第4話 願い

施設に移って3ヶ月がたった


「玲衣君!こんなところにいた。美香探したんだよ?」

「・・・」

自分より前から施設にいた彼女はよく声を掛けてくる


「難しい顔してどうかしたの?」

「いや」

玲衣はそう言って立ち上がると歩き出した

1つ年下の美香は人懐っこくすぐに引っ付いてくる


「玲衣君って彼女とかいないの?」

「?」

「いないなら美香と付き合わない?」

美香は玲衣の前を塞ぐ様に立つと顔を覗き込んだ


「・・・今は彼女じゃない」

「ん?」

「でも頭から離れない女はいる」

「・・・今はってことはこれから彼女になるの?それとも・・・」

美香は泣きそうな顔で尋ねる

「彼女・・・だったらしい。記憶がなくなるまで・・・」

「・・・」

重い現実に美香は言葉をつづけることができなかった


「お前はさ」

「?」

「『あなたは幸せになって』って・・・どんなときに言う?」


玲衣は施設に入る前日李砂の言った言葉がずっと気になっていた

攻められても仕方ない状況で 李砂はなぜそんな言葉を残したのか

どれだけ考えても分からなかった


「ん~、私がそう言うとしたら・・・

 自分は今のまま幸せ掴めないかもしれないけど

 それでも相手には幸せになって欲しいときかなぁ?」

「・・・」

「だってそうでしょ?『あなたは』ってことは自分は違うって事だし・・・」

美香はぶつぶつ言いながら色々考えていた


「でもそれがどうかしたの?」

「別に」

「・・・ひょっとしてその彼女だった人に言われたとか?」

「!」

玲衣は反射的に美香を見た


「図星だ・・・うん。でもそれなら納得できるかも」

「え?」

「大好きな人が自分のこと忘れたんでしょ?

 だとしたら自分はすごく辛いじゃない

 でも誰にもどうする事もできない・・・

 それでも大好きな人には幸せでいて欲しいって

 そういうことなら分かる気がするもの」


美香の言葉で玲衣はもう一つ引っかかっていたものに気付いた

『玲衣は』と言って暫く沈黙してから

『あなたは』と言い直したことが李砂の精一杯の思いだったのかもしれない


「・・・出かけてくる」

「え?どこに?」

美香の質問には答えず施設を飛び出した


当てもなく町中を走り回る

2時間ほど走り続けただろうか、視界をよぎった人影に立ち止まる

その先には他の誰でもない李砂がいた


「李砂・・・!」

「え・・・?」

突然掛けられた声に振り向いた李砂は愕然とする


「やっと・・・見つけた」

「玲衣?すごい汗・・・」

李砂は近くの公園に玲衣を促し

バックから取り出たハンカチで玲衣の額の汗を拭った


「俺・・・」

「?」

「思い出したい」

「え・・・?」

「お前の・・・李砂の事だけは思い出したいんだ」

玲衣は李砂の手を掴んで言った


「意識を取戻してから色んな人に会わされた」

「・・・」

「責められたり同情されたり泣かれたり・・・」

「玲衣・・・」

李砂は玲衣の目を見る


「でも俺にはどうしようもなくて何も思い出す事も出来なくて・・・

 どう接していいのかすらわからなくなった」


玲衣のその言葉で『感情が欠落した』という嵐の言葉に始めて納得ができた


「ずっと人に会うのが怖かった。触れるなんてもっと・・・」

「・・・」

「でも、李砂の事は違った

 気を失っても泣いてる李砂を見た時、初めて記憶を取戻せない自分を憎んだ」

「玲衣・・・」

李砂は悔しさに涙を流す玲衣を思わず抱きしめていた


「もういいから・・・その気持ちだけで充分だから・・・自分を・・・責めないで・・・」

泣きながらそういう李砂の手に力がこもる

「俺のそばにいてくれないか?」

「玲衣・・・?」

「李砂だけは手放しちゃいけない気がするんだ・・・」


記憶の無い玲衣が無意識に自分の事を求めている

自分のことを必死で思い出そうとしている

そんな玲衣を突き放すなど出来なかった


「・・・一緒にいよ。2人でやりなおそ・・・」

李砂は静かに言った

そして2人の生活が始まった

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