
どうやら誰しもが全ての元素の魔法を使うことができる訳ではなさそうだ。むしろどちらかと言うと、特定の属性しか扱えないと捉えるほうが正しいだろうか。
『自分の中に在る元素を知覚するには、最初のうちは目を閉じ、胸に手を当て鼓動を感じ、そこを中心に体中を巡る元素を知覚する感覚を養う方法が一般的だ——』
『知覚に成功したら次はそれを魔力に変換していく。元素自体はただ体を巡っているだけの物に過ぎず、これを必要分だけ利用可能な魔力に変換していく必要がある。方法は至って簡単で、使用する各元素を手の先を通して体外へと切り離していくイメージで行うこと――』
火の元素だったら火のイメージに変換していくような感じだろうか。至って簡単と書いてあるが全く簡単だとは思えない。ともあれ魔力への変換の説明は以上だった。
「ねえ、お母さんって魔法使えるの?」
僕は母に前々より気になってたことを質問してみた。
「ええ、もちろん。光魔法って言って怪我を治したりする魔法が使えるわよ」
母はゆっくりと分かりやすいように僕にそう説明した。
「そうなんだね、僕も魔法使えるのかな?」
そう問いかけると母は少し難しい顔をした。
「うーん、使える人もいれば全く使えない人もいるわ。トモキが魔法を使えるかどうかはもう少し大人にならないと分からないわね」
それを聞いた僕は少しがっかりしたが、気を落とさぬよう自分に言い聞かせ、ページを次へと捲る。
そこには大量の図形とその説明がなされていた。僕が見つけたかったものだ。
『集約した魔力を魔法として構築する最終段階は、三句制御を基に行われる。まずは以下の図形を覚える事と、『平句』『割句』『廻句』の三句についての基本的な考え方を勉強すること――』
図形は丸や多角形、象形文字のような物で構成された物でその下に図形それぞれの説明がなされているが、これを全部を覚えるのは簡単ではないように思える。
しかし、僕の考えてる事が正しいとすると、この図形を全部覚えなくても魔法を使う事ができるはずだ。
僕は次のページへと手をかけた。
「三句それぞれの使い方は、先ほどの図形の前に以下の文字を加える事、三句それぞれの意味は平句・一度だけ発動する、割句・同時に指定した条件と合致した場合だけ発動される、廻句・指定回数下記図形の間を繰り返して発動する――」
僕はその説明を読み終わるなり大きく息をのんだ。この世界の魔法理論は、プログラミングの基本的な処理と殆ど同じなのだ。
その後、僕は魔法原書を読み進める。魔力を構築する方法は最初に魔法の形態を指定すること、その後の三句制御は書いてあった図形に魔力を流し込むイメージをすることを知った。
そして、先程みていた図形が載っているページに再び戻る。
「えっと、これとこれとこれを覚えたらあとは……」
「どうしたの? トモキ」
ぶつぶつと独り言を言っている僕に母が心配そうに僕に話しかける。
「ううん、どうもしてないよ。お母さん、ちょっとトイレに行ってきてもいい?」
「えぇ、いいわよ。えっと、そこの角を曲がって右側にあったはずだわ」
母はそう言って僕の後ろの通路を指さした。
「じゃあ、行ってくるね」
僕はそう言い椅子から飛び降りて、駆け足でトイレへと向かった。もちろん魔法の実践をするために。
◇
トイレに着くと、僕はひとまず大きく深呼吸をして目を閉じ、胸に手を当ててみる。
しかし心臓の鼓動は感じるが、元素の流れなるものは感じることができない。
「おかしいなぁ、本に書いてあった通りにしてると思うんだけど……」
もう一度目を瞑り、先程と同じ手順で心臓へと意識を傾け、それを別の場所へも移してみる。
すると、心臓の辺りから、体の末端方向へと何かが行き来しているのを微かに感じた。
「本に書いてあった表現とは少し違うが、確かに自分の中で何かが巡っているのが分かるぞ!」
嬉しさのあまりに一度目を開けてしまい、感じていた感覚は消えてしまったが、再び目を閉じて体の中心から末端へと意識を向ける。
「よし、ここだ!」
僕はその中で一番強く感じる奔流の一つへとさらに意識を集中させる。
すると、流れの全体像の様な物が、体のどこからどこまで流れているかがより鮮明に分かるようになった。
「この中から一部分だけ切り離して使うイメージ…… だったか?」
僕はその中からほんの少しだけを手先を通して、体の外へと集めていく。
「形態は近距離汎用型で形状は円形、三句制御では特に何もしないで…… そのまま魔法には消えてもらおう」
魔力もほんの少しだけしか使ってないし、発動した魔法が水でも火でも、この程度であれば物を壊したりする心配もない……はずだ。
僕は先程覚えたいくつかの図形通りになるように手の先にある魔力へ意識を向ける。
「来いッ――!!」
そして魔力を一気に流し込む。すると、目を閉じていても分かる程の眩しい光が瞼を突き抜け差し込んできた。
「ッ――――!!」
僕は慌てて目を開ける。
僕の目に入った来たのは、炎でも水でも風でもなく、ただ雪のように白く輝く美しい光の球体が空中に浮いている光景だった。
「なんだこれ?」
状況が理解できずその場に佇んでいると、バゴンッという炸裂音がした。驚いて振り向くと、トイレのドアが蹴破られており、フードを被った人がこちらへと歩いてくる。
「あなた何者!? 今すぐ両手を上げてこちらへ出てきなさい!」
「は、はいっっ!!」
僕は腑抜けた声で声の主に従う。声とシルエットからするに女性のようだが、フードから突き抜けた大きく尖っている耳は人間のものではないようだ。
「もう一度問う、貴方は――」
フードの女がそう言いながら一歩こちらへ踏み出した瞬間、更にその背後から息を切らしながら誰かが走ってくる音が聞こえた。
「はぁはぁ……、ちょっとあなたトモキになにしてっ…… ってトモキ!? それは一体何なの?」
肩で息をしながら駆け付けたのは心配そうな表情の母だった。ところが僕が発動した魔法を見た瞬間、見た事もないような顔で驚いている。
「あなたがこの子の母親ですか?」
フードの女が母にそう問いかける。
「ええ、そうですが…… これは一体どういう状況でしょうか?」
「トイレの中から異質な魔力を感じたので、無理やり侵入した所です」
それを聞くなり母は僕の方を向き直し、厳しい顔になった。
「トモキ、ちゃんと説明しなさい!」
僕はやむを得ず、本に書いてあった魔法の内容を実践した事をすべて説明した。
◇
その後僕は、騒ぎを聞き駆けつけた父を含め、二階の角部屋にある応接室のような場所で改めて状況を説明させられている。
「それで、ここの司書と警備隊長を兼任している『カタリナ=モルガナイト』だ」
「初めまして、この図書館で働かさせて頂いてるカタリナです」
隣に座る父に紹介され、机を挟んで向かい側のカタリナが席を立ち、淡々と挨拶をする。相変わらずフードを深く被ったままで、表情を確認することができない。
しかし、先程は確認することが出来なかったが、腰の辺りまで届く青髪と母より高い長身からは只者ではない気品が漂っている。
「初めまして、オズワルドの妻、モニカ・ツワブキです。この子は息子のトモキです」
「は、初めまして……」
続いて僕の向かい側に座る母が席を立ち、カタリナが座る方を向き挨拶をし、僕もそれに合わせて軽く会釈をする。
簡単に紹介が終わったところで、場を取り仕切っている父が話を進める。
「つまり話をまとめると、トモキとモニカが読んでいた本の内容を、トモキがトイレで実践したと。そしてその結果、カタリナも見た事が無いような魔法が発動したと言うことか――」
そう言って父は難しい顔で数秒間考え込んだが、すぐに家での表情に戻った。
「ガッハッハ、すげぇじゃねぇかトモキ! まさか本を一回読んだだけで魔法を使ってしまうとはなぁ! ただなぁ、魔法っていうのは間違った使い方をしたら物凄く危険なんだ、今度からはお父さんと一緒に練習をしような」
「うん…… 心配かけてごめん」
笑顔ながらも優しく真っすぐに忠告する父に申し訳なく思い、僕も素直に謝った。
「それじゃあカタリナ、あれを持ってきてくれ」
父がそう言うとカタリナは無言で立ち上がり部屋を出て行ったが、程なくして占いに使うような水晶玉を手に持ち戻ってきた。
そしてそれを僕の前にゆっくりと置き指示を出す。
「じゃ、これに向かってさっきみたいに魔力を飛ばしてみて」
僕は黙って頷くと、目を閉じ、先程と同じ手順で手の先へ魔力を集め、それを水晶へと向かって注ぎ込んだ。
そしてゆっくりと目を開けると、先程まで透き通っていたはずの水晶の中は霧ががかかったような真っ白になっていた。
「……? カタリナ、何だこの適性は」
席から立ち上がり、興奮気味の父がカタリナにそう問いかける。
「……!? こんな適正見た事がない…… いや、もしかすると――」
驚きのあまり口を手で抑えているカタリナに皆が注目する。
「『無元素』の適正かもしれない…… 私も見たのは初めてだが、無元素の魔力に晒された魔水晶は真っ白になると聞いた事がある」
しかし、それで終わりではなかった。
「あれ、水晶の中に何か光?」
今度は母がそう言って水晶を覗き込んだ。すると先程まで水晶の中にあった霧が少し薄くなり、赤、青、黄、緑、紫色の光が虹のように差し込んでいる。
その光景を見た瞬間、父とカタリナが息を飲むのが聞こえた。
「こ、これはもしかして……全適正? なのかしら」
生まれて初めて見る驚嘆の表情を浮かべる父が、おどおどとした声でそう言った。
「私も初めて見たわ。だって、歴史上『二人目』の事だから……」
表情は見えないがこれまた驚いた様子のカタリナがそう言った。
「歴史上ってことは今はもう居ない人なのよね?」
僕が質問するよりも先に、母がカタリナにそう尋ねるとカタリナは大きく頷く。
「過去に適性があったのは『五百年前に魔王を封印して世界を救った勇者』よ。それ以来ね」
すると、いきなり父が大声を上げた。
「よーしトモキ、明日から父さんと魔法の特訓だ!」
「もちろん!! 僕も早く魔法の勉強がしたかったんだ」
子供のように喜ぶ僕と父を母が
「もう、すぐそうやって調子に乗るんですから……。どうせ元教育者として胸を躍らせてるだけでしょう?」
きっと僕が全ての元素に適性があるのは、自分が異世界から転生してきたのに因果があるのだろう。だとすれば、両親はどう思うだろうか。
時が来たら打ち明けるつもりではいる。しかし、今打ち明けて大切な両親を傷つける必要はないだろう。
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