第20話 絶なる舌戦



「俺を無価値と言ったことをッ! 後悔させてやるァァァァアアアアアッ!」

「意力が急上昇しやがっただと!? なンダこのレベルぁ!? これほどの奴が無名だと!?」

「能ある鷹は爪を隠すんだよ! 覚えておけガキどもがァぁ!

{ “富とは、それ即ち海水なり。手にすればするほどに、その内を渇望へと満たす ”}

 多重債務キャッシュ・ラッシュだガキどもォ!」

「ロゴスで防げ始! 意志を強く保てェ!」


 詠唱と同時に海東の手から、無数のコインが目にも留まらぬ速さで放たれる。俺はディアドラの言葉に反射的に行動で答え、九死に一生を得る事が出来た。

 『絶対に防ぎきる』。そう強く意志を持つ事で、まるで身体全体を薄いバリアが覆ったように、奴の攻撃を弾く。なるほど、これがロゴスで防ぐという事か。

 だが、奴の攻撃の手は緩まない。コインは次々と勢いを増していく。それ俺たちに当たると同時に、蒸発するように消えていく。どうやら幻影か何かのようだが、そのダメージは本物だった。

 コインの速度はどんどんと上がっていき、やがては防ぎきれないほどの痛みとなり、遂には俺たちを数歩下がらせるに至った。


「痛ぁ! ロゴスで防いだのに、なんでこんなにダメージが通るんだ!」

「奴の意力がこの場を支配しているンダよ! 相当強いぞコイツ!」

「支配!? なんだよそれどういう──────」

{ “こっちを見ろォぉ ”}


 海東がそう叫ぶと、俺の身体が自然と海東の方向を向いてしまった。

 眼前に迫る、放たれた無数のコイン。間一髪で顔だけ守れたが、他の攻撃は全てヒットした。階段から転げ落ちたような痛みが全身に走る。これをロゴス無しで受けていたらと思うと恐ろしい。

 だが、なぜ俺は奴の言うとおりに、あちらの方向を向いてしまったんだ?


「あれが意力で場を支配する、ってことだ。ロゴス同士がぶつかると、互いの意志がせめぎ合う。

 それに勝てた奴は場を支配出来ンダよ。ロゴス能力の本質は、世界の改変ダからな」

「そうか、意志で世界を変えるからか。じゃあ、今この場は奴の思い通りってことか?」

「極論言っちまえば、奴が“死ね”って言えば俺ら死ぬな」

「はぁ!? 出鱈目すぎるだろそれ!?」

「だからこそ、こっちも意力で対抗すンダよ!」


 ディアドラが駆けだして、海東に対して一気に距離を詰める。海東は{ “止まれ ”}と彼女に対し叫んだが、ディアドラはそんな言葉を意にも介さず突き進んだ。そのまま奴の放つコインを出現させた岩石で防ぎつつ、巨大な水流を召喚して海東を飲み込んだ。


「頭冷やしてな、っと。まぁこんなもンダな。

 意力には、意力で真っ向から対抗する。相手に“死ね”って言われたら“死にたくない”と意志を強く持ち対抗する。それだけだ。

 要は、互いの意地の張り合いなンダよ、って言えば分かりやすいか?」

「なるほどな。意志や言葉を使うロゴス能力だからこそ、ってわけか」

「舐めやがってーぇ! 俺をコケにした{ “代償を払ってもらうぜ”ッ!}


 海東が起き上がりながら叫ぶと、重圧がのしかかった。昨日の夜と同じ、あの攻撃だ。

 正体の分からない拘束技。昨夜は醒遺物フラグメントの力のおかげで、なんとか脱出できたが……っ!


「手こずらせやがって。とりあえず手足の腱を切って、二人揃って商品にしてやるか」

「お、オイ醒遺物フラグメント! 昨日みたいにこの重圧を解除してくれ!」

『今のままでは出来ない。要求出力に、我が在り方の定義が対応していない』


 ちょっと待ってくれ。出来ないってどういうことだよ!? 昨日は出来たのに!

 試しに強く意志を持って重圧が消えるように念じてみたが、うんともすんとも言わない。

 どうなっていやがる。せめてこの重圧の解除さえできれば! どうにかして何か策を……と、頭を回転させていたその時、囁くようなディアドラの声が聞こえた。


「……オイ、始」

「ディアドラ? この拘束を解除する手段が、なにかあるのか?」

「ああ。俺なら奴に隙を作り、拘束を解除できる。奴がもう1度力を使うまでがネックだが」


 確かな自信を感じる、真っ直ぐな声だった。奴に関する情報をなにか掴んだのか?

 だとすれば、俺はそれに賭けたい。共に戦う仲間である彼女を、信じたいからだ。


「分かった。その隙を突いて、俺が奴に全力を叩き込めばいいんだろう?」

「良い返事だ。俺はこれにかなり力使うから。ぶちのめすの、よろしくな」


 俺が無言で力強く頷く姿を見て、ディアドラは信頼に満ちた視線を俺に向けてきた。

 絶対に成功させてみせる。そんな熱い決意が、俺の中に湧き上がってくるのを感じた。

 こうして互いに信頼し合うのは、どこか気分がいい。何故なら、互いに支え合っているかのようだから。


「なんだーぁ? 命乞いの相談か?」

「いんやぁ? しているのはの相談さ」

「返済、だとぉ? ──────まさかテメェ、俺の力の正体が……ッ!?」

「機関のエージェント様舐めるんじゃねぇ! 言葉の節々にヒントが溢れすぎなンダだよォ!」



「テメェの使う言葉の力は、ズバリ“”なンダろう!?

 なら……ッ! 俺たちに積もりに積もった負債、全部返済してやるぜ!」



 ディアドラが声高く叫び、素早く詠唱を唱えた。一瞬の不意を突く、時間との闘い。見ると、額に汗が滲んでいた。

 その様子からも、凄まじい速度で詠唱を成すべく、無理をしているのが分かる。だがディアドラがその詠唱を完成させた時に起きた結果は、彼女のその奮闘に見合うものだった。


「金……? うわぁ! 金だ! 金だーぁ!」


 海東の周囲に、廊下を埋め尽くすほどの大量の金塊が出現した。

 もちろんそれらは、全て贋金だ。目を凝らして見れば、それらは金塊を模した金属塊とすぐに分かる。輝きも質も、金にはほど遠い。恐らくすぐに消えてしまうだろう、幻影のようなものであるのは明らかだった。

 それでもその贋金は、金と価値こそ至上と考えているような輩の意識を奪うには十分過ぎた。


「いやったぁ! こんだけありゃあ、母ちゃんを病院に連れていける! 大学も行ける! 糞親父からもようやく解放され──────」

「今だっ!」

「ぐげぁがっ!!」


 奴の意識が贋金塊に向かうと同時に、重圧が消える。意力とやらが弱まったからだろうか。重圧が消えると同時に俺は、一気に距離を詰めてから奴の頭部へと思いっきり蹴りを叩き入れる。

 醒遺物フラグメントの力を借りる隙も無いほどの速さで一撃をぶち込み、海東は廊下に倒れ込んだ。


「よっしゃ! 入った!」

「当たりか。これで奴による周囲の支配は終わる。金に目が眩む、ってやつだな」

「けれど、良く分かったな。奴のロゴス能力が“金”っていう言葉の力だったって」

「機関から、奴らしきロゴス使いのデータを得られていたからな。だが確信を得れたのは、奴の言葉からだ。

 ロゴスはその当人の意志が肝心っつったろ? あんまり意志が強すぎると、無意識のうちにそのヒントが漏れ出ンダよ。執着し過ぎたっつーか、意力が高すぎたのが仇になったな」


 ディアドラの言葉に、何処か納得を覚える。ああそうか。意志が強いっていう事は、拘りや執着が強いとも言い換えられる。

 そしてロゴスとは、その当人の意志に合致した言葉を使えば、より強力になるとも教わった。つまり、その使い手が何に執着しているかを分かれば、それはそのままその相手が使うロゴスのロジックや法則を見破れるというわけだ。


「俺ァ大地のロゴスを使う応用で金塊も出せるからな。疲れるし、すぐ消えっけど。

 だがそれを見て、一瞬でもと思い込んじまった。そうなれば、奴のロゴスは崩れるって言う訳なンダよ」

「何か金塊を目にした瞬間、うわ言みたいなことを言っていた。あれも何か関係するのか?」

「ロゴス能力の骨子とする意志が強いほど、それは忘れがたいトラウマだったりする。そういうのを刺激された奴は、過去の状況が無意識に蘇ったりすンダよ」

「そういうもんなのか。なんか、ちょっと可哀想ではある、かな」


 ロゴス能力は、使用者の意志が基礎となる。ならば、使用者の核心を突けさえすれば勝てる。

 これも前にディアドラの言っていた、理解を力にするということなのだろうか。ああやって教えられた知識が、こう応用される訳か。

 その件も踏まえて礼を言おうとしたが、ディアドラは明らかに疲労の色が見え隠れしていた。恐らく拘束されていた事に加え、速度を上げて詠唱をしたのが辛かったのだろう。


「だ、大丈夫かディアドラ? 今肩を──────」

「まだだ。まだ終わってねぇンダぞ始。気ぃ引き締めろよ」

「え? 嘘だろ!?」

「よくも、がふっ! やってくれたなぁ、ガキどもォ!」


 満身創痍ながらも、俺が顎を殴り抜けたはずの海東は、よろめきながら立ち上がりこちらを睨みつけていた。

 マジかよ。割と本気でダメージが入ったと思ったんだが、と。そう考えてから気付く。奴は意志を固めてダメージを最小限に抑えたんだ。

 ロゴス能力でダメージを軽減できるのは、俺だけじゃない。倒そうと考えるのなら、ロゴスで防ぎきれないようにこちらもロゴスをぶつけなければならないんだ。


 だが俺にとってのロゴスの力は、世界を滅ぼす醒遺物フラグメントの力だ。そんなものを使ったら、加減できず命まで奪ってしまう可能性もある。そう考えると俺は、力を使うのが怖く感じた。


「一瞬でも俺に隙を作るたぁ、大したもんだ。ガキだからと甘く見てたぜーぃ?」

「あンダけしかねぇ金で目ェ眩ませるたぁ驚きだよ。なんならもっと出すか?」

「ほざけよーぅ。お前もうボロボロだろ? 短縮詠唱まで使ったとなりゃ限界のはずだ。

 無い袖は振れぬっつーがよーぉ、振れば振ったで無くなるのが世の常だぜぇ?」

「生憎と袖の下は豊富なンダよ。素寒貧とは無縁な生活を過ごしたもンデね」


 激しい舌戦が繰り広げられる。限界なのを隠すため、ディアドラは明らかに虚勢を張っていた。

 海東も海東で、能力を介して過去が明かされないように言葉を使いこなしている。ロゴスとは、言葉を武器にする力。それはこういう側面も持つのかと実践で理解する。

 互いの意力を削り合い、探り合い、そして場を支配するための読み合いが、既に始まっているんだ。


 だが、このままじゃジリ貧なのは明らかだ。

 動けるのは、一番負傷と消費が少ない俺のみ。策を思いつくべく思考を巡らせていると、俺の視界は海東の背後にある物を捉えた。


「(ディアドラ、走れはするか?)」

「(何とかな。わりかしヤバくはあるンダが、ギリ人並みには走れるぜ)」

「(じゃあ、ちょっと付き合ってくれ)」

「(エスコートはお任せするぜ?)」


{ “始めに、言葉在りき ”──────ッ!}


 ディアドラの仄かな目配せを合図に、俺は強く頷く。そして直後に、気合を入れ直すが如く力を込めながら、俺は詠唱を口走った。


「そう何度も攻撃を喰らうわけねぇだろうがァぁ!」


 それを見るやいなや、海東は即座に後ろへ跳んだ。やはり、俺の力を警戒しているのは確かなようだ。

 だが多分、俺だけの力じゃ倒す事は出来ない。今の俺は醒遺物フラグメントを制御できていないから、倒すにはディアドラの協力が不可欠だ。

 そのためにも、ディアドラには最低限回復してもらわなくちゃいけない。だから────。


「悪いがお前は眼中にない!」

「なにーぃ!?」


 俺は腕を振るい、衝撃波を放つ、同時に、海東の背後にある消火器が勢いよく爆発した。

 一瞬で辺りを白が覆い尽くし、逃走のための隙が生まれた。そこを突いて俺達は風のように走り出す。


 そう、これが俺たちの狙い。まずは最低限の時間を稼ぐ事こそが本当の目的だった。

 何ぶん俺は、何度もこの美術館に通った身。視界に頼らず逃げるなんて朝飯前だ。

 咳き込む海東を置き去りにし、俺はディアドラの手を握り締めて共に走りだした。


「あの時と、真逆だな。前は俺がお前を導いてたのに、気付けばもうお前が導く側かよ」

「確かに。言われてみればその通りだ。まだ新人なのにな、俺」


 俺達はどこか、安堵したかのような口調で笑い合った。

 だが油断はできない。まだ海東は疲弊していない。すぐにでも追ってくるだろう。それでもまずは回復に専念すれば、奴を倒す手立てはあるはずだ。そう考えながら、今はここで逃げるという選択肢を俺たちは選んだ。


『ンだよーぉ、逃げるのかい。ま、とりあえずは助かったか』

『こっちも、預けた利息を回収したいと思ってた処だからねーぇ』


 白に包まれた廊下の向こう側から、不気味な声が木霊する。

 だが俺たちは振り返らずに、とにかく逃げることに専念した。今のままでは、あの海東に勝てないから。

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