第21話 ロジカライズ・ユアネーム
「具合はどうだディアドラ?」
「ええ。おかげさまで、なんとか戦えるほどに回復しましたわ」
「お前の口調って、聞いていたよりもコロコロ変わるんだな」
「状況などに応じますので。また戦いとなれば、粗雑な私が顔を出すと思いますわ」
「そっか、結構難儀だな」
「もう慣れましたわ」
海東から暫し距離を置き、俺達は呼吸を整えて回復に専念していた。
俺に宿った
俺は意力を消費したから少し疲弊するが、その分ディアドラはロゴスを再度使用できるまで回復した。
「本当になんでも出来るのですね、貴方の得た
「使いこなせたおかげでな。ただ、どれもいまいち伸び悩んでいる感じなんだよな」
「やれる事を増やし過ぎているから、リソースが足りずに伸び切っていないのでしょう。
コンピュータでメモリを使いすぎている状態、と言い換えれば分かりやすいでしょうか?」
「器用貧乏になってるってわけか。まぁ、あるものだけで海東を倒すしかないか」
海東を倒す段取りはこうだ。海東が追い付き次第、俺が海東を牽制する。奴は俺の力を恐れているからこそ、この牽制は多少なりとも効果を持つだろう。
その隙をつき、ディアドラが拘束する算段だ。俺がそのまま倒せば手間も省けるのだが、力を制御しきれていない俺が本気を出すのは危険すぎる。
情けない話だが、ディアドラの協力が俺には不可欠だった。
「悪いな。俺がもうちょっと力を使いこなせていれば、俺一人でやれるんだけど」
「いえいえ。力を手に入れてから、二日目でここまで使いこなせている時点で十分ですわ」
「ありがとう。ただ海東の能力を見ちゃうとな。ロゴスの可能性を見せられたっつーか」
「彼の場合は扱う言葉を“金銭 ”に絞り、そこから派生する全ての意味を操っていますから。
分かりやすく言えば、金銭という言葉の持つ全て力を潤沢に扱える。強いのは当然ですわ」
なるほど、疑問が腑に落ちた。今までの攻撃は全て、金銭に紐づけられた言葉の力を使った技だった、というわけだ。
確かに、利息の『重圧』とはよく言う。放たれた貨幣がその外見に見合わぬ重さだったのも、金銭が持つ『価値』という重さを現実に再現した形になる訳だ。これも一種の、言葉が持つ力というものだろう。
海東はそういった、金銭にまつわる言葉を全てロゴス能力として扱えるということか。なるほど、その強さも頷ける。
「ただ複数の意味を持つロゴスを扱いきるには、常人以上に強い意志を持たねばなりません。
ロゴスの強さは意志の強さなので当たり前ですが、強すぎるとその意志が露出しやすい。これは明確なデメリットです。
先ほどの海東の姿を見れば、お分かり頂けますか?」
「あー、なるほど。強ければ強いほど、隙を突かれて生まれる弱点もでかいってわけか」
ネタがバレれば、当然その対策も容易になる。さっきの例で言えば、"利息"に対して"返済"を通したが為に拘束が解除された、というような感じか。言葉が力になるからこそ、それに対する回答も用意できる。少し前のロゴスの講義の時に、ディアドラが自分の能力を隠そうとした理由が分かった気がした。
「あれ? 複数の力を扱えているのに、俺みたいに器用貧乏にならないのはなんでだ?」
「理解力の差、ですね。ロゴス能力者は例外なく、自分の使う
何が弱点となるのか。どのような意味を持つか、その意味をどう応用できるのか。突かれる隙は何処にあるか、と。
知り得た知識の量は、そのまま力となるのです」
『知ることは力』。結局はここに突き当たるのか。
ロゴスの根幹は使用者の意志。それを実現する手段が、言葉の持つ力や
辿り着きたい目的に対し、その手段をどれだけ知って効率化できるか、あるいは使いこなせる意志を持つか、そのどちらかが重要になるわけだ。
生来のスペックか、知識による工夫かの二者択一。まるで社会における出世競争だ。
1つの言葉が持つ意味を、あらゆる方面で学ぶ。それは並大抵のことではない。
同じくらいに、一つの物事に対し執念と言えるほどの強い意志を抱き続ける事も、尋常ではない。
それでもそんな要素を持ちえた連中こそが、ロゴスを使いこなせるのだと理解できた。
あるいはその両方を併せ持つ、沸騰した頭で冷静に世界を俯瞰できるような奴が強いわけか。突き詰めれば余りにもシンプル。これも、現実社会と似たようなものかもしれない。
対して俺はどうだ? 力は全くの偶然で手に入れた物で、具体的な輪郭も掴めていない。だから大振りな攻撃手段や、加速や防御といった単純な使い方しかできていないんだ。
色々出来ることは確かに便利だが、何か一点特化した力を持たなければ海東には届かない。
先ほど内なる力に命令した時、「今は無理だ」と言ったのもこれに由来するんだと思う。
自身の意志を理解していても、俺はまだ扱う力の方を理解できていないんだから。
ならばどうする?
そんなこと決まっている。俺に宿った力の正体を、理解するしかない。
だが生憎、この俺に宿った力が何なのか、断片すら不明なのが現状であった。
「理解する以外に、言葉の力を引き出す方法はあるか? いや、コイツは
今のままじゃ、俺はコイツのことを何も知らない。知らないから、力を引き出せないでいる」
「そうですねぇ。かつてあった例では、名前を付けて再定義する、という手段があります」
「何だそれ? 分からないなら、無理やり新しく名前を付けるってか? 意味あるのかそれ」
「名付けというのは、ロゴス能力においては重要な意味を持ちますからね。なんだかよく分からないものがあったら、名前を付けて輪郭を固定するんです。例えば、“冬に起こるビリっとした現象”よりも“静電気”と呼ぶ方が分かりやすいでしょう?
ロゴス能力はそのイメージを力にする以上、イメージしやすい名前を付ける事で、力が安定するんです。もっともその名前を、大勢の人が知っていなくては意味がありませんけどね」
「言葉の力を借りる都合上、その力が宿る言葉と、それを後押しする大勢が必要ってわけか」
言葉とは、世界の腑分けである。そう教えてくれたのは誰だったか。
名前や動詞、形容詞で様々に世界を表現するからこそ、俺たちはその名前や言葉が表す物体や事象を認識できるのだという。
その認識を言葉を通じて力とするのがろごすなら、正体不明の力には名前を付ければいいというわけだ。非常に理解しやすいロジックだと思う。
だが当てずっぽうではいけない。正体を探りつつ、その正体に沿うであろう名前を付けなくてはいけないと来た。随分と高難易度なクイズだ。
「それと、これが一番重要な点ですが、貴方がその定義付けに納得するのが一番大切です。
“何でもできる”力の正体はなんなのか。例え定義付けても、貴方が納得しないと意志は揺らぎます。
そうすれば力は応えてくれませんので、そのおつもりで」
「さらにクイズの難易度が上がったじゃねぇか。名付けろっつったって、何て名付ければ……」
『ようやく見つけたぜーぇ。随分と入り組んでるなーぁ、此処ぁよー』
低く言葉が響いたと思うと、複数人のチンピラたちが突撃し殴りかかってきた。
海東のやつ、もうここまで来たのか。洗脳された連中も、まだ随分残っていやがる。
俺たちは2人で協力し、海東の周囲のチンピラを攻撃し気絶させていく。幸い、全員がロゴス能力を使えない連中ばかりだ。殺さない程度に鎬を削っていると、連中の奥から海東が姿を現した。
「よーぅ、休めたかい? 大事な商品だから、ベストコンディションでいてくれよなァ。
{ “忘れがたき我が友等。勇敢、誠実、高潔なる戦士たちより、我が益をこの手に ”}
詠唱しながら海東は笑い、同時に指を鳴らす。
すると地面に倒れていたチンピラたちから、貨幣や紙幣のような形状をした光が抽出され、次々に海東へと集い吸収されていった。
「な──────! お前、何してんだ!?」
「
力か何かを吸われたのか、地面に倒れている連中はぐったりとしている。息はあるようだが、満身創痍なのは目に見えていた。
「こいつらに一体、なにをしやがった!?」
「別に焦るもんじゃねーぇよ。貸し付けた意力を返してもらってるだけさぁ。
多少のイロ付けて回収するから極度の疲労は残るだろうが、命に別状はアリやしねーぇ」
「貸し付けだぁ? 勝手にそっちから押し付けたもンダろうが」
「物は言いようだろーぅ? 試用期間が終わったってだけの話だ、よっとォぉ!」
不意打ち気味に、目にも留まらない速さで海東の蹴りが俺へと飛んできた。何とか防いでダメージは軽減出来たが、それでもかなりの威力だ。
今までと比べものにならない速度と膂力だったが、チンピラどもから力を吸収したのだとすれば理解もできる。他人からの搾取、確かにこれも一つの金銭という言葉が持つ力、イメージの1つか。
「もーぅ面倒だ。殺す気で行く。神も仏もいないと、全身に叩き込んでやる。
あー、いや? ホトケはもうすぐ出来ちまうかぁー。しかも2人、なぁ?」
「俺たちが仏程度に収まると? とんだ誤算だな。まだ金に目が眩んでんのか」
ディアドラは口端を吊り上げながら、俺へと目線を配らせた。
そうだ。奴が回復手段を持っていたことは想定外だったが、あいにく回復したのはお前だけじゃあない。
「ディアドラ、いけるか?」
「何時でも良いよ。問題ねぇ」
「…………行くぞ──────っ!」
一呼吸。一瞬の空白が生まれたのちに、旋律の三重奏が響き合った。
{ “始めに、言葉在りき。言葉、神と偕に在り ”──────!}
{ “汝、己が信仰を地と説くなれば ”──────!}
{ “富とは、それ即ち海水なりて ”──────!}
全くの同時だった。言葉を揃えるように、俺達の三者三様の詠唱が重なって木霊する。
それぞれの意志がぶつかり合い、呼応し合い、せめぎ合い、旋律となり大気を震わせる。互いに互いの意志を否定し合う。
己の望む結果以外を認めない、強い意志同士のぶつかり合いだ。
俺とディアドラの意力を合わせて、恐らくようやく海東の意力と互角に並び立てるレベルだろう。それほどまでに奴は強い。
だが並び立てられるなら、後は意地の張り合いだ!
{────── “此の命、人の光なりき ”!}
{────── “その地より生まれし富を風へと帰さん ”!}
{────── “その内を渇望へと満たす ”!}
詠唱が終わる。互いの意志が現実へ流出し、改変された事象を引き起こしぶつかり合った。
それぞれの望んだ形へ、現実が改変されていく。だが、一瞬俺だけが押し負けそうになった。海東はその瞬間を、見逃さずにほくそ笑んだ。
俺が遅れたという事実を悟るや否や、凄まじい勢いで貨幣をこちらへ繰り出してきた。
輝かしい弾幕を前にして、俺の視界は一瞬で黄金色に染まる。普段ならば喜ばしいことこの上ない光景だが、今の俺にとっては最悪の事態だ。
「始ェッ!」
「ハハハハハァぁ! 金の重みを全身で味わいなァぁ!」
「贋金なんざ、紙屑以下の軽さしかねぇだろうがぁ!」
「悪貨は良貨を駆逐する! そんなことも知らねぇのかァぁ!?」
「この──────程度ォ!」
全身に意志を巡らせるイメージを抱き、防御に力を全振りする。
そしてこちらを見やるディアドラに対し、心配せず敵に集中しろとアイコンタクトを送る。
だが正直なところ、
一撃一撃が凄まじく重い。全身に走る痛みの中で、俺は思考を巡らせる。なぜ俺だけがこうして、奴の集中砲火を喰らうのだろうか、と。
そんなこと、考えるまでもない単純な事だ。俺が弱いからだろう。
何故弱い? それは俺だけが、自分の力の理解が出来ていないからだ。
それは例えるなら、銃という武器を持たされながら、引き金の引き方も知らない子供のようなもの。本来なら何もわからないままに、戦場で野垂れ死ぬしかない立場としか言えないだろう。
ならばどうするか? 武器の扱いを知るしかない。
そのために俺は、ディアドラに言われたやり方──────力の再定義をすればいいという結論へ辿り着いた。
正体不明の力に、名前を付けて定義する。そして手綱を握るしか、今の俺に道はない!
考えろ。俺の持っている力はなんだ? 正体が分からなければ、新たに名付ければいい。
俺の力が出来ることを考え、正体を推理し、大勢が知っている名に固定すれば良いだけなんだ。
だが俺に宿った力は一体、何と呼べばいいんだ? 定義と言っても、まずそれが不明瞭だった。
凄まじい威圧感を持ち、衝撃波を放てて、他人も回復出来る。何でも出来るとしか言えない。そんな万能な力を、どう名付けて定義する?
迷いながらも答えを出すべく、俺は無我夢中に思考する。全身を襲う衝撃に思考が阻害されるが、考えるしかないから脳細胞をフルスロットルだ。
正解じゃなくていい。俺という人間が納得できる回答に、無理やり当て嵌めるだけでいい。
そう言い聞かせながら、この万能窮まった力を、皆が知る概念に定義付けようと思考する。
俺はとにかく考えて、考えて考えて考えて──────。
そして、ある言葉を思い出した。
『あるいは。それそのものが、一つの神の形なのかもしれない』
「……ありがとう、館長。すげぇ納得いった。確かに、これなら!」
俺はそう一言だけ呟いて、胸の内側に浮かんだ合点を飲み込んだ。
ああ、これならいける。これなら制御できる。そんな確固たる意志を胸に秘め、俺は貨幣の弾幕の中を駆けだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます