第5話 かすかな違和感

記憶の無い玲衣と打ち解けるのに時間はかからなかった

好みも趣味も以前と変わらぬ玲衣に李砂は新たに恋し始めていた


「りーさっ」

「ん?」

仕事の前に玲衣に呼び止められる


「明日川原に行かないか?」

「川原?」

「もうすぐ川原でくつろぐなんてできなくなるだろ?」

「そっか・・・もう明日から11月だもんね」

「あぁ。だからどうかと思ってさ」

「うん。いいね。サンドイッチ作って行こ」

李砂は笑顔で返す


「李砂のサンドイッチ楽しみにしてるよ」

「頑張るわ。じゃぁ行ってくるね」

「気ぃ付けろよ」

「ありがと」

李砂は笑顔で答えてウチを出た


でもふと立ち止まる

『今の呼び方・・・?』


確かに玲衣は『李砂』ではなく『りーさ』と伸ばして呼んだ

それは記憶をなくす前の玲衣が何かを訪ねるときなんかによく使った呼び方だった

「偶然・・・だよね」

つぶやくように言うとありえない期待をした自分に苦笑する


次の日いつもより少し早く起きてサンドイッチをこしらえると玲衣を起こした

「おはよ玲衣」

「・・・ん」

寝起きの悪い玲衣に苦笑しながらコーヒーをセットする


少しすると玲衣がベッドから出てきた

「・・・はよ」

「おはよ」

李砂は笑顔で言うとコーヒーを渡した


しばらく2人で寛いでから出かける準備をする

「持つよ」

「あ、ありがと」

李砂はサンドイッチの入ったケースを玲衣に渡す


「ね、競争しようか」

「競争?」

「負けたほうがジュースおごり」

「OK」

「よーい・・・ドン」

李砂の声で2人が走り出す


いい大人がジュースをかけた競争でかなり本気になっていた

それでも呆れずに付き合ってくれるのは以前の玲衣と変わらない


「気ぃつけろよドンくさいんだから」

「な・・・?言ったなぁ?」

李砂は玲衣の言葉にムキになる


「やった私の勝ち~♪」

「・・・相変わらず足の速いことで

 じゃぁこれもって先降りてろ

 ジュース買ってくるから」

「ありがと」

李砂はケースを受け取ると川原の方へ歩き出す


「あれ?今・・・」

『相変わらずって言った?』

ふと記憶をたどる


記憶を失くした玲衣と走るのは今日が初めてで

もちろんそんな話をしたこともない

『玲衣まさか・・・』

「でも・・・」

李砂は一人自問自答を繰り返す


昨日の呼び方に続いて今の言葉

でも記憶が戻っているなら隠す必要などないはずだと

考えれば考えるほどわけが分からなくなる


「李砂!」

「え?」

「何ぼけ~っとしてんだよ?」

顔を上げると玲衣が心配そうに李砂の顔を覗き込んでいた

「あ、ごめん。何でもない」

「そうか?」

「うん」

李砂は笑顔でそういうと差し出されたジュースを受け取る


「早く食べよ!おなかすいちゃった」

「そうだな」

玲衣は頷くと李砂の横に腰を下ろした


「うん。やっぱ旨い」

「ありがと」

李砂は笑顔で答える

2人にとって穏やかな時間だった


玲衣の美味しそうに食べるかを見ていると

さっき浮かんだ疑問はどこかに消えてしまっていた

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